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10 トレントとドリアードの共演と饗宴 後編


「トレントの木の実の炒め物と、ドリアードのクルミご飯です」


 運ばれてきた料理は、雑多な木の実を炒めたものだが、おそらく様々なトレントから取れた木の実を混ぜたのだろう、色とりどりで大変見た目が美しい。


 そしてクルミご飯はクルミをペースト状にしたものと醤油を混ぜたのだろう、薄茶色だが、ご飯はつやつやしている。そしてところどころには刻んだクルミが見える。


 それらの香りはテーブルに置かれたときからすでに漂ってきている。ゴブシなんかはすでに涎を垂らしそうになっていた。


 これだけでもう、期待は高まってくる。


 ディナードはまず、炒め物から食べてみることにした。木の実はぱりぱりとしており、食感は心地よい。


 だが、食べてみると見事に味が調和していることがわかる。複数の木の実が入っていて、それらの味は異なっているというのに、全体では一つの味が作り上げられているのだ。


 けれど、さらなる驚きは二口目に襲ってきた。


(これは……味が変化している!?)


 複数の木の実が入っているため、食べたときに割合が異なると、それにともなって味が変化するのだ。


 これは量を食べても飽きさせない工夫だろう。どの木の実も個性的で、たった一つだけを食べても物足りなさを感じさせないうまみがあるからこそ、なし得る業だ。


「うまい!」


 文句なくうまい。ディナードが感動していると、ぱたぱたと揺れる尻尾が見える。

 ティルシアは口いっぱいに頬張りながら、もぐもぐしている。満面の笑みを見れば、気に入っているのが明らかだ。


 そしてレスティナも驚きながら、一口一口丁寧に味わっていた。


「ディナードさん、とてもおいしいです」

「連れてきた甲斐があったな。これから一緒にやっていくんだ。いいスタートを切れたな」


 この一人と三体でやっていくことになる決起会を兼ねているのだ。なかなか細かいところに気を遣う中年であった。


 その心遣いがますます食事を楽しくするのだろう。そして彼女たちの笑顔がなによりの隠し味になる。


 ディナードはそれからクルミご飯をよそおうとする。だが、運ばれてきた量よりも明らかに少ない。


 隣を見れば、すっかりお腹を膨らませて満腹になったゴブリンがいる。


「ゴブー」

「こいつ……好きなだけ食いやがって!」


 寝ころがっていたゴブシの腹をつっついて起こしたディナードは、残り少なくなったクルミご飯をティルシアとレスティナの器に盛って、一口分だけ自分の器に載せた。


 温かな湯気は、素朴ながらも高級感のある特上の香りをともなって、鼻腔をくすぐる。そしてお味のほうはどうか。


 まずはクルミの脂肪分が醸し出すコクが広がった。そしてやや焦げた醤油の香ばしさが遅れてやってくる。


 一口食べたら、もう一口が欲しくなる。

 きっと、満腹になるまで止まらないのだろう。ゴブシの気持ちもわかる。


 だが……。

 ディナードは一息ついた。


 すでに彼が食べられるクルミご飯はないのだ。そんな様子を見て、ティルシアが自分のご飯を差し出そうとしてくる。


 けれどディナードはふっと笑みを浮かべる。


「俺はいいから、ちゃんと食いな。子供はたっぷり食うくらいでいい」

「やった! ありがと!」


 ティルシアは嬉しげに食べ始めると、あっという間にぺろりと平らげた。そしてレスティナも彼に渡そうとするも、なんやかんやと流されて、結局食べきっていた。


 クルミは狐にあまり与えるべきものではないが、たいした量ではないし、彼女たちも妖狐だから問題もない。


 満足していた頃合いであるが、そこに最後のデザートが運ばれてくる。なんともちょうどいいタイミングだ。


「クルミアイスのシロップかけでございます」


 すっかり冷気を放つ器が四人分。

 冷やす方法と言えば、錬金術師が作っている薬品や、冬山から取ってきた氷、冷却する魔法を使うくらいのものだ。


 それゆえにこのアイスはかなりの高級品である。

 しかもドリアードのクルミとトレントのシロップの共演だ。この最後に、饗宴を締めくくるに相応しいとっておきを持ってきたのだ。


 クリーム色のなめらかなアイスには、シロップが混ぜているのみならず、贅沢に上からシロップがかけられている。


 そしてちらほらと見えるクルミがいいアクセントになっている。


 ゴブシはゴクリと喉を鳴らした。ティルシアは尻尾を振りながら眺め、レスティナも狐耳をわずかに揺らしていた。


 スプーンを手にすると、ディナードは早速アイスをすくう。

 柔らかく、するりとスプーンは入っていく。そしてコツリと硬いものに当たった。そのまま掘り出すと、そこにはクルミがある。


 スプーンを咥えると、まずは冷たさとともにシロップの甘みが広がる。それから上品な口触りのアイスが淡い香りを伝えてくる。こちらはあまり自己主張せず控えめだ。


 カリッと音を立ててクルミを噛むと、広がる香ばしさ。

 ディナードが堪能していると、ティルシアの尻尾が激しく揺れ動く。


「ん~! あまい!」


 かなりお気に召したらしい。子供だから、甘いものが好きなのかもしれない。

 そんな嬉しげなティルシアの世話を焼いているレスティナに、ディナードは告げる。


「どうだ、おいしくないか?」

「とてもおいしいです。けれど……こんなによくしていただくと、申し訳ないです」

「気にするな。楽しんでくれたならいいさ。ティルシアだけでなく、お前さんもな」


 レスティナは笑うディナードから視線を逸らすと、パクリとアイスを咥えた。その表情は柔らかく、どこか子供っぽくも見える。


(もしかすると、こっちのほうが普段の顔なのかもしれねえな)


 などとディナードは思うのだ。どうしても子育てをしていれば、そちらを中心にせざるを得ない。自分自身のことは後回しになってしまう。


 もちろん、それが不幸せというわけではないが、たまにはこんな時間があるくらいのほうがいい。


 そんな彼女を見ていると、レスティナが首を傾げる。ディナードはつい視線を逸らすと、


「ゴブー!」


 悲鳴が聞こえてきた。見れば、頭を押さえたゴブシの姿があった。冷たいものを食べたから、頭痛がするのだろう。


「急いで食うからだ。まったく……」


 そんなゴブリンを見て、仕方ないな、とディナードは苦笑する。

 けれど、こんな笑いがあってもいい。ティルシアもレスティナも微笑み、とても賑やかなのだから。


 ディナードはまたいつか、機会があれば食事会でも誘おうかと思うのだ。

 そうして今日の饗宴は大成功に終わったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

冷たいものを食べたときに起きる「アイスクリーム頭痛」。これは喉の感覚神経が度の過ぎた冷たさに、頭の神経を刺激して痛みと勘違いしてしまうことで起きる関連痛だそうです。

ゆっくりと急がずに食べれば大丈夫です。


また、おかげさまで1万ポイントを達成しました。

ブクマ・評価ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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