開拓村の変化と、新たな客人
魔王――洋介さんが何でも屋にやって来てから数ヶ月。
開拓村は大きく変化をしている。
まず、この開拓村は開拓村とは名ばかりで最低限の機能しかなかった。
開拓公社の出張所は存在したけれど、職員さんは誰もおらず。
村人も辛うじて広げた畑で作物を育て、罠に掛かる程度の弱い魔物を狩ってその日暮らしをしていた。
家も小さくまばらで、村人は畑仕事に出かけるため村の中を出歩く人も少ない。
片桐さんへの依頼は主に畑を荒らす魔獣の退治だったり、畑を広げる手伝いだったり。
本当に平和な生活だったのだ。
それが、激変。
小さな開拓公社の出張所は何倍にも拡張されて、人が多数出入りしている。
本部機能を移転、というかオスカーさんという人が色々仕切っているうちに大きくなっていたというか。
各地に散っていた魔砲使いもこの村に集ってきたので何だか賑わっている。
そして魔砲を作る鍛冶師や、技術者たちも。
人が増えると物も増えるし家も増える。
行商人が時々やって来るだけだったのに、いつのまにか商人たちが集って市場らしき物もできてきた。
様々な物が村へと入ってくる。
土がむき出しだっただけの道は石畳へと変わっていった。
元々の村人たちは畑仕事を続けている。
新たにやってきた住人達は村を町へ、そして一つの都市へと変貌させようとしていた。
それも何でも屋を中心に――。
「数ヶ月でこれだけ変わるもんなんだねぇ」
楽しそうに魔砲を分解しながらユキは言った。
なんでも魔砲のカスタムに挑戦するらしい。
これも商人たちの市場で様々な物が売られるようになったからだ。
「ユキ、楽しい?」
がちゃがちゃと私にはわからない工具を使って、魔砲をバラバラにしていく手元を覗き込んで問いかけた。
横から見てもユキの目はキラキラとしていて、見るからに夢中になってる。
「こうやって、何かを分解して組み立てるのが好きなんだよね。色々変えて、試して、上手く行った瞬間が気持ちよくて」
「それ、実際に試すのってユキじゃないよね?」
「免許持ちじゃないからね。でもミツが試してくれるし」
自分で試せないのに、試行錯誤は楽しいのかと私は不思議に思ったが、そうではないらしい。
友人が試してくれるから、だろうか。
男の子とはそういうものかもしれない。
手持無沙汰な私はぼんやりとユキの手元を見続けた。
今のところ私とユキは何でも屋に待機だ。
というのには理由がある。
片桐さんとミツは開拓公社で新たな魔砲使いへの訓練をしているのだ。
開拓公社の出張所を本部に変えたことで開拓公社崩壊以降、久しぶりに魔砲の免許の発行ができるようになったのだ。
集まった人々の中には、初めて免許を取った人もいて即席で講習が行われている。
ミツは決められた効果のカートッジを入れ替えて使うだけの三級免許、片桐さんは使用時に効果を決定できるカートリッジ使用の一級免許で実戦が豊富だ。
そういうわけで二人が講師として呼ばれるのも仕方がない。
私も一応三級免許程度の魔砲を扱えるのだけど、アンドロイドは扱いが微妙なのだ。
法律上の解釈では、片桐さんの兵装の一つということになっているらしい。
伝聞なのはここの法律に詳しくないからだ。
というか最近まで法律も、意味を成さないぐらいに政府もバラバラになっていたのだから仕方がない。
「そう言えばアカリさん、機体の改造に興味ある?」
何でもないことのようにユキは訊ねてくる。
機体の改造って何の話だろう?
「改造?」
「そう。アカリさんの機体の改造。魔砲を手のひらからも撃てるようにするとか。見た目は普通の魔砲使いに見せてるんだから、そういう小細工も有効じゃないかなと思って」
何があるかわからないからね、とユキは分解した後の部品をちょいちょいと組み替える。
何をしてるのかはさっぱり伝わらないけれど、彼の言っていることもわかる。
それは強くなりたいと思い始めた私にはとても好都合な話で。
いや、でもよく考えると体を弄られる。
異性に。メンテナンスとかの時は何とも思ってなかったのだが、振り返ってみると結構恥ずかしい。
今更だけど。
「そういえばユキはどうして魔砲使いにならなかったの?」
ミツだって三級免許を持っているのだ。
何故ユキは整備の資格だけなのだろう。
「魔砲ってのはどうしても扱う才能がないって人がいて、俺はそっち側だったんだぁ。ここじゃあ滅多にいないけど~。ま、機械を弄るのは前から好きだったから、整備の資格が取れてよかった~」
軽く言ってるけど辛くなかったんだろうか。
でも、本人が良かったと言ってるからよかったんだろう。
「ユウさんたちが戻って来るまでどうする? こっちはしばらく魔砲で遊ぶからいいけどさぁ」
それもそうだ。
何もすることがないから、ユキの手元をずっと見ていたのだ。
「うーん……そうだねぇ……」
あまり外をウロウロするのも良くない。
危険というわけではないけど、とにかく私の立場は微妙なのだ。
このままユキの手元を観察するしかないかな。
そう思った時だった。
「よう! ええっと何でも屋! 元気にしてるか!」
見知らぬ茶髪の悪魔が突撃してきた。
うん、全く偽装していない悪魔だ。
でも片桐さんと知り合いみたいだから、敵ではないのかな?
「あれ? えーっと……お嬢さん方は?」
ばっちり視線が合った悪魔は狼狽えたようにきょろきょろと室内を見渡して、私たちに問いかけた。
私たちは困ったように顔を見合わせた。
片桐さんしかいないと思って何でも屋を訊ねたのだとしたら、ユキとミツが来る前にここに出入りしていたのかもしれない。
だとしたらだいぶ前じゃないかな?
片桐さんのここでの名前がとっさに出ないんだから。
私たちは未だに片桐さんの本名を知らない。
「片桐さんの助手ですけど」
そちらは? と暗に聞く。
だけど相手はおお、っと思い出したように掌を手で打った。
「そうだ、カタギリだ、カタギリ。カタギリの奴はどこ行った?」
「片桐さんでしたら、公社で講習をしていると思います。こちらで待ちますか?」
そして私たちは彼に名乗った。
彼は名乗ろうとして、何故かさんざんに悩んでいる。
偽名を考えてるのかもしれない。
今考えても後で忘れるか、片桐さんに伝えとかないと本名がバレると思うのだけど。
「ええっと……ああ! まどろっこしい! 俺はランドル。カタギリの奴とは『元』同僚だ」
何か含みがある言い方だけど、片桐さんとは元は同じ職場で働いていたらしい。
でも、悪魔のお仕事って一体……。
悪魔も開拓が許されたこの土地以外で、私たちと同じように営みを築いているのだろうか。
その辺のことはいつか片桐さんに聞いてみよう。
都合が悪くなければ教えてくれるはず。
どうせならユキやミツも巻き込めば、持ち前の好奇心で片桐さんから聞きだしてくれるはず。
「その、元同僚さんがどうしてこちらに?」
「それは……まあ、あいつが帰ったら言う。ちょっと複雑な事情があるんだ」
突っ込まない方がよさそうだ。
会話が途切れて困る。
静寂を破るように、ランドルさんが口を開いた。
「あー……その、なんだ……ここでのあいつの話を聞かせてくれねえか?」
迷いながら、慎重に紡がれたその言葉に、私とユキは顔を見合わせて、いい暇つぶしが出来たことにくすりと笑ったのだった。
「ユウさんの話だね! いいよ! いっぱいある!」
「代わりに同僚だった時の片桐さんの話も聞かせてください」
退屈せずに時間が過ごせそうだ。
そのことに愉しさを感じいる自分に、その時はまだ気づいていなかった。




