暴走! ジゴクエンジェルス!
「大介くん、ちょっと君に聞きたいことがあるんだけど……」
コンビニの店長である梅津和子が、バイト中の大介に話しかけた。
「はい! 何でありますか!」
気をつけの姿勢で答える大介に、梅津はガラス窓を指差した。そこからは、コンビニの駐車場が見えている。
「あそこにいるのは、君の友だちという解釈で間違いないのかな?」
言われた大介がそちらを見ると、猫耳小僧と送り犬が座り込んでいる。猫耳小僧は、頭にバンダナを巻いて自身の猫耳を隠している。長い尻尾も、上手いこと隠しているようだ。
一方、送り犬は普通に犬の姿である。端から見れば、小学生が大型の白い犬を連れているようにしか見えないだろう。
「はい! 俺の友だちであります!」
直立不動の姿勢で答える大介に、梅津はひきつった笑みを浮かべた。
「そ、そうなんだあ……念のため聞くけどさ、君は高校生の番長なんだよね?」
「はい! そうであります!」
「で、では、あの少年は君の子分なのかな?」
「いいえ違います! 猫耳は、俺の心の友です!」
その答えに、梅津は思わず頭を抱えていた。ネコミミって名前? そもそも、幼児が心の友ってどういうこと?
この変人をバイトに採用したのは、間違いだったかもしれない……彼女の胸に、そんな後悔の念が湧いて来ていた。
その時、梅津に声をかけた者がいる。
「和子ちゃん、若い子にパワハラしちゃ駄目よ」
そう言ったのは、常連客の水木繁子だ。既に九十歳を過ぎているはずなのだが、恐ろしく元気な老婆である。毎日、自転車に乗って家から一キロ以上離れているコンビニに買い物に来るのだ。
「あっ、水木さん。今日も荷物をお持ちしますよ」
言いながら、カゴを持ち水木のそばにいく大介。すると、水木はクスリと笑った。
「ありがとう。大介くんは、いつも元気だねえ」
「はい、俺は番長ですから。当然のことです」
暑苦しい笑顔を浮かべながら、大介は分厚い胸板をドンと叩いた。横で見ている梅津は、またしても頭を抱える。だが、水木は楽しそうな顔だ。
「おやおや、頼もしいねえ大介くん」
「はい、頼りにしてください。俺の筋肉は、楯なき人の楯になるためのものですから」
そう言うと、大介はボディービルダーのようなポーズをとり始める。だが、梅津がそっと彼をつついた。
「大介くん、何をわけのわからないことをしてんのかな? まずは、買い物の手伝いをしてあげようね……」
そう言う梅津の顔は、少し引きつっていた。
やがてバイトの時間が終わり、大介は意気揚々と帰っていく。手には、弁当をふたつ抱えている。
「店長、お先に失礼します!」
「あ、ああ。お疲れ様」
左右非対称の笑顔を向ける梅津の前を、大介はのっしのっしと歩いて行く。すると、待ち構えていたかのように少年と犬が駆け寄って来た。
楽しそうに語らいながら、大介はママチャリに乗って去って行く。
「はあ、あの子の相手は疲れるわ。悪い子じゃないんだけどなあ」
ブツブツ言いながら、梅津は仕事を続ける。その時、新たな客が入ってきた。
「いらっしゃい……って、あんたかい。何しに来たんだよ」
面倒くさそうに、梅津は言った。入ってきたのは、彼女の知り合いなのだが……今どき、あり得ないような格好の少女である。金髪に特攻服を着て、胸にはさらしを巻いていた。
「あ、どうも和子さん。ジュース買いに来たっス」
少女はペコリと頭を下げた。彼女は、この彩佳市で活動している暴走族『特攻妖女』のメンバー日野秀美だ。梅津の後輩でもある。つまり、梅津はかつて暴走族だったのである。
元暴走族の梅津が、番長を自称する大介を呆れた目で見ている……世間から見れば、どっちもどっちなはずなのだ。
「そういや和子さん、近ごろ彩佳市を、変なのがうろうろしてるらしいっス」
アロエジュースをレジに出しながら、日野は思い出したように言った。
「変なの? どんな奴だい?」
聞きながら、梅津は嫌な予感が湧いてきていた。まさか、大介のことではないだろうか。あの少年は、どこからどう見ても変である。
「ええとですね、ジゴク・エンジェルスとかいう連中です。最近でてきたらしいんですけど」
「ジゴク・エンジェルス? 何だそりゃあ?」
「よく分からないんスけど、隣の市から遠征に来てるゾクらしいっス」
「何者だい、そいつら。センス無さすぎだろ」
呆れた表情になった。ジゴクとは、すなわち地獄のことだろう。ならば地獄天使か、ヘルズ・エンジェルスでいいではないか。何故ジゴク・エンジェルスなどという、どっち付かずの名前なのだろうか。
「まあ、大丈夫っスよ。この辺を走ってたら、うちらがきっちりシメときますから。じゃあ、また来ますんで」
言いながら、日野は深々と頭を下げた。自動ドアを開け、駐車場に停めてあったバイクに乗り込む。
猫耳の付いたヘルメットを被り、ブンブンブブブンとエンジンをふかしながら去っていった。
それを見送りながら、梅津は呟く。
「あたしの周りには、まともな奴がいないのかい」
・・・
その頃、大介は猫耳小僧や送り犬らと役満神社にいた。猫耳小僧と送り犬は弁当に舌鼓を打ち、大介は大木の枝にぶら下がり懸垂をしている。
「唐揚げ弁当、美味しいニャ!」
そう言った猫耳小僧の隣で、送り犬はイカフライ弁当を食べている。彼は器用に、肉球の手でありながらスプーンとフォークを使い弁当を食べている。
だが、その手を止めた。
「猫耳、イカフライと唐揚げをひとつずつ取り替えないかワン?」
送り犬が尋ねると、猫耳小僧はにっこり微笑みながら唐揚げを差し出した。
「交換だニャ!」
「交換だワン!」
そんな彼らの横で、大介は大木に掴まり懸垂をしている……百キロはあろうかというマッチョな大男が懸垂をしている姿は、誰が見ても暑苦しいものだろう。
神社は、暑苦しくも微笑ましいという不思議な空気に包まれていたが……不意に、その空気をぶち壊す者たちが現れる。バイクのエンジン音とともに、騒がしい声が聞こえてきた。
「何だよ、ここは? きったねえとこだな」
「本当だねえ。ぶっ壊しちまおうか」
言いながら、こちらに歩いて来る者たちがいる。声から察するに、若い女たちだろう。大介は、ちらりと妖怪コンビを見た。
「お前ら、念のため隠れとけ。何かあったら、すぐに逃げろ」
「ニャニャ? お、俺は逃げないニャ──」
「いいから隠れろ! 後は、俺が何とかするから!」
大介がそう言った直後、少女たちが石段を上がってきた。いずれも特攻服を着ており、異様な風体である。彼女らは、傍若無人な態度であたりを見回した。
「うわ、なにこれ! ショボいな!」
「やっぱり、ぶっ壊しちまおうか!」
そんなことを口々に言いながら、こちらに歩いて来た。だが、大介に気付き足を止める。
一方、大介は平然とした表情で彼女らを見つめた。
「お前ら、何しに来た」
「は、はあ!? お、お前に関係ねえじゃん!」
リーダー格らしき少女が、大介に怒鳴った。紫に染めた髪と紫の特攻服、さらに濃い化粧が特徴的である。怯えを隠し、必死の形相で大介を睨み付ける。
だが、それも当然だろう。何せ、百八十センチ超で百キロを超すガッチリした体格の男が、目の前で自分を見つめているのだから。
「ここは神社だ。つまり、神の住む場所なんだよ。荒らすことは許さん」
大介は、いつになく静かな口調で言った。すると、隠れて見ている猫耳小僧が顔をしかめる。
「い、いや……お前だって普段、正拳突きだの回し蹴りだのやってるニャ。荒らしてるようなもんだニャ」
そんなことを呟いたが、もちろん大介の耳には聞こえていない。
だが、リーダー格の少女は違う感想を持ったらしい。彼女は木刀を手にした。
「な、なんだとおぉ! プエルトリカンみたいな濃い顔しやがって、カッコつけんじゃねえよ! こんな汚い神社、なくなったって誰も困らないだろうが! 邪魔するなら、お前からやっちまうよ!」
怒鳴ると同時に、木刀を振りかざす。すると、大介は予想外の行動に出る。
腕を組んだまま、その場に座り込んだのだ。
「面白い。やってみろ」
「こ、この野郎!」
喚きながら、リーダー格は木刀を振りかざし迫っていく。しかし、大介は怯む様子がない。
「心配するな、俺は女には手を出さない。だから、俺を好きなだけ殴れ。その代わり、気が済んだら立ち去れ」
「はあ!?」
すっとんきょうな声を出すリーダー格に、大介は静かな口調で語り続ける。
「もう一度言うぞ。俺は女を傷つける気はない。だから、俺はお前らには手を出さない。お前らは、気が済むまで俺を殴ればいい。その代わり、神社には指一本触れるな!」
そう言い放った大介に、リーダー格は木刀を振り下ろした。
肩に当たり、鈍い音が響く──
「上等じゃねえか! やってやんよ!」
喚きながら、リーダー格は大介をド突きまくる。しかし、大介は手を出さない。無言のまま、ひたすら殴られ続ける。
それを見た他の少女たちも、その暴行に加わった。皆、初めは大介の体格に怯えていたのだが……やり返して来ないと知ったとたん、彼女たちの態度は変わる。
神社は、集団リンチの現場になってしまったのだ──
「ま、まずいニャ。このままじゃ、大介は怪我するニャ」
隠れて見ている猫耳小僧は、送り犬に囁いた。
「だったら、僕が奴らを咬み殺してやるワン」
そう言って出て行こうとする送り犬だったが、猫耳小僧が慌てて止めた。
「咬み殺しては駄目だニャ。大介は、あいつらを傷つけたくないんだニャ」
「じゃ、どうするワン?」
「仕方ないニャ。あの手でいくかニャ」
少女たちは大介を蹴りまくるが、大介は微動だにせず彼女たちの暴力を受け続ける。
しかし突然、少女たちの動きが止まった。
「た、助けてえ……」
不意に、茂みの中から声がした。さらに、よろよろとした足取りで出て来た者……幼い少年だった。頭にバンダナのような布を巻き、黄色いシャツを着て黒い半ズボンを穿いている。
もっとも、着ているものは血まみれだ──
「な、なんだこいつ」
少女たちのひとりが、掠れたような声を出した。だが、さらに恐ろしいものが登場する。
のっそりと現れたのは、大きな犬だ。全身が白い毛で覆われているが、顔の周りは真っ赤に染まっている──
「た、助けてえ」
言いながら、少年が彼女たちに手を伸ばした。だが、後ろから犬が襲いかかる。少年を押し倒し、首筋に咬みついたのだ──
悲鳴を上げる少年だったが、犬は口の周りを血まみれにして咬み続ける。少女たちは、恐怖のあまり震え出した。
「ば、化け物だあ!」
耐えきれなくなり、少女たちのひとりが悲鳴を上げる。
その悲鳴がきっかけとなり、みな一斉に逃げ出した──
「ニャハハハ! 上手くいったニャ!」
嬉しそうに叫び、ぴょんと立ち上がったのは、言うまでもなく猫耳小僧である。
「上手くいったワン! 猫耳は凄いワン!」
こちらも、言うまでもなく送り犬だ。楽しそうに飛び跳ねている。一方、大介は事態が飲み込めず唖然となっていた。
「お前ら……どうしたんだ?」
その言葉に、猫耳小僧は自身の顔に付いた赤いものを拭った。
「これはケチャップだニャ! お弁当にかけようと思って、持ってきてたニャ! あいつら、ビビって逃げてったニャ!」
「ケチャップ……そっか……」
そう言ったかと思うと、大介はいきなり上を向く。凄まじい勢いで叫んだ。
「うおおお! やったぞお!」
格闘技マンガの主人公のように、ガッツポーズをして雄叫びを上げる大介……猫耳小僧と送り犬は、きょとんとした顔で彼を見た。
「ど、どうしたのかニャ?」
恐る恐る猫耳小僧が尋ねると、大介は彼の肩を両手でがっちり掴んだ。
「猫耳小僧! お前はやったんだ! 人間を怖がらせて、退散させたじゃないか!」
「ニャニャ? 違うニャよ。あれは、送り犬の恐ろしさにビビって逃げていったニャ」
「バカ野郎! それは、お前のアイデアだろうが! つまりは、お前が怖がらせたのと同じだ!」
「それは、ちょっと違うような気がするニャ……」
猫耳小僧が小声で言ったが、もちろん大介は聞いていない。それどころか、太い腕で猫耳小僧を力いっぱい抱きしめる。
「やったぞ猫耳! お前は、ついに人間を怖がらせたんだ! もう、誰にも落ちこぼれ妖怪だなんて言わせないぞ!」
「わ、わかったから離せニャ! ぐるじいニャ!」
・・・
その頃、少女たちは数キロ離れた道路でバイクを止め、青ざめた表情で地べたに座り込んでいた。
「な、何だったのアレは……」
リーダー格が、虚ろな声で言った。だが、誰も答えない。そもそも、彼女たちに分かるわけがないのだ。
そんな少女たちを、またしても怪異が襲う──
「お前たち、覚悟しな」
どこからともなく声がした。少女たちは、ハッとなってそちらを見る。
そこに、長身の女が立っていた。赤いコートを着た、長い黒髪の美女……ただし、その口元は耳元まで裂けている──
「よくもやってくれたねえ! あたしの大介を傷つけやがって!」
不気味な声で吠えると、女は襲いかかってきた──
翌日、コンビニ店長の梅津は、後輩の日野からとんでもない話を聞かされる。
「あの、こないだ話したジゴク・エンジェルスですけど、解散したらしいっス」
「解散? どうして?」
「いや、それがですね……口裂け女が出てきて、バイクをぶっ壊されたなんて言ってたらしいんスよ」
「口裂け女ぁ? なんだいそりゃあ?」
唖然となる梅津に、日野はさらに続けた。
「そうなんスよ。あいつらビビりまくって、もう暴走族なんかやめる……なんて、泣きながら警察に逃げ込んだそうです。ひょっとしたら、変なクスリでもやってたのかもしんないスけどね」




