シュガー・ベイブ
前回の後書きで、「そろそろ動きのある話にしようかと」とか言ったな。
あれは嘘だ。ビタイチ動いてねえ。
「……美味いな」
「ええ、とても美味しいです。英国製紅茶に勝るとも劣らない味わい。これは素晴らしいです」
「ファーッと甘くて、春の森みたいな香りなのニャ……」
エルフ母娘の薬屋さん、その隣にある茶店で俺たちは午後のひと時を過ごしていた。
母親のアルケナさんが薬屋担当で、娘のイーヴァさんが喫茶店担当なのかと思えば、店はほぼひと続きになっていて両者が行き来しながら営業している。
頼んだのは旬の薬草茶と木の実の焼き菓子。ナッツとドライフルーツを薄甘い飴で固めたみたいなものだ。素朴な味わいで歯応えが楽しく、香ばしくて美味しい。
俺は、焼き菓子の隣に出された小鉢のようなものに着目する。白いトロリとしたものにラズベリー風な果実がジャムっぽい感じでトッピングされていた。
「これ、甘酸っぱくて、すごーく美味しいのニャ」
「うん。ヨーグルトだな」
「イーヴァさん、これは何の乳で作られたんですか?」
ヘイゼルの質問に、娘のイーヴァさんが笑顔で教えてくれた。
「キルケさんに捕まえてもらったクライムゴートです。裏庭で飼ってるんですけど、おとなしい子で良く乳を出してくれるんですよ」
「へえ……」
クライムゴート。ダンジョンにもいた山羊の魔物か。
山羊ミルクって、前いた世界ではクセがなくてアレルギー反応が出にくいとかで話題になってたな。シェブールチーズとかいう山羊ミルクのチーズも聞いたことがある。
「ヘイゼル、ヨーグルトが手に入るとしたら、店のティッカマサラの仕込みに使えるな」
「そうですね。今後はカレーパウダーだけでも作れます」
前まで味付けはボトル入りの市販ペーストだったからな。あれも悪くはないけど在庫は限られていて、今後を考えると可能な限り地産地消に切り替えたいところだ。
「もしかして、スパイスもいけないかな」
「訊いてみましょうか」
カレーパウダーまで作ってもらえれば、今後の大量消費にも対応できる。地元に利益も回る。
ヘイゼルに頼んで英国シャーウッド社製のカレーペーストとパウダーを出してもらって、イーヴァさんに渡した。
「これは、なんです?」
「料理用の香辛料だよ。うちの店で大量に使う予定なんだけど、地元の香辛料や薬草で作れないかと思って」
イーヴァさんは母親のアルケナさんを呼ぶ。ふたりで小皿にカレーパウダーとペーストを出して、香りや味をみながら、ああでもないこうでもないとメモを取りながら検討を始めた。
五分ほどして、イーヴァさんがメモを片手に振り返った。
「店にいくつか、ほぼ同じものがあるわ。近いものもあるし、ないのも手に入る。いくつかわからないものも含まれてるけど、近いものなら調達できると思う。これは薬効があるわよね?」
「たぶん。食欲増進と血行促進、あとは元気になるとかかな。元は暑い地方の料理だから」
「……まったく同じのは難しい。けど、近い味なら再現できなくもないわ」
「薬効は、同じ方向でまとめられるわよ」
アルケナさんは、そこそこ実現可能と踏んでいる印象だ。娘のイーヴァさんはまだ悩んでいるが、懸念点は再現度ではないようだ。
「あとは値段次第。これは、どのくらいするの?」
「その瓶入りのは銀貨二枚くらい。紙の筒に入った粉は銀貨一枚くらいかな。欲しいのは、粉の方だ。これの倍くらいの量で銀貨三枚までなら、この店の調合した粉に乗り換えたい。あと、いま出してもらった山羊乳のヨーグルト……なんて呼んでるのか知らないけど、これも定期的に欲しい」
「乳酪も?」
不思議そうな顔で見られた。茶店でも好評ではあるけれども関心は上に乗った果実の糖蜜漬けの方で、乳酪自体をそんなに気に入ったひとはいなかったのだとか。
ヘイゼルが思い付いた顔で缶入りのクロテッドクリームを出す。生クリームとバターの中間みたいなもので、イギリスではジャムと一緒にパンやスコーンに塗って食べるのが定番なんだそうな。
「こういう、乳の脂肪を固めたものも欲しいんですが、山羊の乳でも作れますか?」
「乳脂なら用意できるわ。何に使うの?」
サンプルとして、クラッカーにジャムと一緒に付けて食べてもらう。そういう食べ方をする習慣はないみたいだが、なんとなく用途は理解してもらったようだ。
アルケナさんはクロテッドクリームの味と使い方に感心している。そしてジャムの甘さに感動してる。お母さん、ちょっと天然ぽい。
一方イーヴァさんは頭のなかで採取から作成までのプランをしっかり練っている感じだ。
「それじゃ……注文は、香辛料と香草の粉、乳脂、乳酪ね」
「この前、調合してもらった肉用の調味料も欲しいな。かなり好評だったから」
「いまいただいた香草茶も欲しいです。素晴らしい味で、お昼のお客さんに出すのに最適だと思います」
「それも用意するわ。香辛料と香草の方だけど、どのくらい量が必要?」
俺は少し考えて、ティッカマサラの需要を考えた。店で出した客にはかなり受けてるし、俺も個人的に食べたい。インディカ米が手に入ったいまなら、なおさらだ。
「いまのペースなら、このボトルを月に十本から十二本は使うことになる。注文が増えてて、このまま評判になれば数倍になる。ならなくても俺が食う」
「「え」」
母娘はそれを聞いて固まった。そんなに大変な作業なのか、もしくは稀少な薬草やら香辛料が含まれているのかと思ったが、問題はちょっと違っていた。
「「……毎月、金貨が⁉︎」」
心の声が駄々漏れである。ふたりは手を取り合ってクルクル回って、社交ダンスみたいになってる。
「金貨や銀貨でも良いけど、一部は砂糖で払うのもアリだよ?」
「サトー?」
「粉の糖蜜だ。さっきの焼き菓子、とても美味かったけど、甘さを出すのに苦労した感じがあったから」
おお、と母娘は蕩ける笑顔を浮かべた。ゲミュートリッヒでの甘味料は、穀物を発酵糖化させたものか果物に頼るしかなかったようなのだ。糖蜜類が定期的に入ってくれば、菓子類の幅は飛躍的に上がる。菓子の種類が増え質が上がれば客の入りも変わってくる。
彼女たちの断言するところによれば、“劇的に”変わってくる。
それはティカ隊長やサーベイさんの護衛の人狼美女マイファさんを見ててもわかる。女性客は、常に甘味に飢えているのだ。
「「さらに金貨が!」」
だから、心の声がな。
エルフって、もっと禁欲的なイメージがあったんだが。
【作者からのお願い】
毎度ありがとうございます。
「面白かった」「続きが読みたい」「カレー食いたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。
お手数ですが、よろしくお願いします。




