姫と臣下の作戦タイム
「結局、フィオネル様は妹さんに会いに来ただけだったんですね」
執事が入っていった家の扉を見つめ、ムラゾウがほっとした調子で言った。
休日に出かけたフィオネルを追って、たどり着いたのがここだったのだ。
フィオネルによく似た、ダークエルフの女性。
ひょっとしたら妹ではないのかもしれないが、打ち解けた様子からして身内には違いない。
もしかして浮いた話が、とドキドキしつつやってきたのは空振りのようだった。
極度の緊張から解放されて気が抜けたようで、フィオネルの主・アイリーンはその場に座り込んでいる。
「そうね……私の取り越し苦労だったのかしら」
「あの花束も、妹さんへの手土産っちゅうことかあ。なーんだ、つまらへんなあ」
ぐったりとした口調のアイリーンとは対照的に、軽く言ったのはミミックのスズエである。
三者三様の思いを抱え、ここまでフィオネルを尾行してきたのだ。
特にアイリーンは魔王城からずっと執事をつけたきただけに、疲労も溜まっているらしい。
ぺったりと座り込み、お嬢様は言う。
「そうよね……フィオネルだって、家族がいるのだもの。お休みの日に会いに行くくらい、するわよね」
「執事っていうお仕事だと、あんまり休暇も取れませんもんね。今日くらいは許してあげてもいいんじゃないですか」
四六時中この魔王の娘・アイリーンの傍にひかえて苦労しているフィオネルである。
たまの休みくらい家族の顔を見たりして、ゆっくりとした時間を過ごすのもアリだろう。
いうなれば、ここにいるのは執事ではない、ただの個人としてのフィオネルだ。
それを寂しく感じているのか、アイリーンは膝を抱えてぽつりと言う。
「……私って、フィオネルのこと何にも分かってなかったのね」
ずっと近くにいるだけに、普段見ている顔でないその人を見るとびっくりするものだ。
そしてその表情に、言い知れぬ不安や疎外感を覚えたりも。
今日ずっと、それを感じてきたアイリーンは、いつもとは違う沈んだ調子で言う。
「……さっきのフィオネルの経歴についてのお話だって、私は全然知らなかったわ。……まあ、噂話だしどこまで本当なのかは分からないけれど……それでも、知ろうともしなかった。こんなんじゃ、主として失格ね」
「そんなことないですよアイリーン様。アイリーン様がいるからこそ、フィオネル様はいつもあんなにがんばってるんですよ」
落ち込むアイリーンを元気づけようと、ムラゾウはあえて明るい口調で言った。
抱えた膝から顔を上げたアイリーンに、あわあわと焦りつつ、ムラゾウは続ける。
「アイリーン様をお守りしようと、一生懸命なフィオネル様をオラは知ってます。まあ、そのせいでこの前は犯人にされかけたけど……でも、それだけフィオネル様は本気でアイリーン様を守ろうとしてるってことです。その気持ちは、疑いようもなく本物だと思いますよ」
「まー、ワイのときだって危険を顧みず口の中に頭突っ込んきたもんなあ」
ムラゾウの言い分に、スズエもうなずいた。
実際にこれまでの事件で、フィオネルを間近で見てきた者たちの言葉である。
説得力は多分にあった。何があっても、お嬢様と執事の絆は損なわれない。
ムラゾウとスズエの証言は、十分信じるに値する。
「だから、今日はこのくらいにして。謎は解けたんですし、もう帰りましょう」
「せやなー。お城を勝手に出てきたこともきちんと謝って、事情を話せばあの兄ちゃんも納得してくれるやろ。その上で、これからどうしていくか考えたらええ」
「二人とも……」
臣下たちからの励ましに、瞳を潤ませるアイリーン。
これからどんな関係を築いていくかは、お互いに腹を割って話し合ってから決めればいいのだ。
勇気を出していいと二人から言われ、アイリーンは「ありがとう」と微笑んで立ち上がった。
「私、ちゃんとフィオネルと話してみるわね。今まで何をしてきたかとか、これからどうしようとか、たくさん」
「その意気です、アイリーン様」
「お、兄ちゃんが家から出てきたで!」
アイリーンの復活と共に、フィオネルが家を出てきた。
タイミングとしてはちょうどいい。
執事の挙動不審の謎は解け、事件は解決めでたしめでたし――と、なるつもりが。
「あれ……?」
フィオネルが未だ花束を持っていることに、三人は凍り付いた。
バラの花束。贈り物。
それを持ったまま出てきたということは――
「ひょっとして、花束は妹さんへの手土産じゃ、ない?」
それを贈る対象が、まだ他にいるということで。
一行はさらなる事態の混迷に、顔を見合わせた。




