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ささやかな願い

 ニアのベッドは、普通よりも一回り小さくなっていた。

 きっとニアの体に合わせて作られているからだと思う。

 ただでさえひとつのベッドで二人寝るのは大変なのに、これじゃあどうやっても密着してしまう。

 なるべくくっつかないように離れようとしたんだけど、そうすると今度は落ちそうになっちゃうんだよね。


 落ちないように体を横向きにすると、ニアの顔が吐息がかかるくらい近くにまで迫ってきた。

 目が合うと幼い顔がリンゴみたいに赤く染まる。


「あ、あ、あの、私、こういうことは初めてで……その、どうしたらいいのかわからなくて……」


 震える声でそうつぶやく。


 それはそうだよね。

 僕だってどうしたらいいかなんてわからない。

 ライムと一緒に寝ることは多いから慣れてきたつもりだったけど、相手がニアとなるとやっぱりちがう。


「僕も緊張して眠れそうにないよ」


「師匠でもそうなんですか……? てっきりライムさんといつもされてるので、慣れてるものと……」


「確かにライムとはいつも一緒に寝てるけど……。でも、相手がニアだって考えたたら、やっぱり緊張しちゃうよ」


「どうして、私のことを考えただけで……?」


「どうしてって……」


 そんなの決まっているよね。


「こんなにかわいい女の子と一緒のベッドに入って、緊張しない男なんていないよ」


「……ッ!」


 僕がそういうと、ニアが急に抱きついてきた。


「ど、どうしたの……?」


 しばらく抱きついたままだったけど、やがてポツポツと話し始めた。


「……私は、ずっと一人で師匠のことを探してきました。

 でも会うまでは不安だったんです。

 もしかしたら、師匠は私の思うような人じゃないかもしれない。本当はすごく嫌な人かもしれない。私みたいな子供なんか見てもくれないかもしれない……。

 自分のなかで期待が膨れ上がっていくにつれて、不安も大きくなっていったんです。そして、実際に会った師匠は、私が思う人とは全然ちがっていました。

 思っていたよりもずっとずっと強くて、かっこよくて、優しい人でした……」


 ニアは震えていた。

 S級冒険者だとかレベル50を超えただとかいわれていても、中身はごく普通の女の子だ。


 ニアの活躍を考えればこれだけ大きな家に住んでいるのは普通だけど、でも、この家にはニア一人しかいなかった。

 それがなぜなのか、尋ねようとしたけど、やめておくことにした。

 僕を抱きしめる小さな腕が震えていたから。


「こんなに大好きになってしまったら、もう師匠以外の人となんて考えられません。

 だから、お願いします……。今夜だけでいいので、ライムさんのことは忘れて、私を抱いてください……っ」


 誰かのぬくもりに包まれて眠りたい。

 それはきっと、子供なら誰もが願う普通のことだ。

 そして普通は簡単に叶う夢なんだ。


 でもたぶんニアはずっと、そんなささやかな夢さえ叶えられなかったんだと思う。

 僕はいつも、ニアは小さいのに誰に対しても強気ですごいなと思っていたけど、なんのことはない。

 そうしなければ生きていけなかっただけなんだ。


 たった一人でこの王都を生き抜くのは大変だったと思う。

 誰かに甘えたくなるのも当然だ。

 でもその甘える相手が、ニアにはずっといなかったんだ。


 どうして両親がいないのか。

 こんなに大きな家なのに、どうして使用人の一人もいないのか。

 聞きたいことはたくさんあったけど、そのどれも飲み込んで僕は別のことを口にした。


「よくがんばったね」


 ニアの瞳がはっと見開き、やがて潤みはじめた。


「どうして……。私のいって欲しい言葉が、どうしてわかるんですか……?」


「わかるよ。僕もニアと同じだから」


 その気持ちは僕も最近わかるようになったばかりだ。

 一人で生きても大丈夫だと思っていたけど、ライムと一緒にいることで、二人でいることの楽しさを知ったばかりだから。


「……ううっ」


 ニアの目から涙があふれ出す。

 一度こぼれてしまうと、もう止めることができなくなった。


「うわあああああああああああああああん!!!!」


 大声を上げて泣きじゃくる。

 そんなニアの頭を僕はずっとなでていた。

 この小さな体でいったいどれだけ我慢を強いられてきたのか。

 僕には想像しかできない。

 だからせめて、ニアが抱えてきた寂しさの欠片だけでも紛らわせてあげられたらいいな、と思いながら。


 やがてニアは泣きやむと、そのまま寝息を立てはじめた。

 泣き疲れた顔は、だけど今はとても安らかに見える。

 S級冒険者としてではない、普通の女の子としてのニアがそこにいた。


 きっとこれが本来のニアの表情なんだろう。

 そのあどけない寝顔を見ていたら、いつしか僕も眠りについていたんだ。

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