驚異! 自爆霊! (4)
「さて、いつになったら出て来るんだ?」
楽しそうに呟きながら、彩佳市の夜道をママチャリで通る男がいた。言うまでもなく大門大介だ。彼はハイロウと闘うために、自らおとりとなって徘徊している。ゆっくりとママチャリを漕ぎ、陽気な顔つきで周りを見回している。
そんな彼の後ろから、心配そうに付いて行くのは……猫耳小僧と送り犬と浦井真太郎の仲良しトリオだ。
「大介さん、なんか凄く楽しそうなんだけど……怖くないのかなあ。だいたい、相手は妖怪なんだよね。大丈夫かなあ」
真太郎が誰にともなく言うと、猫耳小僧が答える。
「大介は、脳だけでなく神経まで筋肉でできてるニャ。だから、ドツキ合えるのが楽しくて仕方ないニャよ。本当に困った奴だニャ」
言いながら、猫耳小僧は溜息を吐いた。その時、送り犬の表情が変わる。
「あいつ、現れたワン」
その言葉の直後、大介の前にひとりの少年が現れた。まだ幼さの残る顔、細いが強靭な体つき……ハイロウだ。今日は、グリーンのタンクトップに迷彩柄のアーミーパンツというスタイルである。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
大介は、相手を睨みつけた。だが、ハイロウは怯まない。
「お前を……殺す」
感情の全くこもっていない、機械で作ったような声だ。大介は不敵な笑みを浮かべた。
「フッ、面白い。相手になってやる!」
声と同時に、大介は襲いかかる。彼の強烈な左フックが、ハイロウの顔面へと放たれた──
だが、ハイロウはバックステップで躱す。直後、彼のハイキックが飛んで来た。身長百八十センチの大介の顔面に、ハイロウの足先が放たれる。
大介は、とっさに左腕でガードした。前腕に伝わる衝撃は凄まじいものだ。大介はニヤリと笑った。久しぶりに、真っ向からドツキ合えるのだ。彼は今、バトルの喜びに打ち震えていた。
「たった一撃、しかもその細いガタイで、この威力かよ。お前、面白えじゃねえか。いいぜ、かかって来い! 真っ白になるまで殴り合おうじゃねえか!」
叫ぶ大介。だが、ハイロウの方は無表情だ。
「破壊してみせる」
呟くように言った直後、ハイロウは襲いかかる。速く、キレのある攻撃だ。その上、軌道が読みづらい。ダンサーのようなリズミカルな動きから、変幻自在の攻撃が放たれるのだ。
しかし大介は、その攻撃を避けなかった。ハイロウの強烈な打撃を、あえて己の肉体で受け止める。この自爆霊の無念の思いを、自分の体で受け止めているのだ。
直後、すかさず殴り返していく。お互い、真っ白な灰になるまで殴り合う……それこそが、大介の目的であった──
やがて、ハイロウはガクンと崩れ落ちる。大介のメガトン級の威力を持つ打撃をもらい続け、蓄積したダメージにより立っていられなくなったのだ。
続いて、大介もその場にへたり込む。ハアハアと荒い息を吐きながら、ニヤリと笑った。
「燃えた……燃えたよ、真っ白にな。お前はどうなんだ?」
「俺の任務は、まだ終わっていない」
こちらも荒い息を吐きながら、ハイロウは言い返した。その顔には、一切の表情が浮かんでいない。
「あのな、今のお前はエージェントじゃないだろうが。任務なんか、今さらどうでもいいだろ」
「な、何だと……」
ハイロウの顔に、感情らしきものが浮かんでいる。それは、驚きと戸惑いであった。その表情を見た大介の頭に、ひとつの疑念が湧き上がってきた。
「まさかと思うが、お前は自分が妖怪になったことに気づいてなかったのか?」
「よ、妖怪だと!? どういうことだ!?」
叫びながら詰め寄っていくハイロウに、大介は顔をしかめながらも答える。
「お前は、もう死んだんだよ。妖怪として生まれ変わったんだ」
その言葉を聞いたとたん、ハイロウはがくりと膝をつく。
「やはり、そうだったのか。おかしいと思ったよ」
自嘲気味に言うと、ハイロウは再び座り込んだ。下を向きながら、ぽつりぽつりと語り出す。
「俺は今まで、エージェントとして育てられた。任務を完了させることだけが、俺の生きる理由だった。ところが、今の俺には何もない」
そういうと、ハイロウは顔を上げた。
「俺はこれから、何をすればいいんだ?」
切実な表情だった。大介は何も言えず、うつむいてしまう。この若さから察するに、これまでエージェントとして育てられて来たのだろう。そして、任務のためにのみ生きて来た……自身が死んだことにも気付かぬほど、任務に集中していたのだ。
しかし今、彼に任務を与える者はいない。
「俺の敵は……どこなんだ!」
絶叫するハイロウに、大介の顔つきが変わる。
「バカヤロー!」
吠えると同時に、大介のビンタが飛ぶ……ハイロウは、その一撃をまともにくらい吹っ飛んだ。
だが、すぐに立ち上がり睨みつけた。
「な、何をする!」
「お前の敵が、どこにいるか教えてやる。それはな、ここだ!」
大介は、ハイロウの胸を指さした。
「敵は、お前自身の中にいるんだ! 今のお前の絶望、それがどこから来るか……とっくの昔に死んだ過去の亡霊を、いまだに追い求めているからだろうが!」
その言葉に、ハイロウは俯いた。何かを感じたらしい……そんな彼に、大介はなおも語り続ける。
「お前はかつて、エージェントとして様々な任務をこなしてきたんだろうが! 多くの敵と戦って来たんだろうが! なら今度は、妖怪として戦え!」
大介は手を伸ばし、ハイロウの襟首を掴む。その目には、涙が浮かんでいた。
「あいつを見ろ!」
言いながら、大介が指さしたのは……猫耳小僧であった。いきなり話を振られ、猫耳小僧は表情を一変させる。
「ニャニャ!? お、俺は関係ないニャよ!」
慌てて首を横に振る猫耳小僧だったが、大介は彼の言葉など聞いていない。
「あの猫耳小僧は、かつて落ちこぼれ妖怪としてみんなにバカにされていた。だがな、あいつは負けなかった。小さな体で、必死に戦い続けたんだ! 結果、あいつは勝ったんだ! 指一本触れずに、大勢の暴走族を退散させたんだぞ!」
「い、いや……確かに、落ちこぼれとは言われてたのは本当だけどニャ、暴走族を退散させたのは送り犬の力もあるニャ。それ以前に、俺をわけわからんことに巻き込まないで欲しいニャ」
猫耳小僧が小声で突っ込むが、大介の耳には届いていない。彼は、なおも熱く語りかける。
「いいかハイロウ、お前は死んだんだ。だがな、お前は妖怪として生まれ変わったんだよ。ならば今度は、妖怪のエージェントとして生きてみろ! なあ、生きているって言ってみろよ! さあ、早く!」
吠えながら、プエルトリカンのごとき濃い顔を近づけていく大介。ハイロウは、思わず顔を背けた。
「わかったから、寄るな。お前は暑苦しい。言っておくがな、決着はまだついていない」
そう言うと、ハイロウは大介をクールな表情で見つめた。
「お前のパンチは効いた。だがな、それより効いたのは今のビンタだ。死ぬほど痛いぞ」
真顔でそんなことを言ったハイロウに、大介は唖然としていたが……やがて、ニッコリと微笑む。
「お前はもう、エージェントじゃないんだ。任務の為に自爆する必要もない。これからは妖怪として、自分のためだけに生きろ。リベンジマッチは、いつでも受けてやる」
そんな大介とハイロウを見ながら、どうしたものかと首を捻っているのは……猫耳小僧と送り犬そして真太郎のトリオである。
「だ、大丈夫かなあ? あいつ、なんかの弾みでまた自爆したりしないかな……」
真太郎の言葉に、猫耳小僧は頭を振った。
「仕方ないニャ。ああなると、大介は誰にも止められないニャ。それに、アホはアホ同士仲良くなるのかもしれないニャ」




