驚異! 自爆霊! (2)
「大介、さっきの奴は何だったニャ?」
神社にて、怒って帰ってしまった口裂け女を除くいつもの面々が集まっている。そこで、猫耳小僧が大介に聞いてきた。さっきの奴とは、言うまでもなく緋色のツナギを着た小柄な少年だ。
「それが、さっぱりわからん。道ばたに倒れてたから、心配になって助け起こしたんだよ。そしたら、いきなり殴りかかって来て……体格は軽量級みたいだったが、なかなかいい蹴りだったな」
感服したような口調で、大介は言った。あの少年が放った、上段回し蹴りからの後ろ回し蹴り……そのスピードとキレは、本当に素晴らしいものだった。もはや芸術的といっていい。もう少し、少年に体重とパワーがあったなら、あの蹴りで大介の腕は折れていたかもしれなかった。
「何を言ってるニャ。敵を褒めて、どうするニャよ。全く、大介は本当におめでたい奴だニャ」
呆れた口調の猫耳小僧に、送り犬もうんうんと頷いた。
「その通りだワン。あいつは、妖怪と同じ匂いをさせていたワン。ひょっとしたら、大介を倒して名前を上げようとしている妖怪かも知れないワン」
「えっ? 俺を倒す?」
不思議そうな顔の大介に、猫耳小僧は頷いた。
「そうだニャ。お前は今、妖怪たちの間では人間界の番長として有名ニャよ。人の身でありながら、数々の妖怪を倒してきた……お前は、俺たちの間で十番目くらいに有名だニャ」
「そ、そうだったのか。全然知らんかったぞ」
大介は、思わず下を向いた。己の知らないところで、そんなことになっていようとは。嬉しいような気もするが、何も得していない気もする。
だが、その時にひとつの疑問が浮かんだ。
「今、十番目くらいと言ったな。では、他に有名な人間とは、いったい誰なんだ?」
「やっぱり、水木しげる先生は有名だニャ」
猫耳小僧の言葉に、大介は神妙な面持ちでうんうんと頷いた。昭和の日本を代表する漫画家のひとりであり、妖怪漫画の第一人者だ。惜しい人を亡くしたものである。
それにしても、妖怪に先生呼ばせるとは……さすがは水木しげる先生だ。
「あとは、安倍晴明も有名だワン。古い妖怪たちの中には、未だに尊敬してる奴もいるワン」
今度は、送り犬が答える。安倍晴明とは、また凄い名前が出てきたものだ。平安時代の陰陽師として数々の伝説を打ち立て、その存在は神秘化されている。妖怪たちの間でも有名なのも、充分に頷ける話だ。
そんな伝説と化した者たちと自分は、同列に語られているというのだろうか……大介は今、不思議な感動を覚えていた。
だが次の瞬間、その感動も吹き飛ぶ。
「北海道のゲンさんも、かなり有名らしいニャ」
「北海道のゲンさん? 何者だ?」
思わず聞き返す。さすがに、その人物は聞いたことがない。だが、妖怪たちの間で知られているのならば、間違いなく偉業を成し遂げた人物であろう。
しかし、その予想は見事に裏切られた。
「北海道で大工をしてるらしいニャ。俺は会ったことがないけど、鴉天狗の空太郎は凄く褒めてたニャ」
言いながら、感心したようにひとりでウンウン頷く猫耳小僧。何が凄いんだ、と大介は言おうとした。その大工は、褒められるような偉業をしたのか、と。
だが、すぐに思い直した。考えてみれば、偉業などというものは人間の中だけの価値観による部分が大きい。しかも、表に出た功績のみが対象だ。
だが妖怪にしてみれば、人間たちの間でのみ通じるような名声や偉業など、どうでもいいのだろう。富や地位や名声ではなく、その人間のあるがままを見る……結果、それが評価に繋がっている。つまり、大工のゲンさんは凄い人なのだ。
「俺は、なんてバカだったんだ。人間の価値観のみに捕われ、本当の価値というものを忘れていた。大切なものは、目には見えないのだ」
いきなり、ひとりでブツブツ言い始めた大介。猫耳小僧は、不安そうに彼の顔を覗きこむ。すると大介は、何を思ったか彼の小さな体をガシッと抱きしめたのだ。
「猫耳! 俺は思い上がっていた! すまん!」
「な、何を言ってるニャ! わけわからんこと言うニャ!」
叫びながら、猫耳小僧は必死でもがき離れようとする。しかし、大介は離れない。
「俺の間違いを教えてくれたのは、お前たちだ! 心の友よ、これからもよろしく頼むぞ! バカな俺を、教え諭してくれ!」
大介は熱く語りながら、さらに強く抱きしめる。それは、もはや絞め技の域に達していた。
「ぐ、ぐるじいニャ!」
必死でもがく猫耳小僧。そんなふたりを見ながら、送り犬は首を傾げる。
「あれ? 僕たち、何の話をしていたワン?」
翌日、いつものようにバイトに励む大介。そこに、浦井真太郎が勢いよく入って来た。
「大介さん、どうもです」
「おお、真太郎か。よく来たな」
大介は、にっこり微笑む。この少年は、出会った当初は元気がなく、怯えた目で大介たちを見ていたのだ。それが、ずいぶんと変わったものだ。
今では、猫耳小僧や送り犬といった妖怪たちと友だちになっている。三日に一度は必ずやって来て、神社で楽しそうに遊んでいるのだ。その姿は、見ていて微笑ましい。大介は、息子の成長を喜ぶ父親のごとき気分を味わっていた。
もっとも、彼もまた年齢的には少年の部類に属しているのだが……。
「ところで真太郎、学校はどうだ?」
「えっ? 学校?」
きょとんとなる真太郎に、大介は真剣な表情で尋ねる。出会った当時、真太郎を悩ませていた問題は解決したのだろうか……という疑問が、大介の胸に湧き上がっていたのだ。
「そうだ。学校生活で、悩んでいることはないのか?」
「い、いや……今のところは、特にないですけど」
困惑しながら答える真太郎に、大介は無言のまま手を伸ばした。直後、いきなり真太郎を抱きしめる──
「ちょ、ちょっと! いきなり何すんですか!」
びっくり仰天し叫び出す真太郎だったが、大介はお構い無しだ。
「いいか真太郎、何があろうと、俺はお前の味方だ! もし何か悩みがあるなら、この胸にいつでも飛び込んでこい!」
「い、嫌ですよ!」
「遠慮しなくていい! つまらないプライドは捨てろ! 愛が欲しければ、ありのままの自分を、この俺の前にさらけ出すんだ!」
吠える大介。その時、彼の肩をポンと叩く者がいた。
「大介くん、通報される前に仕事に戻ろうか」
店長の梅津和子である。その顔は引き攣り、肩はプルプル震えていた……言うまでもなく、怒りのためだ。さすがの大介も身の危険を感じ、真太郎から離れた。梅津に向かい、頭を下げる。
「す、すみませんでした! 仕事に戻ります!」
ちなみに、かつて真太郎を悩ませていたDQNたちだが……彼らは今、真太郎とは一切関わろうとしなくなっていた。近づこうとすらしていない。遠くから、恐る恐るという感じで見ていた。
なぜかというと、彼らは真太郎と大介とが一緒に町を歩いている姿を目撃してしまったからである。DQNたちから見れば、身長百八十センチに体重百キロという巨体とプエルトリカンのごとき濃い顔の大介は、危険人物以外の何者でもない。そんな男と、親しげに語り合いながら町を歩いている真太郎も、また同類である……と認識されてしまったのだ。そんな危険人物と、わざわざ関わろうとするほど命知らずではない。
言うまでもなく、大介はそのことを知らない。また真太郎本人も、そのことをわかっていない。最近、DQNたちがちょっかい出さなくなって、よかったなあ……くらいにしか思っていないのだ。
バイトが終わり、大介はいつものようにママチャリを走らせる。だが道中にて、またしても奴と出くわしたのだ。
前方に、道路を歩く少年の姿があった。背は百六十センチほどだろうか。なぜかタキシード姿であり、遠目にはいいとこのお坊ちゃんに見える。
その少年のポケットから、封筒が落ちるのが見えた。だが、少年は気づいていないらしく、すたすた歩いていく。大介は封筒を拾い上げると、ママチャリを急がせて少年に追いつく。
「おい、お前。これ、落としたぞ」
言いながら、大介は封筒を手渡す。だが、その後にとんでもない展開が待っていた。
少年は無言のまま、封筒を受けとる。直後、その封筒をビリビリに破いて捨てたのだ。
そして大介の目を真っすぐ見つめ、冷たい表情で言い放つ。
「お前を……殺す」




