薔薇と百合
手紙の上にふわりと浮かび上がったのは、二つ名のとおり黒百合のような少女だった。
絹のような黒髪に、黒のドレス。
抜けるような白い肌に、品よく光る金色の腕輪。
冥王の娘、ユリア――の、立体映像。遠隔魔法の姿に、魔王の娘・アイリーンは鋭い眼差しを向ける。
「ようやく姿を見せたと思ったら、遠見の魔法越しとはね。直接顔を見せる度胸はないのかしら」
『あら。ずいぶん冷静さを欠いているのね。このダークエルフさんに毒を使った甲斐があったわ』
にこやかなユリアの返答に、アイリーンは舌打ち寸前の顔になる。ユリアの言うダークエルフ、つまりアイリーンの執事は手紙を持ったまま動けなくなっている。
わざとなのか偶然なのか、傍目にはユリアにかしずいているようにも見える――冥王の娘の足元に転がる執事にちらりと視線をやってから、アイリーンは口を開く。
「今回はずいぶん直接的な真似をしてくれたじゃない。これまでコソコソ、私の周りでやらかしてたくせに」
『だって、楽しくなってきてしまったのだもの』
挑発を続けるアイリーンに、くすくす笑いつつユリアは応じた。
その笑い声は、先日アイリーンがゾンビの大群に囲まれたとき洞窟に響いた声と同じである。
その事実を、アイリーンは改めてユリアに指摘する。
「先生の実験体だったゾンビを操って私たちを呼び出し、洞窟で生き埋めにしようとした犯人はあなたね。ユリア」
冥界の力を持ち、死と魂を司るユリア。
彼女なら十分、あの犯行は可能だ。洞窟と地の底をつなげて、大量のゾンビを呼び出すことも。操ったゾンビを規格外なまでに強化させることも。
さらに言うなら、もっと前の事件だって。
「ダクラネルおじ様の記憶を欠けさせたのも。楽譜庫に暗号を仕掛けたのも。『ライバル』だなんて馬鹿げたメッセージを残したのも――全部全部、あなたでしょう」
『うふ、うふふ、うふふふ』
追い詰めるような物言いに、しかしユリアは心底愉快そうに笑った。
蛇のように。
舌なめずりするように、目を細めて――愛おしげに、抱きしめるように。
捕食するように。
両手を広げて、ユリアはアイリーンに罪状を告白する。
『そうよ、全部わたしの仕業! 冥界に降りてきたドラゴンさんの魂に傷を。日記にはちょっとした仕掛けを。楽譜庫に忍び込んだときは楽しかったわ。あの赤鬼さん、全然気づかないんだもの!』
「……少し黙りなさい、ユリア」
犯人の自白に、しかし苛立たしげにアイリーンはこめかみを押さえた。
本人は笑っているが、ユリアが関連する事件では必ず、アイリーンの周りにいる者が傷ついている。
部下のドラゴンは記憶を奪われ、楽譜庫の管理人は壊れた案内板に途方に暮れ。
精霊姫は生き埋めにされかけ、さらにダークエルフ執事に至っては――
「いいえ。白状しなさい、ユリア。あなたのことでしょう、フィオネルの毒を消す方法を用意しているはずだわ」
首を振ってその先を否定し、アイリーンは横たわる執事の回復方法を訊いた。
目先の楽しさのために衝動的に犯行に及んでいるように見えて、そうではない。
もっと計画的に、周到に準備をしているはずなのだ、この冥界の姫は――学校で接したわずかな記憶、さらに公的な場での振る舞いや私的な会話の印象などを含めて、アイリーンはそう当たりをつけた。
行動の裏には必ず目的がある。
それが理解できるものかどうかはさておいて、だ。問い詰めるアイリーンにユリアは、愛おしげに微笑んで応える。
『ええ。もちろん用意しているわ。解毒剤はわたしの手元にあるから、ダークエルフさんを助けたいならいらっしゃい。ひとりで』
「嫌、と言ったら?」
『もちろん、彼は死ぬわ』
当たり前の摂理を告げるように、冥王の娘は軽やかに言い放つ。
『あなたさえよければ、このダークエルフさんの魂はずっと冥界に縛り付けておいてもいいのよ? いつでも会いに来られるように』
「……分かったわ。行けばいいんでしょう、行けば」
にこやかに執事の命を盾に取られ、不承不承アイリーンはうなずいた。
ここ最近の犯行を見るに、ユリアの行動はエスカレートしてきている。
冗談でなく本気だ、彼女の言っていることは。ここは要求を呑むべきと判断し、アイリーンは唇を噛む。
そんな魔王の娘を前に妖しく笑い、ユリアは続けた。
『場所は冥界。お城の裏の滝の傍――待っているわ』
そう言い残して、冥界の姫は消えた。
彼女を映し出していた手紙が焼け落ちる。燃え上がる青い炎を、アイリーンは厳しい眼差しで見つめていた。




