宝石砕き人形
楽譜庫の案内板の前で、執事フィオネルは渋い顔をしていた。
検索システムに仕掛けられたイタズラ。それを解決するためにフィオネルと、主人であるアイリーンは動いているわけだが――彼の気が進まない理由はひとつ。
「本当にやるんですか、アイリーン様……」
「当たり前でしょう。事件が起こったときと同じ状況を再現なさい」
「うう……」
楽譜を探しても目当ての場所にたどり着かなかった場合、魔法で馬鹿にされるのである。
先ほどはキレて楽譜庫を破壊しかけたフィオネルだ。もう一度同じ状況を、と言われても抵抗がある。
ただ、お嬢様の要望とあらばと職業意識を振り絞り、執事は意を決して曲の名前を案内板に入力した。
「どんな曲にしたの?」
「『宝石砕き人形』です。神秘の魔石を容赦なく打ち砕いていく、美しき魔人形の劇にて演奏される曲です」
「……なんだかチョイスに悪意を感じるけど、まあいいわ。それで? 案内メモにはなんと記されたかしら」
一瞬半眼になったアイリーンだったが、すぐに探偵としての顔に戻る。その面差しは確かに整いすぎて、人形と言われても納得してしまいそうだ。
もっとも、その実態は事件という神秘をことごとく打ち砕いていくロックなお嬢様なのだが。そんなアイリーンをよそに、フィオネルは手元のメモ用紙に転写された番号を見た。
「『黄―2―1』」
記されたのは、黄色の棚の2段目の左に、目的のものがあるという数字だ。
まあ、例によってこの番号は間違いで、本来この楽譜はどこか別のところにあるのだけれども。それでも何か手掛かりをということで、指定の場所に向かってみる。
間違いを前提で事を進めるというのも、なんとも複雑な気分になるものである。覚悟を決めてフィオネルが歩みを進めれば、そこで。
『バーーーカ!』
「ああもう、分かっていても腹が立つものだな、これは!」
やはり浮き出てきた金文字に馬鹿にされて、彼は地団駄を踏んだ。
このとおり、失敗すると無駄に壮大な仕掛けで馬鹿にされる。漂う金の粉は膨大な魔力を感じさせるが、やっていることはひたすらに下らない初等部並みのイタズラである。
「なるほど。『宝石砕き人形』は『黄―2―1』と。次いくわよフィオネル」
「アイリーン様⁉ まだやるのですか⁉」
「当然でしょう。ひとつだけでは例として足りないもの」
悲鳴をあげるフィオネルに、アイリーンがメモをしながら答える。暗号を解くときにいえることだが、解読者は多くのサンプルを持ちたがる。
どこかの戦争で用いられた暗号機を解析する際も、万をはるかに超える例が用意されたと言われている。それに比べれば微笑ましいものだが、フィオネルもまた多くのサンプルに立ち向かった。
「『星々の踊り』……『橙―1―3』」
『バーカ!』
「『白鳥の詩』……『赤-2-3』」
『バーーーカ!』
「……。『みつばちの行進』……『青―3-3』」
『残念でした外れーーーーー!』
「ああああああ、もぉぉぉぉぉ!」
踊る金文字に翻弄されて、執事が頭をかきむしる。
発狂して楽譜棚をなぎ倒そうとするフィオネルを、しかし殴って黙らせたのは楽譜庫の管理人・イアンナだ。
「楽譜に傷をつけるんじゃないよ。仮にも奏者なら譜面は丁寧に扱いな」
「ありがとう。黙らせる手間が省けたわ」
「どういたしまして」
怪力無双の赤鬼、イアンナである。女性であってもその腕力はかなりのものだ。
ダークエルフの華奢な体軀では耐えられるはずもない。白目をむいて床に転がった下僕をよそに、女性二人はメモを片手に推理を始める。楽譜以前に、他のものは丁寧に扱わないのかという突っ込みをする者は、いま文句を言える状況にない。




