驚異! 自爆霊! (3)
「お前を………殺す」
夜道でいきなり、見知らぬ少年からそんなことを言われたら……百人のうち九十九人の人間が困惑するか、あるいは身の危険を感じてその場を離れるだろう。
しかし、大介の反応は違っていた。
「バカヤロー! お前、何てことをしてるんだ!」
少年の目を真っすぐ見つめ、大介は怒鳴りつけた。殺す、という言葉に怯んでいる気配はない。むしろ、少年の方が彼の態度にたじろいでいる。
そんな少年に向かい、大介はなおも吠えた。
「お前、今何をしたのかわかってるのか! 道路にゴミを捨てていいと思っているのかあぁ!」
直後に大介は、呆気に取られる少年の前で破り捨てられた封筒のちぎれカスを拾い集めていく。
「いいか! 道路にポイ捨てをするのは最低だぞ! わかったかあぁ!」
言いながら、大介は振り返る。だが、その時には少年の姿は消えていた──
「あ、あれ?」
大介は周囲を見回すが、少年の姿は影も形もない。ほんの一瞬の間に立ち去っていたらしい。なんと素早い動きなのだろう。
「あの野郎、ゴミを撒き散らして消えやがった。なんて酷い奴だ」
ひとり取り残された大介は、ただ呟くことしか出来なかった。殺す、と言われた事実は、彼の頭から消えていたのである。
狐につままれたような気分になりながらも、大介は友の待つ神社へと向かった。石段を上がると、さっそく声が聞こえてきた。
「ライガーマスク、面白いニャ!」
言うまでもなく、猫耳小僧の声である。どうやら、真太郎が持ってきた漫画を読んでいるらしい。
大介は、思わず微笑んでいた。猫耳小僧のおかげで、真太郎は明るくなった。真太郎のおかげで、猫耳小僧は人間の世界にある様々なものを知ることが出来る。これこそ、まさに理想の共生関係ではないか。素晴らしい、と大介はひとりで頷きながら歩いて行った。
「大介、やっと来たのかニャ。遅いニャよ」
漫画を見ていた猫耳小僧が、不満そうな表情で顔を上げる。
「いやあ、すまんすまん。実はな、来る途中で変な奴に絡まれたんだよ」
「えっ、大介さんが絡まれたんですか?」
驚愕の表情を浮かべたのは真太郎だ。百八十センチで百キロ、プエルトリカンのごとき濃い顔をした大介に絡むとは、一体どんな命知らずだろうか。
「それがな、俺にも意味がわからないんだよ。いきなりゴミを撒き散らしやがった挙げ句、お前を殺すとか何とか……あー! 思い出したぞ!」
いきなり叫んだ大介を、真太郎たちは唖然とした表情で見つめる。
「な、何を言ってるワン?」
恐々と尋ねる送り犬の前足を、両手で掴む大介。さらに、情熱的なラテン系ダンスを踊るダンサーのように、大介は顔を近づけていく……送り犬は顔を引き攣らせているが、彼はお構いなしだ。
「あいつ、こないだ喧嘩売ってきた奴だよ! 助けてやったと思ったら、いきなり殴りかかって来た奴だ!」
両方の前足を掴みながら、一方的に語りかけてくる大介に、送り犬は目を白黒させるばかりだ。すると、横にいた猫耳小僧が、恐る恐る話しかける。
「大介、まずは落ち着くニャ。その喧嘩売ってきた奴って、誰なのかニャ?」
その癒し系の声を聞き、大介のテンションも落ち着いてきた。彼は出来るだけ冷静に、さきほど遭遇した者について語り出した。
「いや、実はだな……」
大介の話を聞いた妖怪たちと少年は、どうしたものかと首を傾げた。どうやら、この男は妙な妖怪に目を付けられてしまったらしい……本人には、今ひとつ危機感がないらしいが。
「ねえ猫耳小僧、そんな妖怪に聞き覚えはある?」
真太郎の言葉に、猫耳小僧は宙を見上げながら答えた。
「もしかしたら、あいつかも知れないニャ」
「えっ、心当たりがあるの?」
「あるニャ。ハイロウかもしれないニャよ」
「ハイロウだと? 何者だ?」
今度は大介が尋ねる。ハイロウとは、何とも変わった名前だ。
「俺も見たことはないニャ。あくまでも、聞いた話ニャよ……もともとは、外国人のスパイかなんかだったらしいニャ。けど、日本での任務に失敗して死んだら、妖怪に転生したらしいニャ。河童の勘太に聞いた話だから、本当かどうかは分からないけどニャ」
猫耳小僧は答えた。すると、大介は驚きの表情を浮かべる。
「えっ? お前らは、河童とも知り合いなのか?」
大介が尋ねると、今度は送り犬が口を開いた。
「河童の勘太なら、僕も知ってるワン。あいつは、たまにこっちの川にも泳ぎに来るんだワン。相撲とキュウリが大好きなんだワン。とてもいい奴だワン」
送り犬の言葉に、大介は腕を組み考えた。相撲が好きとなると、その河童は強いのだろうか。強い者ならば、是非とも一度は会ってみたい。
「送り犬よ、その河童は強いのか?」
「うん、とても強いらしいワン。水の中だったら無敵だと聞いたワン。でも、陸上でも凄く強いんだワン。人間が相手なら、負けたことはないと言ってたワン」
「ほう、そうか。是非とも一度くらい、お手合わせ願いたいものだなあ」
真顔でそんなことを言う大介を見て、真太郎と猫耳小僧は顔を見合わせる。話がどんどんズレているのだ。そろそろ元に戻さなくては……真太郎は、ためらいがちに声をかける。
「あ、あの……話が脱線していってるんですけど」
「あ、そうだな。すまんすまん。ところで、そのハイロウとかいう奴は何が目的なんだ?」
「うーん、よくわからないけど……ちゃんと自爆できなかったのが心残りみたいだニャ」
「じ、自爆!?」
今度は、大介と真太郎が顔を見合わせる番だった。自爆できなかったのが心残りだとは。いったい、どんな価値観の持ち主なのだろうか。
「そうだニャ。あいつは任務に失敗して捕まりそうになったから、自爆して一切の証拠を消そうとしたらしいニャ。けど、服に仕込んだ爆弾が上手く起動しなかったニャよ。で、あいつは捕まって殺されてしまったニャ。妖怪に転生した今も、自爆できなかったことを残念がっているニャよ」
「それは、とんでもなく厄介な奴だな」
大介が言葉を返すと、今度は真太郎が首を傾げた。
「でも、その妖怪はなんで大介さんを狙うんでしょうね?」
「あれかニャ、大介を倒せなかったのが悔しいのかも知れないニャ」
猫耳小僧の言葉に、送り犬もウンウンと頷いた。
「僕も、そう思うワン。あいつは今まで、出会った人間をことごとくブッ飛ばしているワン。でも、大介には勝てなかったワン。大介のことを狙っているとしても、不思議ではないワン」
ふたりの言葉を聞き、真太郎は不安そうな表情を浮かべる。それも当然だろう。なにせ、かつてスパイだったが自爆しそこねた挙げ句に妖怪に転生した……こんな、とんでもない経歴の者に狙われているというのだ。不安になるのは、ごく当たり前の反応であろう。
しかし、狙われている当の本人の反応は違っていた。
「となると、あいつはまた来るんだな……俺を倒すために。フッ、面白いじゃねえか!」
不敵な笑みを浮かべると、大介は立ち上がった。
「うおぉぉぉ! いつでもかかって来いや! 相手になってやるぜハイロウ!」
叫んだ直後、三戦立ちからの正拳突きを放つ大介。さきほどのハイロウの「殺す」という言葉は、奴なりの宣戦布告だった……その事実を知った今。彼の全身を流れる血液は、久しぶりに熱く燃えていた。
そんな大介を、唖然とした表情で見つめる真太郎。
「ぼ、僕はどうしたらいいのかな……このまま、大介さんだけに任せておいていいのかな?」
真太郎は、横にいる妖怪たちに聞いてみた。だが、ふたりとも困った表情で首を振るばかりだ。
「さあ、俺にはわからないニャ」
「僕もだワン。真太郎は、ほっといていいと思うワン」
ちょっと呆れている妖怪と少年を尻目に、大介は野太い気合いの声とともに正拳突きを続ける。夜の神社には、彼の声が響き渡っていた。




