一方その頃何でも屋
朱里がルキと共に隣村に向かったのとちょうど入れ替わりに、何でも屋には二人の客人が現れていた。
一人は決意を込めた瞳をした赤毛の壮年の男。
もう一人は何でも屋たちには馴染みの姿をしていた。
「ユウさんが二人ー!?」
「どうなってわけ!?」
浜野勇樹と松原充は客人の顔を見て驚いた声を上げる。
彼らが驚いたのは当然だ。
客人の内の一人は何でも屋の主――片桐悠介と同じ顔をしていたのだから。
違いがあるとすれば目元だろうか。
柔らかな印象を与える悠介に対して、客人はどこかつり目でどこかきつい印象を与える。
印象は真逆だが、同じ顔というとどうしても気になる。
そう、勘ぐってしまう。二人の関係はどうなっているのか、と。
「どうしてここに来てるんですか!」
「まあ、硬い事言うなよ。お前と俺の仲だろう?」
「貴方と仲良くなった覚えはありません!」
客人は悠介に親しみを込めて話しかけている。
だが、悠介はというと珍しく焦った様子だ。
慌てた姿なんて滅多に見るものではないので、充も勇樹も何が起きたんだろうと顔を見合わせた。
考えてもわからないなら、聞いてみるまで。
「ユウさん、ユウさん。お客さん忘れてる?」
今対峙している客人には連れがいるのだ。
そのことをすっかり忘れて、悠介は自分そっくりの客人と睨み合いをしているのだ。
これは流石にまずい。
悠介は目下の問題を置いておいて、話だけを聞くことにしたのだった。
「わざわざ貴方がいらっしゃったんです。率直に聞きましょう。何ごとでしょうか?」
応接室に案内し、客人と悠介は相対する。
悠介は頭痛を堪えるように眉間にしわを寄せ、同じ顔の客人に問う。
客人は何でもないかのように、気軽に用件を述べた。
「何でも屋に持ち込むことと言ったら一つだ。つまり、依頼だよ。俺からお前たちへの」
応接室に充と勇樹は入っていない。
けれど好奇心が勝ったのか扉の外で聞き耳を立てている。
それに気づいているのかいないのか、客人は話を進めた。
「開拓が最近止まってるだろ。それじゃあ困るんだよ。それで、だな。そろそろ政府の立て直しを図ってもらいたい」
「いや、それ俺に依頼されても困りますし」
本気で困ったように悠介は頬を掻く。
政府が壊滅し、開拓公社も機能しなくなってどれだけ経っただろう。
散り散りになった魔砲使いは連携を取ることもままならず、魔法使いに追われるだけ。
人々は開拓された村で、魔法使いの脅威にさらされている。
このような状況はいつまでも保つものじゃない。
それは悠介にだってわかっている。
だが、悠介の仕事はあくまでも開拓のお手伝い。
政府の立て直しだの、開拓の陣頭指揮などは仕事の範疇に含まれない。
「まあ、最後まで聞けよ。政府や開拓公社の立て直しはこの男にやってもらう。開拓公社の幹部だった男――オスカーだ」
悠介と同じ顔の客人は、背後の人物を紹介する。
オスカーは緊張した様子で頭を下げる。
「オスカーと申します。この度はカタギリ殿の助力を是非ともいただきたく――」
オスカーの発現を遮るように、悠介は客人を睨みつけた。
普段の彼の言動とは離れた珍しい行動だった。
「俺に何をさせるつもりです?」
「怒るなよ。簡単なことだ。この近辺に政府機能と開拓公社の本部を立て直すから、その護衛とか魔砲使いの指導とか、だな。これなら手伝いの範疇に入るだろ?」
どうだ、といわんばかりに客人の顔を見て、悠介は脱力したようにうなだれた。
反論はもはや無駄だ。
何を言っても返される言葉は決まっている。
まあ、つまり首を縦に振るまで説得されるだろう。
客人は悠介にとってそれだけ脅威的な相手だったのだ。
「確かにそうですけど、無茶だと思います」
「お前の傍なら魔法使いの工作もやりにくくなるだろ。隣村には魔幻鉱石の採掘場もあるし、資源の面でも有利だ。今の行き詰まりを解消するためには何か新しい事が必要だろ」
客人の言うこともわかる。
開拓はどうしようもなく行き詰っている。
打開するには思い切った手段が必要なのは明白だ。
そして開拓を立て直すには、資源も豊富に必要となってくる。
ならば悠介のいるこの地が選ばれるのも必然だった。
なんといっても、多少の魔法使いならば悠介の敵ではない。
力を封印された状態でも、たいていの敵ならば一蹴できる自身がある。
この地ならば、魔砲を使うのにも弾薬の材料が近隣で手に入るのなら、それに越したことはないのだ。
「わかりました。俺が出来るのはお手伝いだけです。それでもよければ」
もう仕方がない。手伝いだけなら了承するとしよう。
悠介は観念して依頼を受ける。
手伝いである以上よほどの無茶振りはされないだろう。
答えを聞くと客人は満足そうに頷いた。
最初からその答えを聞きたかったのだろう。
これからの大変な日々を思って、悠介はやれやれとため息を吐いた。
「うわあ……ユウさんがあんな顔するの初めて見た」
「あのそっくりさん、ユウさんの何なんだろうね」
客人と悠介のやり取りに聞き耳を立て、こっそり応接室を覗きながら、充と勇樹は視線を交わす。
彼らの知る限り悠介は人のいい男だ。
この世界に身一つで放り出された二人を何でも屋に置いてくれて、この世界について教えてくれた。
才能があった充には魔砲の手ほどきもしてくれて、才能のなかった勇樹には魔砲の整備を任せてくれたのだ。
つまり二人にとっては恩人で、傍で結構長い事悠介の事を見ていた自信がある。
彼らの記憶の中で、悠介が声を荒げたことはない。そして誰かを鋭く睨むようなことも。
だが、今はどうだろう。
怒りを抑えたような声で客人――恐らく依頼人――に声を返す悠介の姿は。
「ユウさんどうしちゃったんだろ」
「うーん……お客さんが苦手なタイプとか?」
「後でユウさんに聞いてみよう」
そんなことを言っていると、応接室の悠介から合図があった。
何か二人に頼みたいことがあるということだ。
二人は聞き耳なんて立てていなかったという素知らぬ素振りで応接室に足を踏み入れた。
「俺はこの客人と少し話がある」
自分そっくりな客人を指して悠介は不本意そうに言った。
「なのでもう一人の客人に開拓村を案内してほしい」
つまり客人と何か内緒な話があるということだ。
きっと自分たちがいてはできない話。
政府機能の移転とか、開拓公社の立て直しとか、そういう話は漏れ聞いた。
それ以上に内緒な話があるのだろうか。
「はーい、わかりましたー」
「お客さん、こちらにどうぞ~」
でも内緒話が何であろうと充と勇樹には関係ない。
面白いことが起きる予感がある。
それだけで二人には十分だった。
悠介が何かを隠していることには気づいている。
隠し事は今の所、どうでもいいのだ。
それ以上に今は、この世界が面白くて仕方ない。
興奮を隠せない口元の緩みを湛えながら、充と勇樹は壮年の客人を村へと案内するのだった。
「で? 人払いして何だ? 俺への文句でも言いたいのか?」
「当たり前でしょう! ここをどこだと思ってるんですか!」
頭を抱えて、悠介は嘆くように声を上げた。
重大な事件が起きたとでも言わんばかりに。
実際に重大な事件は起きているのだ。
悠介の目の前で着実に。
「どこって、俺の土地」
「中央の執政を放り出して、どうして自らいらっしゃるんですか。魔王様!」
そう、開拓を許した張本人にして、この魔界を統べる王。
魔王がわざわざ来ていたのだ。




