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31 川と魔物と中年と 前編

すっかり更新が遅くなってしまい、申し訳ございません。年度の変わり目と他シリーズの作業でバタバタしてしまいました。二章を投稿しますので、よろしくお願いします。


《前回のあらすじ》

ハースト王国で活動していた中年冒険者ディナードは、魔物討伐の依頼を受ける中、妖狐の母娘、レスティナとティルシアと出会い、同行することになった。

そして成り行きでゴブリンを拾ってゴブシと名付け、一人と三体でロック鳥を倒して親子丼にしてしまう。そして魔王を討伐して食べるべく、北のヴァーヴ王国に向かった。

そこでワイルドボアとオークの騒動を片づけて、ぼたん鍋や豚丼を食い、お腹いっぱいになるのだった。



 ヴァーヴ王国の東寄りには山脈が存在しており、そこを北上していくと魔物たちが住まう土地がある。


 一般に魔物が住んでいるのは、魔物たちの領域である北の土地であるが、こちらの国でも小規模な地区があるようだ。そこはなかば秘境とされており、人が立ち入ることは滅多にないという。


 ときおり、人里に迷い出た魔物が問題となって、駆除されることもあるが、長らくは目立った出来事もなかった。


 しかし近年、そこから溢れてくることが多くなった、と問題視する声が上がりつつある。


 そんなヴァーヴ王国の南寄りの土地を北に進んでいくのは、中年冒険者と美しい母娘、それからゴブリンといったチグハグな一行だ。


 彼らは魔王を食べるべく、その拠点である土地へと少しずつ向かっていたのである。


「しかし……平和なのもいいが、たまには魔物が飛び込んでこないものかね」


 そんなことを言うのはディナードである。

 魔王から放たれた追っ手が、ときおりこちらを窺っている気配はあるが、コカトリスがあっさりと仕留められてしまったことで恐れをなしているのか、手出ししてくることはなかったのだ。


 それに、向こうもそれほど余裕があるわけでもないらしく、数多の魔物をけしかけてきた試しもない。


 しかし、聞く人が聞けば眉をひそめるような発言だ。強力な魔物に襲われている土地も少なくない。


「ディナードさん、皆さんはその被害に困っているんですよ?」


 レスティナが尻尾を揺らしながら、彼の様子を窺う。しかし、ディナードはいつもの調子で返すばかりだ。


「それならますます、こっちに飛び込んできたほうが都合はいいじゃねえか。ほかのやつらは被害を受けなくて済む。そして俺は魔物を食える。誰もが嬉しい結末だろ?」


 すでに食べることしか頭にない彼の言葉に、ゴブシが目を輝かせ、ティルシアが狐耳を立てた。


「ゴブブ!」

「たべる! ……つぎは、なに?」


 ティルシアが首を傾げると、ディナードも少し考えてみる。

 こちらの魔物の状況はあまり聞いていない。どちらかと言えば、近くに住んでいたレスティナたちのほうが詳しいだろう。


「そういえば、大きな川があるって話だったな。そこなら、水棲の魔物も潜んでいるんじゃねえか?」

「ゴブ! ゴブブ!」


 大喜びのゴブシは、包丁を持って魚を捌くジェスチャーをしてみせる。気分は一人前の板前なのだろう。あたかも楽器でも奏でるかのような表情で、体を動かしていた。


 そしてティルシアも尻尾をパタパタと揺らす。


「さしみ? やきざかな? にもの?」

「どうするのがうまいのかは、食材に聞かないとわからないな。ティルシアはどれが食べたい?」

「むー……」


 彼女はすっかり考え込んでしまう。狐耳を前後に揺らしながら悩む姿は、子供ながらに真剣そのもの。


 そんなやり取りを眺めていたレスティナが、ふと尋ねてみた。


「ディナードさん。すっかり魚を食べる予定みたいですが、どこか当てがあるんですか?」

「そんなご大層なもんじゃないな。昔、山の中を歩いているときに、魚を捕って食った覚えがあるだけだ。ありゃ何年前のことだったかね」

「もう、またしても行き当たりばったりなんですね」


 レスティナに笑われながら、ディナードは思い返してみるも、記憶は不確かだった。

 ずっと一人でいた時間が長かったから、時間の感覚を気にすることもなかったのだ。


 そう思うと、彼女たちと一緒にいるこの時間は、これまでの人生に比べるとまったく短いものであったが、密度が濃くてよく思い出せるものである。


 そこでふとディナードは気がついた。


(思い出ってのは、もしかすると、会話の数に比例でもするのかもしれねえな)


 たった一人での思い出は、誰かに伝える必要もなく、忘れ去られていってもいい。だから、誰かと一緒にいる共有した時間ばかりが残っているのかもしれない。


 そんな話をしていた一行であったが、やがて街に到着した。

 レスティナとティルシアは幻惑の魔法を用いて、衣服を着替え、狐耳と尻尾を隠しておいた。こんな術も、すっかりうまくなったものである。


 彼らはまず冒険者ギルドに立ち寄って、軽く手続きを済ませると、魔物の状況について尋ねる。


「なにか魔物の被害で困ってることはないか?」

「こちらにはシーレーン川という大きな川がございまして、以前から近くで魔物は見られていましたが、最近は活発に姿を現すようになってきました。討伐の依頼は多くありませんが、その証拠を持ってくれば、報酬が出されることになっております」


 受付係が答えてくれると、ディナードはレスティナやティルシアに視線を向けて口の端を上げた。


「ほら、やっぱり川がよさそうだ。言ったとおりだろ?」

「偶然じゃないですか」

「うまく当てるのも、実力のうちさ」

「しゅごい!」


 ティルシアが尻尾を振りながら、感動しているところを見るとディナードは、


(大人のよくないところを見せちまったかな?)


 なんて思うのだ。

 とはいえ、純粋無垢な瞳を向けられて素直に褒められるのは、悪い気分はしないものである。


「こちらの魔物は小型ですから、数人で取り囲めば、さほど問題なく倒すことができるとされています。詳しい情報につきましては、別室にてご案内いたしますが、いかがいたしましょうか?」


 資料があるため、移動することになるのだろう。断る理由などなかった。


「そりゃありがたい申し出だ。頼むとしよう」


 そうして魔物の情報を窺うことになると、最近の出没件数などの記録を見せてもらえる。ディナードはそれらの数字に目を走らせていく。


「ゴブ……」


 一方でゴブシは、魔物が食えると嬉しがるかと思いきや、複雑そうな顔をしていた。ディナードはすぐにピンとくる。


「ははあ、魔物の名前だけ見てもわからねえのか」


 ゴブシは元々、南のハースト王国にいたゴブリンである。となれば、大きな川を見たことはなかっただろう。けれど、ゴブシは急にかっこうをつけて、知っている振りをするのだった。


(ゴブリンでも、田舎者と見られたくない気分になるもんかね)


 ディナードは首を傾げつつ、いくつかの情報を見ていくと、やがて食べたい魔物に目星をつけた。


「ケルピーか。あれはなかなかうまいんだよな」


 淡水に住むという馬である。人が近くを通れば、川に引きずり込んでしまう性質がある。


 受付はディナードの話を聞くと驚くのである。


「ケルピーは浸透圧の関係で、体内に水を大量に保有しており、そこに魔力が蓄積されているせいで、食べると魔力中毒になると言われていますが……」


 川では塩分濃度が薄いため、細胞内に水が入ってきてしまうのだ。大量の薄い尿を出すことで、体が水で膨らみすぎて破裂してしまう状況は防いでいるのだが、ケルピーはそこで魔力だけを蓄える能力に長けていた。


 それゆえに、魔力を作り出す器官を持たない人にとってその肉は、毒性が強すぎるのである。


「その件は問題ないな。なにしろ、ゴブリンだからな」

「ええと、人についての話なのですが」


 視線はディナードとレスティナ、ティルシアに向けられる。

 彼女たちは帽子を被っていて、狐耳を隠しているから、魔物だとは気づかれなかったのだろう。


 しかし、彼女たちは魔物。人はディナードだけである。いや、彼もまた、魔物の成分を取り込んでいるから、厳密には人ではないのかもしれない。


 なんにせよ、彼らにとって問題なのは、人かどうか、なんて区分ではない。

 魔物を食べられるかどうか、ということなのである。


「気にしないでくれ。色々あるんだ」

「ええ、はい。かしこまりました」


 受付が曖昧に頷くと、話はそこまでになる。

 ディナードはレスティナたちを振り返った。


「それじゃ、次はケルピーの肉を取りに行くか」

「はい。頑張りましょう」

「やった! うま!」


 ティルシアがはしゃぎ、ゴブシもよくわからない顔をしつつも涎を垂らしそうになっていた。気が早いゴブリンである。


 そうして次の目的を決めると、彼らは街に繰り出す。

 次の料理をどんなものにしようかな、と考えながら。危険な旅も、食道楽にはほんの些細なスパイスに過ぎなかった。


ケルピーは川の中で暮らす馬です。海水にいるという話は寡聞にして知らないのですが、おそらくは川魚と同じように、薄い尿を出すことで塩分濃度を保っているのでしょう。海獣はクジラやイルカなどがいますが、川にいる哺乳類といえばカバくらいでしょうか?


というわけで、次の舞台は川となりました。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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