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妖怪ウォーズ~泣き虫番長の一年戦争~  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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16/21

強襲!  白イタチ! (2)

 一週間後──


 彩佳市の森の中では、恐ろしい怪物が座り込んでいた。


「ホーホッホッホ、大介の奴、現れるのかねえ」


 言いながら、ドロイはちらりと猫耳小僧を見る。

 猫耳小僧は縛られ、地面に転がされていた。その顔には、諦めの表情が浮かんでいる。


「さてと……大介が来なかったら、お前はアタシのものさね。さて、どう可愛がってあげようかしら」


「待て!」


 不意に響き渡る声。ドロイは、にやりと笑った。


「ほう、やっぱり来たかい……さすがね」

 

 大介は、険しい表情で歩いて来る。タンクトップ姿の上半身は分厚い筋肉に覆われているが、同時に傷だらけでもある。彼がこれまで潜って来た修羅場を物語っていた。

 その後ろからは口裂け女、送り犬、真太郎と続き……さらに父親の大門勇太郎が付いてきている。

 ドロイの目が、スッと細くなった。


「なんだいアンタ、勝ち目ないからって助っ人を呼んだのかい?」


「違う。こいつらは、単なる立会人だ」


 そう言うと、大介は目をつぶる。深く息を吸い、思い切り吐き出した。

 同時に、カッと目を見開く。空手の呼吸法・息吹(いぶき)だ。


「行くぞドロイ! 人間の力……見せてやるぜ!」


「おやおや、また中二くさいセリフが飛び出したもんだ。じゃあ見せてもらおうかね、その人間の力って奴を」


 せせら笑うようなドロイの言葉だが、大介はそれを無視し猫耳小僧の方を向いた。


「おい猫耳小僧、お前は前に言ってたな……正拳突きなんかやって強くなれるとは思えない、と。今から、その答えを見せてやる。基本の正拳中段突きでも、磨き抜けば必殺技になるんだ!」


 そう言うと、大介はドロイに向き直る。

 直後、乾いた音が響き渡った──

 空気が破裂したかのような音、そして大介の拳……ドロイには、何が起きたのか把握できていなかったのだ。


「なんだい、今のは?」


 驚愕の表情を浮かべるドロイに、大介は落ち着いた様子で語り始めた。


「ドロイ、俺はあんたに感謝している。あんたという強者に出会わなかったら、俺は自身の未熟さに気付けなかった。また、未完の秘技を完成させることも出来なかった」


「何を……」


 言いかけたドロイの耳に、またしても破裂音が響く──

 大介の拳が、前に突き出されている。確かに彼は、正拳突きを放ったはずだった。しかし、その動きが全く見えなかったのだ。


「この技は、世界最強の(おとこ)に捧げる予定だった」


 大介は、そこで振り返り勇太郎を睨み付ける。


「すなわち、あんたに叩き込むつもりで磨いてきたんだよ! 親父!」


 言われた勇太郎は、不敵な笑みを浮かべて頷く。

 その表情を見た後、大介は再びドロイの方を向く。


「しかし、なかなか完成させることが出来なかった……ところが、あんたのおかげで完成できたのさ。あんたのディフェンス技術は、人間を遥かに凌駕している。そんなあんたに攻撃を当てるには、音速を超えるしかないからな!」


 言うと同時に、大介は再び突きを放つ。

 破裂したかのような音が響き渡った。


「いい音だろう。これは、物質が音速の壁を超えた瞬間の音さ。俺の突きは今、音速を超えたんだ!」


 そう……心を空にし、体で大地の気を吸収する。そのふたつの融合が真空の渦を作り出し、音速の壁を破る突きの連打をを生み出すのだ。

 そして、大介は低い姿勢で構える。


「今の俺の最高傑作だ。ドロイ、あんたに捧げたい」


「フッ、そうかい。アタシが初めての相手ってわけかい。光栄だねえ……でも、そんなもんじゃアタシは倒せやしないよ!」


 叫ぶと同時に、ドロイは一気に間合いを詰める。白い前足が、鉈のように降り下ろされた。

 しかし、大介はその場で構えたままだ。

 直後、声を発した。


「天・地・(じん)! 真空・ハリケーン突きいぃぃ!」


 鋭い気合いと共に、マシンガンのごとき連続的な破裂音……次いで、肉を打ち抜く鈍い音が響き渡る。

 一瞬遅れて、ドロイの白い毛が大量に宙を舞った──


「今のは何だワン!?」


「何したのか、全然見えなかった!」


 送り犬と真太郎が叫ぶ。ふたりの目には、前足を降り下ろしかけたドロイが、僅かな間ではあるが小刻みに痙攣したように見えたのだ。


「突き、だ」


 重々しい口調で、勇太郎が言った。真太郎は、その言葉に反応する。


「突き、ですか? 何も見えなかった──」


「真空の渦を発生させることにより生み出された、音速を超えた速度の突き……その突きの連打が、ダース単位でドロイの胸に命中したのだ。その威力は、北極熊ですら葬れるだろう。真空ハリケーン突きとはな……大介め、やりよるわい」


 勇太郎のその言葉を裏付けるかのように、ドロイの巨体が大きくぐらついた。

 だが、すぐに体勢を整える。もっとも、その表情は歪んでおり、ダメージを隠せていない。


「さすがね、坊や。今のは凄く感じたわ……でもね、アタシはまだイってないのよ!」


 吠えると同時に、ドロイは全体重をかけた一撃を放つ。しかし、大介の突きの方が遥かに速い。

 またしても、音速を超えた拳が炸裂する──

 ドロイは、悲鳴にも似た声を上げる。それと共に、口から大量の血を吐き出した。誰の目にも、ダメージは明らかである。事実、これだけの数の突きを受ければ、恐竜ですら立っていられないはずなのだ。

 しかし、ドロイは倒れない。白い体を血に染めながら、紅い瞳で大介を睨み付けている。その瞳からは、闘志が消えていない。

 すると、大介の顔に戸惑うような表情が浮かぶ。


「何が……何があんたを支える? 意地か? 面子か? あんたは、俺を一度は敗北させているんだ。ここで負けても、一勝一敗の五分だろうが」


 尋ねる大介を見て、勇太郎がチッと舌打ちした。


「相変わらず甘い奴だ。そんなことでは、この父を乗り越えることなど永遠に出来んわ」


 そんな父の言葉は、大介には聞こえていない。なおも、ドロイに向かい語り続ける。


「その信仰心にも似た妖力に支えられた肉体も、あと一撃で確実に滅する。あんただって、わかっているはずだ! 負けを認めろドロイ! でないと死ぬぞ!」


 その言葉に、ドロイの表情が変わる。


「アンタに猫耳小僧が大切なように、アタシにも大切なものがある。アタシは森を守らなきゃならないんだ……森を汚す奴らは、絶対に許せないんだよ」


 そう言うと、ドロイはにやりと笑い手招きした。


「来なよ坊や。その最後の一撃とやらで、アタシを滅せられるかどうか、試してごらん」


 直後、ドロイは両手を高く挙げる。その姿は、大切な何かを必死で守ろうとしているかのようだ。


「さあ、いらっしゃい。思いっきり突いて、アタシをイかせてみな」


 その言葉に、大介の顔が歪む。目をつぶり、悲痛な表情で叫んだ。


「ドゥォロォイィィィ!」


 叫ぶと同時に、大介は渾身の突きを放つ──

 彼の拳は、白い巨獣の体を捉えた。

 にもかかわらず、ドロイは立ったままだ。両手を大きく上げ、もっと打ってこいと言わんばかりの姿勢は崩れていない。

 しかし、その瞳の光は消えていた。


「どうなってんの……」


 呟くように言った口裂け女に、勇太郎が答える。

「あれが、大釜(オカマ)立ちだ」


「おかまだち?」


「ああ……本物を見るのは初めてだが、ここまでとはな。見事だ」


 勇太郎のその言葉には、心からの感服の思いが込められている。


「なんだいそりゃあ?」


 尋ねる口裂け女に、勇太郎は苦笑した。


「そうか、お前は昭和の妖怪だったな。知らないとしても不思議はない」


 ・・・


 時は戦国。地方を治める大名である花形藤兵衛(ハナガタ トウベイ)のひとり息子である守之助(モリノスケ)は幼き時、猟師の罠にかかったイタチを見つけた。

 まるで雪で染めたかのように、真っ白な美しい毛並みの白イタチ。だが罠にガッチリ足を捕られ、衰弱しきっていた。守之助は、あまりに見事な毛並みに心を打たれ、罠から解放し傷の治療をした。さらに家に連れ帰ると、食べ物と水を与えて介抱したのである。

 やがて体調の回復した白イタチは、元気に山へと帰って行った。

 途中、名残惜しそうに何度も振り返りながら……。




 それから一年後。

 花形家にて謀反が起き、幼い守之助は外にいるところを、百人近い男たちに襲われた。謀反の首謀者は、まず守之助の首を獲り味方の士気を上げようと考えたのである。

 二人の従者は斬り殺され、守之助の命は風前の灯火であった。

 その時だった。森の中から、白い巨獣が姿を現したのだ──


 それは、六尺を超すイタチであった。イタチは熊のように立ち上がり、一瞬にして数人を倒したのだ。さらに守之助を抱えると、近くにあった山小屋へと逃げ込む。

 山小屋には、子供がすっぽり隠れられるくらいの巨大な釜が置かれていた。白イタチは大釜を持ち上げ、守之助に被せる。

 だが、釜の脇には穴が空いていた。これでは、中に入っている守之助が丸見えだ。

 すると、白イタチは後ろ足で立ち上がった。穴の前で仁王立ちになり、凄まじい雄叫びを上げる。

 それは、近づいた者は殺す……という意思表示であった。

 だが、敵も死に物狂いだ。白イタチに向かい、一斉に斬りかかっていく──




 騒ぎに気付き、手勢を引き連れ駆けつけた藤兵衛。だが、そこには異様な光景があった。

 全壊し、もはや山小屋としての体をなしていないガラクタの山。周囲には、おびただしい数の死体が転がっていた。さらに、その中心には巨大な何かが立っている。全身から針のようなものが突き出た、奇怪なものだ。銅像にも見える。

 その「何か」の足元では、守之助が泣きじゃくっている。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、足のあたりにすがり付いているのだ。

 藤兵衛は恐る恐る近づき、その正体を知る。巨大なイタチが、二本足で立ったまま息絶えていたのだ。針のように見えたのは、全身に刀や槍さらには矢が刺さっているからだった。それでもなお、戦う意思を捨てていない。近づいた者は殺す、という気迫に満ちている──

 さらに守之助から事情を聞いた藤兵衛は、無言のまま両膝を着いた。

 白イタチに向かい、深々と頭を下げる。


 守之助に巨大な釜を被せ、我が身を敵に晒し守り抜いた白イタチ。この名もなき妖怪は、漢の鏡として花形家に代々語り継がれることとなる。




 生まれ育ちは違えども

 心通いし友のため

 その身を妖怪へと転じ

 一生一度の恩返し

 純白の身を血に染めて

 一歩も退かぬ白イタチ

 ついに命が尽き果てて

 されど倒れぬ大釜立ち

 命の炎は消えるとも

 意地は潰えぬ大釜立ち


 ・・・


「以来、花形家では白いイタチを神として祀っているとのことだ」


 語り終えた勇太郎だったが、口裂け女の目は、大介へと向けられていた。

 その大介はというと、猫耳小僧を抱きしめている。送り犬と真太郎も、笑いながらふたりを見ている。


「ニャニャ! は、離せニャ!」


「嫌だ! 俺はお前を離したくない!」


 そんなふたりを、口裂け女は羨ましそうに見つめる。すると、勇太郎が彼女に手を伸ばした。

 一瞬で、その体を抱き抱える。さすがの口裂け女も、焦った様子で叫んだ。


「ちょっと! 何すんだい──」


「口裂け女よ! 女として自己を高めよ! 喰らい尽くせぬ女であれ!」


 勇太郎は意味不明なことを叫んだかと思うと、次の瞬間には口裂け女を放り投げたのだ。

 派手に飛ぶ口裂け女。だが、彼女をキャッチしたのは大介だ。彼女を抱き止めたまま、勇太郎を睨み付ける。


「親父! 何しやがんだ! クチサケさんに手を出すんじゃねえ!」


 吠える大介に、勇太郎はニヤリと笑った。


「ふたりとも、幸せにな」


 その言葉を残し、勇太郎は去って行った。

 一方の大介は、唖然となりながら勇太郎の去り行く後ろ姿を見つめる。猫耳小僧らも、同様であった。


「お前の親父、なんだか無茶苦茶だニャ……」


 猫耳小僧が呟くと、大介は顔をしかめて頷いた。




 翌日、大介たちは並んでベンチに腰かけ弁当を食べていた。傍らには、ゴミの詰まった袋が置かれている。四人は今まで、森のゴミ拾いをしていたのだ。ドロイの住む森を、少しでも綺麗にしてあげよう……という思いから始めたボランティア活動である。


「唐揚げ弁当、おいしいニャ!」


「そうか!」


「幕ノ内弁当も、おいしいワン!」


「それはよかった!」


 仲良く笑い合う彼らを、大木の陰にて地団駄を踏みながら見ているのは口裂け女だ。


「ちくしょう、あいつらだけで楽しそうにしやがって……大介の奴、何故あたしを誘わないんだ! 大介に、あたしの手作り弁当を食べて欲しかったのに! 女子力を見せるチャンスだったのに! くそう! くそう!」


 さらに別の大木の陰では、巨大な白イタチが身悶えしていた。


「大介……もう一度、アタシにあの突きを打っておくれよ。突いて突いて突きまくって、アタシをイかせとくれ……」








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