誰かからの挑戦状
「つまり、楽譜庫の案内魔法が何者かの手によって書き換えられた、ということよね?」
ぐるりと楽譜庫の中を見渡して、質問をしたのは魔王の娘・アイリーンだ。
正真正銘のお嬢様。そして、探偵を志す者。
事件の匂いに反応してやってきた彼女に、楽譜庫の管理人であるイアンナがうなずく。
「はい。楽譜の場所を表示する案内板が、少し前から急におかしくなりました。検索をかけてもデタラメな場所を示されるし、あてずっぽうで違う楽譜を手に取ったりすると、外れだと魔法で煽られるし。それで怒り狂って暴れる馬鹿もいるし、ほとほと困ってます」
「それに関しては私の執事が迷惑をかけたわね」
先ほど不正解の場所を引き当てて小馬鹿にされ、逆上した執事はイアンナの鉄拳により床に転がされている。
白目をむいてノックダウンしている自分の執事を一顧だにせず、アイリーンはふむ、と唸った。
「誰が、何の目的でこんなことをしたのかしら。魔王城の設備に干渉する魔法なんて、並大抵の技術ではないはずなのだけれど」
「とりあえず、アタシとしては施設の復元をしたいですね。こんなムチャクチャなままじゃ、楽譜庫を開けてられないので」
考察をするアイリーンに、楽譜庫の管理人としてイアンナは言った。
犯人捜しはともかく、彼女として大事なのは案内板の復旧である。膨大な量を収める楽譜庫で、案内システムが機能しないのはかなりの問題だ。
当座の処置として入り口のドアには『休憩中』という札を下げてあるが、いつまでにどうやって状況を解決するか、目処は立っていない。
困り果てたといった風に頭をかくイアンナに、しかしアイリーンは「あら」と微笑んだ。
「ムチャクチャ、ではないと思うわ。それに解決法自体は既に示されているわよ」
「え?」
自信満々に言い切るアイリーンに、イアンナが驚いたように目を見開いた。アイリーンがここに来てから、まだわずかな時間しか経っていない。
簡単な状況説明をしたくらいである。なのにもう事態解決の糸口を見つけたという魔王の娘に、楽譜庫の管理人は驚いていた。
そんなイアンナに、アイリーンはうっすらと微笑んで言う。
「唯一残された手掛かり。イタズラを施された案内板を解析すれば、逆操作しておかしくなった部分を排除できるはず」
「でも、解析といっても出てくる数字はデタラメで」
「うちの執事がさっき楽譜を探したとき、案内メモは『外れ!』と言ったのだそうね。それは裏を返せばこの謎には正解がある、ということよ。もっと踏み込んで言えば――このイタズラを仕掛けた張本人は、事件が解決されるのを望んでいる」
まあ、どちらかというと正確には『解けるものなら解いてみろ』というニュアンスに近いのだと思うけれども――とアイリーンは、くるりと振り返って楽譜庫を見た。
そこには、魔界の様々な楽譜が収められている。
「解けるということは――この一件で出た記号や数字には、必ずなんらかの法則性がある、ということよ。一見してデタラメだけど、そこには必ず、筋の通ったルールがあるはず」
つまりこれは、誰かからの挑戦状なのよね。とアイリーンは肩をすくめた。
謎を解き明かせば。
隠されたルールを暴くことができたならば――この状況は元に戻してやる、という挑発じみた行い。
「まったく、私の目の届く範囲で大それた真似をしてくれるわ。探偵を目指す私の庭で――こんな」
楽譜庫を見渡し、アイリーンは目を爛々と輝かせた。
一見して訳の分からない、デタラメに見える数字の羅列。
不届きな行いにも関わらず、彼女は興奮を隠しきれない様子で言う。
「暗号だなんて」




