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事件 ②

 フリードリッヒの後に続いてユリが食堂へ入ると、もう、マリアンヌと宰相は席に着いていた。ユリはいつも通り給仕を務めながら、無表情を心掛けて会話に耳を傾ける。


 食事中の話題は戦争の準備状況と回復薬の件だった。宰相は食事中、ずっと険しい顔をしていたが、店長を翌日呼ぶように伝えると、食事をさっさと切り上げ、こんな時間だというのに城へ行ってしまった。


 途端に食堂は甘やかな雰囲気に包まれる。激務とプレッシャーで憂いを帯びたフリードリッヒを、マリアンヌは気遣わしげに、でも、久方ぶりにゆっくりとした時間を持てた嬉しさを瞳に滲ませながら見つめる。


「ユリ、冷やすものを持って来て。」


 まだ腫れているフリードリッヒの頬に、マリアンヌは美しい顔を歪ませ、ユリに顔を冷やすリネンと、水の入った洗面器を持って来るように指示を出した。ユリは主人であるマリアンヌの命に従い。そっと、部屋を出た。セルロスも気を利かせたのか、ユリと共に部屋から出る。デザートは運び終え、テーブルにはお茶もサーブしてある。


「ねえ、セルロス。城にどれくらい入り込んでるの?」


 リマンド侯爵家の密偵の人数を尋ねた。


「下男とメイド、下女で数十名?」


「なら、フリードリッヒ様の現状は…」


「ああ、旦那様もご存知だ。かなりエグイな。スミス侯爵をはじめ、数名は引き摺り下ろす為に必死だし、近衛騎士の一部はフリードリッヒ様が色仕掛けで、お嬢様を籠絡したと思っている」

 

 皮肉をたっぷり乗せ、セルロスは口を歪ませた。マリアンヌの顔が残念だというやっかみを、真に受けている騎士達の所業にかなり立腹の様子だ。マリアンヌが公の場に一切姿を表していない訳では無い。デビュタントは当然行ったし、自身の誕生日も夜会を開いた。最近では、スミス侯爵家の夜会に城でのクリスマス会にも参加している。


 そう、それなりの爵位を持つ者であれば、マリアンヌの姿を目にする機会はある。見たことが無いのは、それらの夜会に呼ばれるほどの爵位の無い者達。本来なら、侯爵家の一人娘であるマリアンヌを、見下す事など許されない身分であることは明白だ。


 スミス侯爵も元は、伯爵家のそれも第二夫人の息子だ。たまたま、スミス第一夫人に男児が産まれず、その上、竜の出現で本来の陛下の婚約者が命を落とし、今の皇后陛下と結婚したため、侯爵になった身だ。元の身分はフリードリッヒと何ら変わりがない。にも関わらず、フリードリッヒを貶めるのは如何なものなのだろう?というのがセルロスの意見なのだろう。


「旦那様はどうなさるつもりなの?」


 まるっきり、放置ってことはないだろうけど…。


「危険分子も炙り出したことだし、ゆっくり身の程を弁えるように調教なさるんじゃないかな?こんな時間なのに城へ出向かれたってことは」


 セルロスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「そう。ねえ、ジュリェッタ嬢が問題になっているみたいだけど?」


「ああ、かなり、厄介な存在だ。旦那様も持て余している。予知能力があるが、それがどの程度のものかも測れないし。そもそも、言動が爆弾そのものだ。治癒能力が無く、勇者の娘でなければ早々に幽閉されてただろう」


「幽閉」


 ユリは背筋が寒くなった。


「ああ、予知能力があるから、それを利用するなら、修道院は不適当だろ?なら、城の地下牢で幽閉がベストだ。あそこなら、人の出入りは制限されているし、亡き者として扱うのに不都合は出ない。横には拷問部屋も隣接しているしさ」


 私が小説のことを口走っていたら、セルロスが言ったように扱われていた可能性が高いのよね。


「笑えないわね。で、旦那様はどうなさるつもりなの?」


「それなりに仕上げて、ジョゼフ殿下と婚姻させ、辺境でハンソン様に監視させる算段だ」


 そんなことになっていたなんて…。でも、これなら、ストーリー通りジュリェッタはジョゼフ殿下と婚姻する。


「ハンソン様はそれに納得されているの?」


「ああ、旦那様はハンソン様とアーバン辺境伯の御令嬢であるニキータ様と婚姻を結び、ルーキン伯爵となられる。それを手助けすることと引き換えに、ハンソン様はお嬢様とフリードリッヒ様に生涯の忠義を約束された。近々、正式にフリードリッヒ様に騎士の誓いを立てられる」


 ハンソン様は正妻の子。だが、ルーキン家での力は弟君には到底及ばない。それは、母親の実家の力の差だ。どちらも伯爵家の娘であったが、ハンソンの母親の実家はもう無い。当主であった彼女の兄が戦死したからだ。妻はいたが子はおらず、その妻は再婚し家は無くなった。


 当然、母親の実家の支援が無いハンソンは、弟よりも、一歩も二歩も出遅れていた。有能な手足を準備するのに手間取り、ルーキン家の家臣を抱き込むことに手こずっていた。彼が弟より優っていたのは、年齢とルーキン伯爵の気持ちだった。ルーキン家で当主になる条件はメープル騎士団に1年以上在籍し、部隊長以上になること、身体に欠損がないことが求められた。ハンソンはこの条件をクリアしていた。だが、弟はメープル騎士団に入ってさえいない。これが唯一、彼が弟より有利なことだ。

 

「ハンソン様、婚姻なさったの?婚約もなしに?」


「ああ、事態が事態なだけにね。領地に戻られる前に、辺境伯と陛下のサイン、ルーキン伯爵のサインを頂いて、領地の教会でサクッと式を執り行われた。正式なお披露目は、戦争が終わって、落ち着いてから盛大に行う予定だそうだ。これで、ハンソン様は強大な後ろ盾を得られたことになる」


 辺境伯。侯爵家に次ぐ力のある家の長子を嫁に貰うのであれば、これ以上のバックアップはないわね。ルーキン伯爵家の家臣達で、ハンソン様が家を継ぐことに難色を示していた人も声高に唱える者は格段に減るわね。


「弟君からの反発は無かったの?」


「メープル騎士団をハンソン様が退団され、そこに所属する権利を弟君に渡されたから、表だっての反発は無かったよ」


 メープル騎士団に所属するのは、家から一人という決まりがある。メープル騎士団は最前線で戦う。それ故に、戦争でその家の男を全て戦死させない為の配慮だ。


「念願のメープル騎士団に所属できたのに、すぐに戦争とはついてないわね。ん?も、もしかして」


「ああ、ユリが考えている通りだ。全て旦那様のシナリオ通りだ。この戦争に合わせて、メープル騎士団の団員でこの国を担うべき優秀な人材は、秘密裏に旦那様が退団させた。そして、我がリマンド侯爵家にとって、害を及ぼすであろう者達にメープル騎士団への誘いを巧妙に行われた。我が主とはいえ、恐ろしい方だ」


 それって、あの天下のメープル騎士団を捨て駒となさるつもり?


「上皇陛下がメープル騎士団を率いられるから?」


「ああ、それもあるだろうね」


「それも?」


 先の討伐と戦争で無能な指揮をした陛下の下で、将来有望な人材をむざむざ失うのは惜しいとお思いだからじゃないの?


「ジョゼフ殿下を皇太子としたい上皇陛下の計画を阻む為だ。まだ、治癒魔法も使えないが、いや、使えるようにならない可能性が高いが、上皇陛下はジョゼフ殿下を皇太子の地位に据えることをまだ諦めていらっしゃらない。今回の戦争に同行させ、戦争で大勝利をおさめることを足掛かりに、ジョゼフ殿下を皇太子に据えたいと思っておいでだ」


 吐き捨てるようにセルロスはそう言うと、ユリをリネン室の側の部屋へ入るよう促すと後ろ手で、ドアを閉め、鍵をかけた。椅子を引きユリに座るように促した。


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