犯人の主張
「……!」
あなたとわたしは同類よ、という言葉を聞いて。
アイリーンは、ユリアを突き飛ばしていた。
棚にぶつかって派手な音をたてるユリアの前で、アイリーンは解毒剤の瓶を引っ掴む。
そのまま魔王の娘は、ユリアの研究室から逃げ出した。目指すは魔王城――毒に倒れた助手執事の下へと。
「あは、あははははは! そういうトゲトゲしたところも素敵だわアイリーン! やっぱり探偵と犯人は反発し合うものよねえ!」
「なんとでも言ってなさい……!」
背後から聞こえるユリアの哄笑に、歯噛みしつつアイリーンは進む。
探偵と犯人は方向性の違う似た者同士。だから永遠に仲良く事件の中で敵対し合おう、なんてそんな提案受け入れられるはずがない。
お互いに事件を望みつつ、役割だけが違う者。
解決するか引き起こすか。それしか違わないのなら内面に対して差はない――そう言い切ったユリアの声を、アイリーンは首を振って否定する。
「つれないことを言わないで。わたしたちは鏡映しの存在のようなものでしょう?」
「断じて違うわ! 直感だけを信じて好き勝手な推論を並べないで頂戴!」
「まあ、直感から始まった思いなことは確かだけれど」
「この恋愛脳女!」
追いかけてくるユリアの声を、強引に振り切って地上へと走る。
決して振り返ってはいけない。
少しでもそちらを向いたら呑まれてしまう。そんな予感がしたからだ。
だってユリアの推論は、ある意味では正しいのだから。握りしめた解毒剤の瓶の感触だけを頼りに、アイリーンは必死になって前へ進んだ。
「直感、という面ではあなたも理解しているはずよアイリーン。だからそんなに焦っているのでしょう?」
けれど。
そんな魔王の娘に真っ黒な触手を伸ばすかのように、冥王の娘の声は暗闇から聞こえる。
「『ライバル』という言葉だけで、あなたはわたしが犯人だと当たりをつけた。調べれば他にも怪しい者はいたかもしれないのに。ねえ、どうしてかしら? どうしてすぐ、わたしを疑ったのかしら」
「それは……」
状況証拠はたくさんあった。
けれどもアイリーンのライバルというなら、確かに他にも何人か候補はいたのだ。
精霊姫。もしくは他の名家の令嬢。
なのにすぐユリアだと確信したのは、ドラゴンの記憶事件の手口の他にも、アイリーン自身のひらめきがあったからに他ならない。
あいつが怪しい、と。
推理をする前から、馬鹿みたいな直感があった。
「意識してくれて嬉しいわアイリーン。そう、わたしもあなたのことを意識していたのよ。だからかしら――運命のような偶然が、わたしの身に起こった。
あなたが『探偵』というものに憧れて活動を始めた魔王城での事件。そのとき同時に、わたしは『犯人』というものに憧れたのだから」
「なん……ですって?」
アイリーンが探偵を目指すと言い出した最初の事件。
魔王城での連続殺害事件――その同時期に、ユリアは思うようになったのだという。
事件を起こすのは、楽しい、と。
「興味深く拝見させてもらったわ。魔王城での出来事は。けれども、同時にこうも思った――『わたしなら、もっと上手くやるのに』って。鮮やかに陥れ、混乱させ、煙に巻く。だからやってみることにしたわ。手始めにあのドラゴンさんの魂に傷をつけた」
「あなたって子は……!」
「退屈しのぎにはなったはずよ?」
お茶のお供くらいにはなったはずだわ、とくすくすと、暗黒竜事件の解決の様子を思い出したのだろう。
愉快そうにユリアは笑った。
「とてもとても、充足したわ。わたし、あなたの対になれてるって。事件を起こせば起こすほど役に立ててる。あなたを喜ばせてるって」
「喜んでなんか……!」
「あら、そう? 楽しそうに謎に挑んでいたような気がするけれど」
探偵として、用意された謎には意気揚々と臨んでいった。
暗号を解き、記憶を取り戻し。パズルの解けた感覚は、アイリーンの中に高揚と爽快さを呼び起こす。
だからこそ。
次はもっと、凄惨な事件を。
さらにもっと、刺激的な謎を。ユリアの犯行がエスカレートしていった要因は、まさにそこにあった。
最高の悪役を用意しよう。
探偵でなく犯人に憧れた少女は、ただひたすらに深みを目指していた。
「次は何をしようかしら。入れ替わりトリック? 誘拐事件? ああ、趣向を変えてお城を爆破しても面白いかもしれないわね」
「そこまでしたら、お父様たちが黙っていないんじゃなく、て⁉」
ガラリ、と崩れかけた足元を蹴ってアイリーンは進む。
舌鋒にいつもの勢いがないのは、ユリアの理屈を否定しきれないからだ。
探偵なのに、推理を展開できるだけの材料がない。
強引なこじつけでも、相手を納得させられるだけの論理がない。犯人を指摘したところで、主張を覆せずおしまい。
バッドエンド真っ逆さまだ。地震のように揺れてきた洞窟はともすれば転びそうで、唇を噛みしめて魔王の娘はひた走る。
「どこまで逃げても、逃げ切れない。だって自分からは逃れられないもの。だから一緒にいましょうアイリーン。ずっとずっと、そばにいてあげる……」
囁くような言葉の直後、アイリーンの足元が大きく崩れた。
水が流れているのか、ごうごうと滝のような音が聞こえる。
下は暗闇で底も見通せない。浮けばいい、魔法で――ととっさに思うも、力が入らなかった。
これ以上あがいて、なんになるという考えが頭をかすめる。
推理のできない探偵などただの役立たずだ。この状況でもうできることはない。
だけど。
手の中にあるこの瓶だけは、届けなくては――ただその一念で、アイリーンが無意識に手を伸ばしたとき。
「ご無事ですか、アイリーン様‼」
聞こえるはずのない声がして。
毒で倒れたはずのダークエルフ執事が、魔王の娘の腕を掴んでいた。




