閑話! 水木さんとの交流!
彩佳市は、緑の豊かな地域である。道路にて、野生動物の姿を見かけることも少なくない。
そんな彩佳市の夕暮れ時、木々の立ち並ぶ道をひとり歩く少年がいた。傍から見れば、頭にバンダナを巻いた可愛い男の子にしか見えないだろうが、実は妖怪の猫耳小僧である。この少年は、今日も大門大介たちと遊ぶためにコンビニ目指して歩いていたのだ。
後ろから、自転車の音が聞こえてきた。猫耳小僧はちらりと後ろを見て、パッと道の端に避ける。自転車は、スッと少年の横を通り過ぎて行った。だが、不意に声が聞こえた。
「あら、あなたは……」
直後に自転車が停まり、乗っていた老婆がこちらを向いた。見れば、以前に大介のバイト先であるコンビニで見かけた人だ。親しげに話しかけてきたのを覚えている。ついでに、過去に妖怪と出会った話をしてくれたのも。
猫耳小僧は、大介や真太郎以外の人間と交流したことがない。そのため、何と言葉を返せばいいか戸惑っていた。もじもじしながら、何となく下を向く。
すると、老婆はニッコリ笑った。
「私の名は水木繁子よ。あなた、お名前は?」
いきなり問われ、焦った猫耳小僧。今の彼は、人間のふりをしている。適当な名前を名乗るべきなのだろうが、焦っていたため上手く言葉を返せなかった。
「お、俺の名前は猫耳……あ、いや、その……」
しどろもどろになる猫耳小僧に、水木はくすりと笑った。
「そう、君は猫耳くんというのね。よろしく、猫耳くん」
言いながら、水木は自転車を降りた。すたすたと近づいて来る。
目の前に、右手を差し出してきた。猫耳小僧は、どうすればいいかわからず困惑している。
水木は、ニッコリ笑ってしゃがみ込んだ。直後、とんでもないセリフがその口から出る。
「あなた、妖怪でしょ?」
途端に、猫耳小僧は血相を変えた。首をぶるぶる横に振り、慌てて否定する。
「ち、違うニャ! 俺は妖怪じゃないニャ!」
「隠さなくてもいいのよ。私は、妖怪とは友だちなの。大介くんだって、そうでしょ? あなたとは、お友だちなんでしょ?」
大介の名前を出されると弱い。猫耳小僧は、仕方なく頷いた。
「そ、そうだニャ。俺は妖怪だニャ。大介は、俺の友だちだニャ」
答えた猫耳小僧を見て、水木はフフフと笑った。
「ねえ、大介くんのバイトが終わるまで、うちでお菓子でも食べない?」
「い、いいのかニャ!?」
「いいわよ」
水木の家は、古い一軒屋だった。平屋で、古いがしっかりした造りである。
引き戸を開け、水木は家に入っていく。猫耳小僧も、恐る恐る入って行った。中はしっかりと片付いており、余計なものは置かれていない。さりとて、塵ひとつ転がっていない……というわけでもなかった。
そんな家の一室にて、水木は座り込んだ。猫耳小僧も、つられて座る。中央にある年季の入ったちゃぶ台に、不思議な暖かさを感じた。キョロキョロしていると、水木が微笑みながら声をかける。
「ゆっくりしていってね」
猫耳小僧は、なぜか居心地のよさを感じていた。人間の住む家でありながら、妖怪にも快適さを感じさせる……最近では、珍しい場所だ。
そんなことを考えていた猫耳小僧だったが、その表情は一瞬にして変わる。
次の瞬間、愕然となった。凄まじい妖気を感じたのだ。これは、間違いなく妖怪の発するものである。それも、自分たちなど比較にならないほど強いものだ。これまで会った中でも、恐らく最強の妖怪だろう
とてつもない上位の妖怪が、ここに来ている……その事実が、猫耳小僧の全身を捉えていた。思わず、体がガタガタ震え出す。以前、ドロイに捕まった時など比較にならない恐ろしさだ。
やがて、妖気の主がのっそりと姿を現した。
「お前みたいな小者が、何しに来たニャ?」
尋ねた者は、一匹の黒猫だった。大きすぎず、かといって小さすぎない体格であり、毛並みはとても美しい。人間の目には、可愛いらしい愛玩動物としてしか映らないだろう。もっとも、その長い尻尾は二本生えているが、それすら黒猫の可愛いらしさを損なってはいない。
だが、猫耳小僧にはわかっている。目の前にいる黒猫は、単なる愛玩動物などではない。古代の人間たちには、神として崇め奉られていたかもしれない存在なのだ。自分のような雑魚妖怪など、一瞬で消し去ることも可能だ。時空間を超越し、この世とあの世とを行き来できるような存在なのである。
「お前、聞いているのかニャ?」
少し苛立ったような口調で、黒猫は聞いてくる。だが、猫耳小僧は何も言えなかった。蛇に睨まれた蛙のようにただただ震えるばかりで、まともに話すことなど出来ない。
その時、猫耳小僧の頭をそっと撫でる者がいた。
「ちょっとお、駄目でしょミーコ。こんな小さな子を怖がらせちゃ」
水木が、猫耳小僧の頭を撫でつつ声をかける。すると、ミーコはぷいと横を向いた。
「フン、あたしは別に怖がらせてないニャ。こいつが、勝手に怖がってるだけだニャ。本当に、弱虫なガキだニャ」
言った後、ミーコは面倒くさそうに目をつぶる。だが、弱虫と言われた猫耳小僧は、悔しそうに俯いた。己が弱い妖怪であることは、自分でもよくわかっている。先日も、友である大介が目の前で倒されたのに、守ることが出来なかった。
自分は、守られてばかりだ。だからこそ悔しい。
そんな猫耳小僧に、水木は声をかける。
「猫耳くん、ミーコの言うことなんか気にしなくていいのよ。この子は、本当に意地悪なんだから」
「いや、俺は本当に弱虫だニャ。もっと強くなりたいニャ」
神妙な顔で語る少年を見て、水木はそっと尋ねた。
「ねえ、君は強くなって何をしたいの?」
「えっ?」
いきなり問われ、猫耳小僧は戸惑っていた。そんな少年に、水木は同じ問いを繰り返す。
「君は、強くなって何をしたいの? それがわからなければ、強くなっても仕方ないわよ」
「つ、強くなれば、誰にもバカにされないニャ! バカにする奴を、やっつけられるニャ!」
やけになったかのような声を出す猫耳小僧に、水木は優しく諭すような口調で応じる。
「じゃあ、君は強くなったら、今までバカにしてきた奴を全員やっつけるつもりなの? それが、君のしたかったことなの?」
「い、いや、それは違うニャ」
うろたえる猫耳小僧に、水木はそっと語る。
「あのね、どんなに力が強くなっても、君自身の心が弱いままだと何の意味もないのよ。本当の強さは、勇気を持って自分の成すべきことが出来る者……私は、そう思う」
「お、俺にはわからないニャ」
「そうね、今はわからないかもしれない。でもね、これからゆっくり考えていってもいいんじゃないかしら」
言った後、水木は立ち上がった。台所に行き、煎餅の入った皿を持って来て、ちゃぶ台に置く。
「お煎餅、食べる?」
「ニャニャ!? い、いいのかニャ!?」
「もちろんよ。今、お茶入れるわね」
言いながら、水木はまた台所に行く。
猫耳小僧の方は、美味しそうに煎餅をパリポリ食べ始める。すると、不意にミーコが顔を上げ、じろりと睨んだ。猫耳小僧は、思わず手を止めた。
「な、何かニャ……」
怯えた表情で尋ねる猫耳小僧を、ミーコはフンと鼻を鳴らした。
「別に。あたしのことは気にせず、好きにすればいいニャ。食べたいなら、食べろニャ」
「ニャ?」
わけがわからず聞き返す猫耳小僧に、ミーコは苛立ったような表情になった。尻尾をびしゃりと打ち鳴らす。
「小娘が出してあげた煎餅が、食べられないとでも言うのかニャ!?」
怒ったような声を聞き、猫耳小僧は慌てて首を横に振る。その時、急須と湯呑みを持った水木が現れた。呆れた様子でミーコを見下ろす。
「また、あなたは……そうやって、弱い者いじめしちゃ駄目よ」
水木の言葉に、ミーコはぷいと横を向く。またしても、眠るような姿勢で目をつぶった。
そんな黒猫を、水木はやれやれという顔で見つめると、猫耳小僧に視線を移す。
「お茶と、それからドラ焼きも持ってきたわ。甘いものは好き?」
「ニャニャ! 大好きだニャ!」
猫耳小僧は、嬉しそうに答える。が、その表情は曇っていった。
「駄目だニャ。ここで、お菓子をいっぱい食べたら、大介の持って来てくれたお弁当が食べられなくなるのニャ」
「ああ、そうだったわね。じゃあ、袋に入れて持って帰りなさい。後で食べればいいでしょ」
「ニャニャ! いいのかニャ!」
「もちろんよ」
袋に煎餅やドラ焼きなどを詰めてもらい、猫耳小僧は嬉しそうに帰っていく。その後ろ姿を、水木は微笑みながら見ていた。すると、ミーコがフンと鼻を鳴らす。
「まったく、小娘は本当に物好きだニャ。あんな小者、放っておけばいいニャ」
その言葉に、水木はフフフと笑みを漏らす。
「いいじゃない。あの子は、あんたと違って素直で可愛いし」
「フン、可愛くなくて悪かったニャ」




