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二人の『大事なもの』

「き、聞いてないですわこんなの……⁉」


 機敏に動く死体と、その背後に続々と湧き上がってくる死体を見つめ。

 精霊姫ミラベルは、半ばパニックになりながら叫んだ。


 学校の外れにある湿った洞窟。

 冥界に繋がっているなどという噂のある場所ではあったが、まさかこんなに大量のゾンビが出てくるとは。


「どんな手で来るかと思ったら、まさかこんな手段で来るなんて、ね!」


 対して魔王の娘・アイリーンは、うっすらと予想していたといった風にゾンビたちを迎撃する。

 教授に頼まれたのは、強化を施したゾンビの捕獲。

 なら、他のゾンビたちは別に倒してしまっても構わない。炎の魔法で敵を焼き尽くしていくアイリーンであったが、いかんせん――。


「数が、多すぎる……!」


 倒しても倒しても這い出てくるゾンビたちは、無限ともいっていい量だった。

 まるで冥界そのものを相手にしているといったようである。丸ごと焼き尽くすような大魔法を使ってもいいが、その場合確実に洞窟が崩壊して生き埋めになる。

 もしくは大量のゾンビたちに押しつぶされて生き埋めになる。どちらにしてもロクな未来にならないことは確実なので、アイリーンは必死でゾンビを迎撃していた。


「ミラベル! とっとと下がりなさい!」

「そ、そんなこと言ったって……」


 へたり込んだまま動けないミラベルは、ゆっくりと近づいてくるゾンビの群れを泣きそうな目で見つめる。

 ホールのごとき大きな空間を埋め尽くさんばかりの大量の死体。遅々とした動きとはいえど腐った物体が迫ってくる様子は、精霊姫に視覚的な恐怖を与えていた。

 遅効性の毒のように、じわりと身体を蝕んでいくような。動きがゆっくりなだけに、とっさに逃げ出すこともできず縛り上げられるような――。


 どこからともなくクスクスと笑い声が聞こえる。面白がるような声は、ゾンビに取りつこうとしている幽霊か、それとも冥界から直接響いてきたのか。

 姿が見えずとも声だけが聞こえる。得体の知れない寒気に、ミラベルが震えて叫び声をあげそうになったとき。


「ああもう、世話の焼ける!」


 アイリーンが、とっさに前に出てゾンビの攻撃を防いだ。

 ギィン! と爪が魔力障壁に弾かれた音が響く。不快なはずの音は、パニックになりかけたミラベルを正気の側へと引き戻していた。


「さっさと立って、撤退して! 入口まで戻って、洞窟を塞いで先生に急いで報告するの!」

「で、でも、先生のゾンビを捕獲しないと」

「こんなときまで馬鹿正直に真面目なのねあなた⁉ この状況でそんなことできると思ってる⁉」


 次々と襲い掛かってくるゾンビに対処しつつ、アイリーンが叫ぶ。一発一発は大した攻撃ではないが、いずれはさばききれなくなるのが目に見えている。

 二人だけではどうにもならない。素早く判断を下したアイリーンに、しかしミラベルは反論する。


「あ、あなたができないのでしたら私がやってみせますわよ! ちょうどいい機会ですわ、私の方が貴女より優れていると証明してみせますわ!」

「無駄な対抗心もこんなときに発揮しないで頂戴! 守られながら言うセリフじゃないわよ!」

「な、なんですって……!」


 この期に及んで言い争いを始める二人にも、ゾンビたちは容赦しなかった。

 痛みも恐怖もない虚ろな表情で、魔王の娘と精霊王の娘に手を伸ばしてくる。無数に繰り出される緩慢な攻撃。その合間に、目当てだった強化ゾンビの鋭い一撃が飛んでくる。

 緩急織り交ぜた攻撃は、結果的にアイリーンを手こずらせていた。尽きることのない大波に、彼女の顔にちらりと焦りの色が浮かんだとき。


「あ……っ」


 横合いから繰り出された強化ゾンビの蹴りが、アイリーンを吹き飛ばした。

 そのまま彼女はゾンビの群れの中に入っていってしまう。底なし沼に落ちるかのような濁った音がした後、魔王の娘の姿はゾンビに囲まれて見えなくなった。


「あ――」


 あっという間の出来事に、ミラベルの表情が固まる。

 アイリーンが落ちたであろう地点に、むさぼるように死体たちが集まっていく。汚れた波のような動きが、同じくミラベルの意識をも侵食していく。

 笑い声も攻撃魔法の音もやんで、しんとした沈黙が落ちる。

 少なくともミラベルにはそう感じられた。

 だが――その瞬間。


「光……?」


 集まっていたゾンビを吹き飛ばす、強烈な光が発せられた。

 精霊の光芒ではない。魔法の光。

 当然、ミラベルはアイリーンが内側から、ゾンビたちを打ち払ったのだと思った。けれども魔王の娘は、光の中心で呆然と座り込んでいる。


 アイリーンをゾンビから守るように、半円状の結界が形作られていた。

 境界には花びら。中心には金の輝き。

 そしてその光の源は――彼女のつけていた赤いリボンのようだった。


「守りの魔法――」


 リボンに込められていた、守護の術式が発動したのだ。

 ひとまず最大の危機を脱せたことに、ミラベルはほっとひと息つく。しかしアイリーンの表情に、再び精霊姫は凍り付いた。


 使ってしまった――と。

 アイリーンの表情は、雄弁に物語っていた。


 魔王の娘としての、奥の手を切ってしまったというプライドからくるものでもない。

 自らの力不足を嘆くものでもない。

 ただ()()()()()()()()()()()()()()という喪失の表情が、やけにミラベルの心を穿(うが)った。


 強烈な魔法に耐え切れなくなったであろうリボンが、塵となって崩れ落ちる。

 元々一回きりの使い切りのアイテムだったのだろう。魔王の娘が身につけるものとしては妙に安っぽかった赤いリボンは、燃え尽きたように風に吹かれ消えていった。


「アイリーン……」


 ライバルの表情を見るに、無事でよかった、と言えるような資格は、自分にはない。

 ならば、と謝る代わりにミラベルは、地につけたままの拳をぎゅっと握った。


「この借りは――必ず返しますわよ!」


 魔王の娘は、こちらをかばって大切なものを失ったのだ。

 なら、自分だっていつまでも、小さなプライドにしがみついているわけにはいかない。

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