閑話! 水木さんの思い出!
「ねえ、大介くん……あそこにいるのは、みんな君の子分なのかな?」
店長の梅津和子が、顔をひきつらせながら尋ねる。ちなみに「あそこにいるの」とは、外で遊んでいる少年たちだ。浦井真太郎、猫耳小僧、送り犬のトリオが仲良く語らいながら、大介がバイトを終えるのをじっと待っている。
端から見ていると、微笑ましい光景ではある。だが、梅津は少し心配であった。この変人は、あんな小さな子たちと何をする気なのだろうか……と。
「いいえ、子分ではありません! あいつらは全員、俺の心の友です!」
一方、大介は直立不動の姿勢で答える。相変わらずの受け答えに、梅津は頭を抱えた。
「あのね、あたしは君の交遊関係についてとやかく言う気はないよ。でもさあ、君の友だちとしては──」
「あらあら和子ちゃん、またパワハラしてんの? 駄目よ、若い子をいじめちゃ」
口を挟んできたのは、店の常連客(?)である水木繁子だ。彼女は微笑みながら、二人の横に立っている。もう百歳を超える老齢のはずなのだが、未だに己の足であちこち出歩くほどタフなのだ。
「い、いや、別にパワハラしてるわけじゃないですから。だいたい、そんな言葉どこで覚えたんですか」
困ったような顔になる梅津を見て、水木はクスクス笑った。
「あのね、お婆ちゃんだからってボケてるわけじゃないのよ。大介くんも、真面目にバイトしなさいよ」
「はい! お任せください! 俺の筋肉は、力なき皆さんのために常日頃から鍛えてますから!」
そう言って、ボディービルダーのごときポーズを取り始める大介。そんな姿を見て、水木は嬉しそうに笑った。
「ふふふ、大介くんはいつも元気ねえ」
「はい! 任せてください! 俺の筋肉は、今日も激しく躍動しております!」
言いながら、さらに激しく動く大介。横にいる梅津は、ため息を吐きながら頭を振った。いつ見ても、暑苦しい男である。
「大介くん、君の筋肉が凄いのは分かった。だから、まずは仕事に戻ろうか」
ビニール袋を片手に、水木は店を出た。ふと横を見ると、楽しそうに語り合っている真太郎たちがいる。
水木はニッコリと笑い、彼らに近づいて行った。
「おやおや、あなたたちみたいな子が、まだいたんだねえ」
そう言いながら、猫耳小僧に微笑む。
「えっ、俺のことかニャ?」
あまりにフレンドリーな態度に、猫耳小僧は困惑し首を傾げる。だが、水木はお構い無しだ。ポケットから何かを取り出し、彼に差し出した。
ピンク色の飴である。
「いちご飴、好き?」
「ニャニャニャ!? い、いいのかニャ!?」
「もちろんよ。はい、どうぞ」
言いながら、水木は飴を手渡す。次に彼女は、送り犬の方を向いた。
「あなたも、いる?」
だが、言われた送り犬は戸惑っていた。彼は今、犬のふりをしなくてはならないのだ。大介と話す時のように「ありがとワン」などと言うわけにもいかない。
すると、水木は何やら察知したらしい。真太郎の方を向き、飴を二つ手渡す。
「後で、ワンちゃんと分けてね」
「あ、ありがとうございます」
困惑しながらも丁寧に頭を下げる真太郎を、水木は優しい目で見つめる。
「君は、いい子ね。みんなと仲良くできて……ちょっと、私と話さない?」
「は、はあ」
頷く真太郎の前で、水木は縁石に腰掛けた。まるで、コンビニの前にたむろする若者のようだった。もっとも、彼女の佇まいには品があるが。
「私が生まれて初めて妖怪を見たのは、君よりずっと小さい頃だったのよ」
「えええっ? 妖怪、ですか?」
驚く真太郎に、水木はこくんと頷く。
「そう。妖怪は、本当にいるの。これは、むかーしむかしのお話よ」
遠くを見るような表情で、水木は語り出した。真太郎はもちろん、猫耳小僧や送り犬もまた、話に聞き入っていた。
・・・
水木繁子は都会に生まれたが、小学生の時にこの彩佳市へと引っ越して来た。
もともと活発な女の子であった彼女にとって、豊かな自然に囲まれた彩佳市は遊ぶ場所には不自由しない。水木は野山を駆け回り、川や池に入ったりして遊んでいた。
そんな、ある日のこと。
水木は、今日も野原を駆けていた。だが、予想外のことが起きる。いきなり足元が崩れ、彼女は一気に下へと落ちて行ったのだ──
気がつくと、水木は穴の底にいた。
水木が落ちたのは、古い井戸である。当時の彩佳市には、枯れてしまった井戸の跡地が幾つか存在していた。長い年月の果てに枯れ草や木の枝などが上を覆い、落とし穴のようなものになっていたのである。
幸いなことに、下には落ち葉や枯れ枝などが敷かれてクッション代わりになってくれた。おかげで、傷ひとつない。
しかし、地上は数メートル上にある。手がかりや足がかりになるような物もないのだ。言うまでもなく、幼い少女の力では登りつくことなど出来はしない。
どうすればいいのだろうか。水木は、左右を見回した。恐怖のあまり泣き出した。
だが、その時……奇妙な声が聞こえてきた。
「お前、何してるニャ?」
とぼけた声と共に、のっそりと現れたもの。それは一匹の黒猫であった。こんな田舎の猫にしては珍しく、とても美しい色の毛並みをしている。尻尾は長く、ちょっとした汚れなどはついているものの、全体的には痩せすぎておらず太りすぎておらず、こちらを見つめる姿からは優雅ささえ感じさせる。
さらに、その黒猫には他の猫と決定的に違う点があった。長くふさふさした尻尾が、二本生えていたのだ。
「えっ……ね、猫なの!? 猫なのに、喋れるの!?」
叫ぶ水木に対し、黒猫は呆れたように後ろ足で耳を掻いた。
「あたしは、どうしたのかと聞いたんだニャ。お前は、言葉も通じないアホなのかニャ?」
「あ、アホ!? 私はアホじゃないよ!」
さっき泣いていたことも忘れ、水木は顔を真っ赤にして言った。すると、黒猫は水木に近づいていく。頭のてっぺんから爪先まで、彼女をじっくりと見つめた。
「ああ、分かったニャ。お前、この穴に落っこちて泣いてたんだニャ。こんな穴に落ちて泣くとは、アホな上に弱虫だニャ」
小馬鹿にしたような口調の黒猫に、水木は状況も忘れて腹を立てていた。地団駄を踏み、顔を真っ赤にして抗議する。
「またアホって言った! 私、アホじゃないもん! 水木繁子って名前があるんだから!」
「そうかニャ。ま、あたしには関係ないニャ。お前が何者だろうと、どうでもいいことだニャ」
そう言うと、黒猫はすました顔で己の毛づくろいを始める。その仕草はあまりにも可愛らしく、水木は怒りも恐怖も忘れていた。
やがて耐え切れなくなった彼女は、思わず手を伸ばし、黒猫に触れる。すると、黒猫はじろりと睨んだ。
「小娘、気安く触るニャ。あたしは二百年も生きてる化け猫だニャ。お前ごとき、足元にも及ばないニャ」
「えっ、二百年も生きてるの! すっごい!」
感嘆の声を上げる水木。その反応に気をよくしたのか、黒猫は得意げな様子で水木を見る。
「そうだニャ。あたしは二百年も生きてる化け猫のミーコさまだニャ。分かったら、あたしを崇めるニャ」
「へえ、ミーコっていうんだ。可愛い名前だね」
言いながら、ミーコの背中をなでる水木。
「私はね、水木繁子っていうんだよ。よろしくね」
「フン、お前の名前なんか興味ないニャ。あたしは三百年も生きてる、偉大な化け猫さまだニャ」
ミーコは、傲慢な態度で答えた。おかしいな、さっきは二百年って言ってたのに……と水木は思ったが、それを口にしたら色々と面倒なことになりそうだから黙っていた。
「ところで小娘、お前はどうやって帰るニャ?」
その言葉に、水木は上を見た。幼い彼女では、どう頑張っても上がることなど出来ない。
「あんな高いとこ、わたし一人じゃ上がれないよ。誰かに来てもらわないと……」
水木の目から、涙がこぼれる。彼女はふたたび、今おかれた状況を思い出したのだ。こんな深い穴に落ちてしまって、どうやって家に帰ればいいというのだろう。
その時、ため息のような声が聞こえた。
次の瞬間、ミーコが宙に飛び上がる。さらに、空中でくるりと一回転した。
すると、猫の姿が消えた。代わりに、人間の女……のような者が出現したのだ。
水木は呆然としながら、その女を見上げる。女は背が高く、長い黒髪と野性味あふれる風貌をしている。さらに、その頭には三角の耳が生えているのだ……まるで猫のような。
「ほらボケッとしてないで、こっちに来いニャ」
言いながら、手を差し出す女。だが、水木は唖然とした表情のまま硬直している。
「ね、猫が変身した……人間になった……」
「あのニャ、あたしは四百年も生きてる化け猫ミーコさまニャ。変身くらい簡単だニャ。それより、早くここから出るニャよ」
言うと同時に、ミーコは水木を軽々と抱き上げる。
次の瞬間、一気に跳躍した──
水木は、目の前で起きたことが未だに信じられないようであった。喋る黒猫が、目の前で人間の女に変身した。しかも、その女は自分を抱き抱え、深い古井戸の底から一気に飛び上がったのだから。
「小娘、気をつけて帰るニャよ」
そう言うと、ミーコは向きを変え立ち去ろうとする。だが、水木は彼女の手を掴んだ。
「い、行っちゃ嫌」
「なんだニャ? ここからなら、ひとりで家に帰れるニャよ。あたしは忙しいんだニャ」
ミーコは歩き出そうとする。しかし、水木は彼女の手を離さなかった。
「待ってよ。ねえ、私の友だちになって」
「ニャニャ? 何を言ってるニャ。あたしは、五百年も生きてる化け猫ミーコさまだニャ。お前みたいな小娘とは、友だちになんかならないニャよ」
「そ、そんな……」
「ふん、お前みたいな弱虫、あたしは嫌いだニャ。さっさと手を離すニャ」
そう言うと、女は水木の手を乱暴に振り払った。後を振り返りもせず、すたすたと去って行く──
・・・
水木がそこまで語った時、店の中から大介が出てきた。皆の姿を見て、不思議そうな顔をする。
「あ、あれ……水木さん、どうしたんですか?」
目を丸くして尋ねる大介に、水木はニッコリ微笑んだ。
「あらあら大介くん、バイト終わったのね。それじゃ、私は失礼するわ。みんな、また会いましょうね」
そう言うと、水木は停めてある自転車に歩き出した。だが、彼女の背中に猫耳小僧が声をかける。
「お婆さん、その化け猫さまには、また会えたのかニャ?」
その問いに、水木はクスリと笑った。
「それについては、また今度お話しましょうね」
言った後、水木は自転車に乗る。ゆっくりとしたスピードで、道路を進んで行った。
その後ろ姿を見ながら、送り犬は首を傾げる。
「なんか、とっても不思議な人だワン……あのお婆さん、かすかに妖怪の匂いがしたワン」
暗い夜道を、水木は自転車で走っていく。すると突然、後部座席に何かか飛び乗ってきた。
「小娘、何をしてたニャ?」
「妖怪の子たちと、お話ししたの。あなたと違って、素直な可愛い子ばっかりよ」
ひょうひょうとした態度で答える。相手が何者であるかは、見なくても分かっている。
「ふん、どうせ四流以下の弱虫妖怪どもだニャ。あたしのように、六百年も生きてる化け猫さまほどの強者はいないニャよ。わかったら、さっさと帰るニャ」
「はいはい……そうだ、あんたの好きなイカソーメン買っといたからね」
「べ、別にイカソーメンなんか好きじゃないニャ。ただ、小娘が出してくれるなら、食べてあげなきゃ可哀想ニャ」
「あのねえ、私はもうお婆ちゃんよ。小娘なんて歳じゃないわ」
「何を言ってるニャ。七百年生きてるあたしから見れば、お前はいつまでも小娘だニャ。早く帰って、イカソーメン食べようニャ」
「はいはい」




