決戦! 逆襲のシローラモ! (1)
「焼肉弁当、おいしいニャ!」
「そうか! それは良かった!」
猫耳小僧の言葉に、大介は野太い声で応えた。
大門大介は、今日も神社に来ている。その傍らには、猫耳小僧と真太郎と送り犬もいた。送り犬と猫耳小僧は食事中だ。猫耳小僧は焼肉弁当に舌鼓を打ち、送り犬は肉球の手でありながら器用にフォークを使ってイカフライ弁当を食べている。真太郎はというと、ベンチに座りふたり(?)の仲良く食べる姿を眺めている。
ふと、猫耳小僧の箸が止まる。何を思ったか、送り犬の弁当をじっと見つめた。
「イカフライ弁当、おいしいかニャ?」
「うん、美味しいワン。また、ちょっとずつ交換するかワン?」
「交換しようニャ!」
「交換だワン!」
そんな会話を交わす妖怪たちを、真太郎はニコニコしながら眺めている。すると、猫耳小僧が彼の方を向いた。
「真太郎は、お腹すいてないのかニャ?」
「うん、僕は少食だからね。だから大丈夫だよ。それに、ふたりの食べっぷり見てるだけで、お腹いっぱいだよ」
笑いながら答える。
そんな少年と妖怪たちの横で、大介は鍛練に余念がない。気合いの声とともに、前蹴上げを虚空に向かい放つ。ちなみに、この前蹴上げとは、伸ばした足を宙に振り上げる技だ。もっとも、技というより練習法に近い。この前蹴上げの回数をこなすことで、足技の上達に繋がるのだ。
だが、その動きが止まる。異様な気を感じたのだ。大介には霊力はないが、闘う者に特有の闘気を感じとることは可能だ。
「なんだ、この気は?」
大介は身構え、すぐさま周りを見回す。いつの間にか、霧のようなものが発生しているのだ。濃い霧は一瞬にして彼らを覆い、周囲を異界へと変貌させていく。
真太郎たちも異変に気づいたらしく、不安そうな表情を浮かべた。
「大介、なんか変だニャ……」
猫耳小僧が声をかける。続いて、真太郎も不安そうな表情で口を開く。
「なんか、おかしな妖気を感じます。こんなの、初めてだ……」
「気を付けろ。みんな、俺のそばを離れるなよ」
大介が言った時だった。突然、霧の中からのっそりと男が現れる。
「何者だ!」
叫ぶと同時に、身構える大介。だが、その表情が驚きで歪んだ。
「お、お前は!?」
現れたのは、大柄な男だった。身長は百八十センチ以上、体重も百キロを超えているだろう。年齢は三十代、黒髪と黒い肌に整えられた口ヒゲが特徴的だ。見事な筋肉に覆われた肉体と、洒落た雰囲気とを併せ持つ不思議な男である。上半身は裸で、下半身にはボクサー用のトランクスを履いている。
そんな男が、ゆっくりと両拳を挙げた。顔の前に拳を挙げ構える。
「あんた、ひょっとしてアポロ・クライドか?」
呆然となりながら、大介は呟いていた。
それも当然だろう。目の前にいる黒人は、かつてテレビや雑誌で見たボクシングの世界ヘビー級チャンピオン、アポロ・クライドだったからだ。
もう二十年以上前に亡くなったはずの伝説のチャンピオンが、大介の目の前に立っていた……。
・・・
アポロ・クライド。
かつて、ボクシング世界ヘビー級のチャンピオンとして、ひとつの時代を築いた。そのビッグマウスと派手なパフォーマンスは、アメリカのみならず世界の注目を集めていたのだ。彼は、単なるボクサーにとどまらないスーパースターであった。
しかし、ロシア系のヘビー級ボクサーであるイワン・ラングレンとの試合中、イワンの強烈なパンチでダウンした際に場外に落ち、頭を床に打ち付けて亡くなってしまったのだ。
・・・
そのアポロが、大介の前でファイティングポーズを取り立っている。
「あんた、本物のアポロなのか?」
もう一度、大介は尋ねてみた。だが、返ってきたのはアポロの拳だった──
アポロの左ジャブを、大介はかろうじて躱した。鋭く速く、しかも重い。並みの人間なら、この左ジャブ一発で倒せるだろう。
しかし、大介とて並みの高校生ではない。アポロの左ジャブを、間一髪で躱した。と同時に、後ろに飛び退き間合いを離す。
両者は、数メートルの距離を空けて睨み合った。体格的には、ほぼ互角だが……リーチ、スピード共にアポロが上回っている。真正面から打ち合えば、一撃必倒の拳がダース単位で大介の顔面を襲うだろう。
もっとも、大介とて伊達に修羅場をくぐって来たわけではない。瞬時に間合いを詰め、左の内股ローを当てていく──
大介の左内股ローキック……これは敢えて体重を乗せず、膝のスナップのみを用いた軽い蹴りだ。体重を載せない分、威力は無い。だがノーモーションで放てる上、リーチも長い。さらには、相手を牽制し苛つかせる効果もある。いわば、ジャブの役割を果たす左ローキックなのだ。
狙い通り、アポロの表情が変わった。しかし、大介も一発では終わらせない。さらに、続けて内股ローを入れていく。
アポロは、怒りを露にした。まだ若い少年に足をペチペチ蹴られ、彼のプライドが刺激されたのだろう。ジャブを突きながら強引に前進して来た。さらに、一撃必殺の右ストレートを放つ。
だが、それこそ大介の望む展開である。彼は体を回転させ右ストレートを躱した。同時に、渾身の力を込めた中段後ろ蹴りを叩き込む──
大介の全体重を乗せた足先は鋭く伸び、アポロのミゾオチに炸裂した。その威力は凄まじく、アポロは腹を押さえ崩れ落ちる。さすがのヘビー級チャンピオンも、カウンターで命中した中段後ろ蹴りの衝撃には耐えられなかったのだ。
倒れたアポロを、複雑な表情で見下ろす大介。だが次の瞬間、驚くべきことが起きる。アポロの体が、いきなり消え去ったのだ。
同時に、霧も晴れていく──
「なんだと……」
呆然となる大介。その時、どこからか声が聞こえてきた。
「いやあ、大したものだね。力、技ともに極限に近いレベルまで鍛え抜かれている。今の君を倒せる者など、そうはいないだろう」
声と共に森の中から現れたのは、奇怪な青年だった。
青年の顔はとても美しかった。肌は舞い落ちてくる雪のように白く、黒い髪は美しくつやがある。目鼻立ちは彫刻のように整っており、おとぎ話に登場する白馬に乗った王子さまのようだ。大介とは、完全に真逆のタイプである。
ところが、その服装は常軌を逸していた。頭には美しい装飾の施された黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っている。しかしマントの下は、白いパンツを履いているだけだ。ちなみに彼の履いているのは、白ブリーフである。
「お前、誰だ? コスプレ好きの変態か?」
大介の問いに、青年はクスリと笑った。
「変態とは、ひどい言い草だね。僕の名は、アマクサ・シローラモ。君にもわかるように言うなら、魔王さまだよ」
「ま、魔王?」
唖然となる大介。しかし、彼の後ろにいる者たちは違っていた。シローラモから発せらる妖気は、濃く強いものである。その妖気を感じ取り、みな怯えて後ずさっていた。
「大介くん、君に話がある。ちょっと来てくれないかな?」
美しい顔に笑みを浮かべ、シローラモは言った。すると、猫耳小僧が大介のそばに近づく。
「だ、大介、大丈夫かニャ? こいつは、とても恐ろしい奴だニャ」
心配そうに声をかけた猫耳小僧に、大介は笑顔をで頷く。
「大丈夫だ。お前たちは先に帰ってろ。真太郎もだ」
そう言った後、大介はシローラモの方を向く。
「行こうか」
ふたりは、森の中を歩いていく。周囲に人気はなく、野鳥の鳴く声や風の音が聞こえる。
「あの妖怪たちは、君の友だちなのかい?」
歩きながら聞いてきたシローラモに、大介は頷く。
「ああ、猫耳小僧も送り犬も真太郎も俺の親友だ」
「そうか。妖怪と友だちになれるとは、君は素晴らしい人格の持ち主のようだね。そんな君だからこそ、是非とも協力して欲しいことがあるんだ」
そう言うと、シローラモは立ち止まった。澄んだ瞳で、大介を見つめる。
「大介くん、この森をどう思う?」
「どう思う、って言われても……」
戸惑う大介に、シローラモは真剣な表情で語り出した。
「かつて、この森には狼が棲んでいた。だが、人間のエゴにより絶滅させられたのだよ。しかも最近では、外来種の生き物があちこちで目撃されている。今後、日本古来の生き物たちは次々と駆逐されていくだろう」
「確かに、そうなるかもしれないな」
「それだけではないのさ。古来より、日本では人間と妖怪とは共存していた。しかし今では、妖怪の棲める地はどんどん少なくなってきているのだ。このままでは、妖怪は絶滅するだろう。君は、この事実をどう思う?」
「ひどい話だな。だから、人間は反省しなくてはならない──」
「反省などという生易しい言葉では、もはや通用しないのだよ」
シローラモの口調は静かだったが、その裏には激しい感情が渦巻いている。それに気付き、大介は思わず顔をしかめた。
そんな大介の態度など、お構い無しにシローラモは語り続ける。
「大介くん、僕は秘術・冥界転生を使える」
「めいかいてんせい?」
思わず聞き返すと、シローラモは冷酷な笑みを浮かべて頷く。
「そう……過去の時代に無念の死を遂げた格闘家や武術家、さらには異界の英雄たちを今の時代に転生させる秘術だ。それを、僕は使えるのさ」
「じゃあ、さっきのアポロ・クライドは……」
「そう、アポロ・クライドは僕が転生させた。他にも、数名を既に転生させている」
恐ろしい内容を、淡々とした口調で語る。大介は、背中に冷たいものが走るのを覚えた。
「何のために、そんなことをするんだ?」
「冥界より亡者たちを復活させ、人類に思い知らせるためさ」
「何をだ! 何を思い知らせるというんだ!」
「人類は自分たちのことばかり考え、自然を破壊し生き物たちを絶滅させている。今こそ、意識の変革が必要なのだと僕は思う」
怒りを露に詰め寄る大介に、シローラモは冷静な態度で言葉を返す。その顔には、はっきりとした信念があった。
「いいかい、今こそ人類は己の罪を償い、意識を変えなくてはならない。そのため、僕は大勢の亡者たちを召喚する。亡者たちは、人間を無差別に襲うだろう……結果、日本の人口は半分以下になるはずだ。そうなった時、人類は初めて自分たちの犯した罪に気づくだろう」
「ふざけるな! 人が人に罰を与えるなど、許されるはずがないだろ!」
怒鳴った直後、大介は憤怒の形相で詰め寄る。だが、シローラモは怯まない。
「僕は人間ではない、魔王だ。人知を超越した存在だよ。その魔王が、人類を粛正しようと言うのだよ大介くん」
「エゴだよ、それは!」
憤怒の形相で、大介はシローラモに詰め寄る。だが、魔王は舞うような華麗なる動きでそれを躱し、一瞬にして間合いを空ける。
「君なら、僕の考えを理解してくれると思ったのだがね。実に残念だよ。地球は今、人間のエゴによって潰されようとしているのだよ。なぜ、それが分からない?」
「ふざけるな! 人間は……人間の知恵は、そんなものだって乗り越えられるはずだ!」
熱い口調で言葉を返す大介に、シローラモは目を細めた。軽蔑の眼差しを向けつつ、言葉を返す。
「ならば、今すぐ愚民どもに叡知を授けてみるんだね」
「あんたを叩きのめしてから、そうさせてもらう!」
叫ぶと同時に、シローラモに殴りかかる。魔王は、華麗な動きで大介のパンチを躱した。さらに、手を一振りする。
その瞬間、大量の霧がシローラモを包んでいった──
驚愕の表情で霧を見つめる大介の耳に、シローラモの声が聞こえてくる。
「大介くん……君も、地球を腐敗させるものが何なのかを知る必要がある。今や、人間は地球にとっての病原体でしかない。遅かれ早かれ、人間が地球という星の生命を奪うことになるのだ。僕は冥界より、無念の死を遂げた亡者たちを召喚し、人類を粛正する。もし、君にその気があるなら……僕を止めてみたまえ」
「そんなことさせるか! 俺が絶対に止めてやる!」
「君に、それが出来るかな? ひとつ教えてあげよう。この彩佳市はね、凄まじい霊力に満ちている。妖怪が多く生息しているのが、その証拠さ。僕はこの地に、巨大な扉を作る。その扉が開かれれば、冥界より数千人の亡者たちを一瞬にして召喚できるのだよ。そうなっては、もはや軍隊でも止められないよ」
「くそ! そんなことさせるか! シローラモ、出て来て勝負しろ!」
吠える大介の耳に、嘲笑うかのような声が聞こえる。やがて声は消え、森は静けさに包まれた。
翌日の昼、大介は神社にいた。傍らでは、猫耳小僧がしゃがみこんで野良猫たちと話をしている。野良猫がにゃあにゃあ鳴き、猫耳小僧は真剣に聞いていた。
やがて、猫耳小僧が顔を上げる。
「シローラモによく似た男が、阿久静屋という古い旅館に入っていくのを見たそうだニャ」
「旅館にいるのか?」
「うん。でも、阿久静屋はもう潰れてるニャ。シローラモは、その跡地に入りこんでるようだニャ」
「そうか! じゃあ、その旅館に案内してくれ!」
そう言うと、大介は勢いよく立ち上がる。
「待っていろシローラモ! お前の野望は俺が止める!」




