ぶつかる咆哮
「……あんなもん、ブレンで倒せるのか?」
“難しいですね。特に背面の龍麟は厚くて、剣や鏃で傷も付かないそうですから。ビッカース硬度で四百以上、戦車の鉄鋼板に近い硬さです。衝撃でダメージは与えられるとしても、貫通はしません”
であれば倒せないか、倒すまでに時間が掛かる。紙装甲で俊敏性もない俺には無理ゲーだ。
“ご安心ください。こんなこともあろうかと”
ヘイゼルの声が頭に響いて、タコツボの内壁に立て掛けられていたブレンガンがボーイズ対戦車ライフルと交換される。
たしかに、イレギュラーな対応に合わせて用意しておく、とは言ってたけどな。
「……ハナっからイレギュラーじゃん」
“まずは最悪の想定から。チビのフランス人が言っています。まあ、彼にとっての最悪は英国海軍と、ブルボン王朝のスペインだったわけですが”
いや、誰だよ。ブルボンっていうことは……ナポレオンか。とどめを刺したのはロシアだった気がする。どうにも英国寄りに話を盛っている感はあるが、まあいい。
俺はボーイズ対戦車ライフルを抱えて、タコツボの縁に二脚架を据える。ボリューム感と重量感がハンパないな。目算でリー・エンフィールド小銃の一・五倍、百六十センチほどの長大なシルエットと機関部のボリューム。持った印象は二十キロ近くに感じる。
抱えて走り回るわけじゃない。反動制御には重い方が良いと割り切る。
「こいつならワイバーンも仕留められるか?」
“はい。装填されているのは改良型の.55口径ボーイズ弾マーク2です。この距離なら、二十ミリの傾斜装甲を貫通できます”
少しだけボルトを引いて、薬室に弾薬が装填されているのを確認する。巨大な重機関銃弾は、タバスコの家庭用ボトルくらいある。弾倉は英国的趣味なのか、これも機関部の上から挿すタイプだ。装弾数は五発。
“手前のワイバーンは食事を終えたようです。撃つならいまかと”
「了解。狙う位置は、どこでも良いか?」
“可能なら頭部、追撃を前提に着弾を優先するなら背面左脇です。並んだ突起の薄い箇所を”
二百メートル近いのに、巨体なので遠く感じない。距離感が狂う。
“照準器は四百メートルに設定しています。弾道落差は誤差程度ですが、半インチほど下を狙ってください”
半インチって言われてもな。唸り声で返答して銃床に肩付けして、左手は銃床下にあるサポートグリップを握る。右手はおかしな傾斜角のグリップに置く。
最初は二体いるワイバーンの、手前側個体だ。頭部の気持ち下目を狙い、初弾発射に備える。
ドゴン!
カクンと首を傾げるみたいな姿勢になったワイバーンが、そのまま前のめりに崩れ落ちる。肩にドロップキックでも食らったような反動。
“命中! 奥のを狙ってください”
気を抜くにはまだ早い。ボルトハンドルを引いて、次弾を装填する。
奥のワイバーンは既に臨戦状態でこちらに向かってこようとしていた。頭を下げ両翼を開いて細かい魔力光を発しながら、早くも離陸寸前。距離は百メートルを切っている。
“翼は抜けるだけです。狙うのは胴体を”
「了、解ッ……!」
ドゴン!
撃った瞬間に顔を上げクワッと大きく開いた口に、ボーイズの対戦車徹甲弾が吸い込まれる。憤怒の表情だったワイバーンの顔が、ぐにゅりと歪んだ。死んでも勢いは残ったまま、巨体が俺のいる岩場に叩き付けられる。地響きを感じて顔を上げると、上にあった岩場が揺れながら崩れるところだった。
“ミーチャさん、すぐそこを出てください! 銃はこちらで回収しますから、早く!”
「え、ええぇ……ッ⁉︎」
必死でタコツボから飛び出し、四つん這いで登った急坂を降りる。どんどん揺れが大きくなる。降ってくる岩の欠片も、次第に大きくなってきているのがわかる。
“上は見なくても良いですよ。下だけ、下だけ見て降りましょうね”
子供をあやす保母さんみたいな口調が、逆に不安を誘う。上はどうなってんだよ。本当に大丈夫なのか⁉︎
二十メートルほどの高さを滑り落ちる勢いで降りると、既に岩肌全体がガラガラと崩壊を始めていた。
“はい良いですよ、そのまま、振り返らずに走りましょうね。そのまま、急ぎましょうね”
「だから、すげえ気になるって!」
俺はヘイゼルに誘導されるまま、入ってきた洞窟側に走る。音を聞いて何事かと入ってきたらしいティカ隊長やエルミたちの姿が見えた。五、六人いる彼らはみんな、俺の背後を見て大きく目を見開いている。なに、どうなってんの⁉︎
“もう、大丈夫です”
ヘイゼルの声にダンジョン側を振り返る。
俺が登っていた岩山は完全に崩れて、小さな瓦礫の山に変わっていた。
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