サーベイずパレス
「「「うへぁ……」」」
招き入れられた応接室で、俺たちは身を寄せ合って固まる。
わかりやすい金銀財宝的な輝きではなく、調度品に込められているのは、“さりげない上質感”だ。しかもほのかな青白い光を見る限り何某かの魔力効果が掛かっているようだ。それが強過ぎて眩しさに気後れする。なにこれインスタ映え感というかセレブ感というか……アイルヘルンには平民しかいないんちゃうんか⁉︎
「階級差はなくても、貧富の差はあるってことか」
「……非英国的栄華!」
おいヘイゼル、そこでプロトカルチャー的な感嘆をやめぃ。お前は本場の階級社会出身なんだから、この程度では動じないんじゃないのか。
ああ、ブリテンは枯れてるから気にならないけど現役稼働してる栄華は苦手と。……なんか、年寄りとしかコミュニケーション取れない子みたいになってない?
ノックの後にお茶を持って入ってきた執事らしき男性とメイドさんは、ソファでポカーンとしている俺たちを見て微笑む。
「お初にお目にかかります、当家の家令でメナフと申します」
「ご丁寧にどうも。ミーチャです」
「エルミなのニャ」
「わたくしヘイゼルと申します」
なんかグダグダ気味な俺たちの挨拶に微笑みで応え、メナフさんは断りを入れて正面の椅子に座る。
四十くらいの渋いダンディ系。服装は黒いスーツに白いシャツで執事っぽくはあるけど、身に纏う落ち着きと滲み出る貫禄は彼自身がどこかの商会長と言われても納得するくらいだ。
「護衛の者から言伝を受け、簡単な経緯も聞いております。会頭が大変にお世話になった命の恩人ということも。まずは、お礼を言わせてください。本当に、ありがとうございます」
「いえ、それは、たまたま通り掛かっただけですから」
こちらとしても、サーベイさんとの出会いがゲミュートリッヒに受け入れられる良いきっかけになったと思ってる。今後の商売をどうするかはともかく、彼は単純に興味深い上に学ぶところの多いひとだ。
「失礼します」
お茶と焼き菓子を置いてメイドさんが去ると、メナフさんは少しだけ砕けた態度になった。たぶん、こちらの緊張を崩そうとした意図的なものだ。
「失礼ですが、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「え? はい、どうぞどうぞ」
「会頭からの言伝のなかで、とても気になったことがあったのです」
そう言って、軽く胸ポケットに触れる。すぐ戻るので、俺たちを賓客として接待するようにという指示。簡単な経緯と現状。そして……
「最後に、“茶菓子は絶対に勝てない”“絶対にだ”と。飄々とした性格の会頭には珍しく、殴り書きで丸囲みまでしていました」
あー、あれね。招待したときに最後に出したお茶と茶菓子か。
酒も料理も好評で感心してもらってたけど、商売人の目で見ると実は頑張ってもどうにもならないレベル差があったのは茶菓子だったのかも。
ただ、他は頑張れるという判断なのに、菓子だけ完敗を認めた理由がよくわからない。
「……ああ、そうか。アイルヘルンでは、甘味料の供給が需要を満たせていない、とか?」
メナフさんはわずかに目を見開くと、俺に軽く頭を下げた。
「御慧眼です。上質の固形糖蜜は主に国外からの輸入品で、かなりの希少品になります。国内生産されるのは高価で生産も少量な虫蜜、量が確保できるのは麦芽糖だけですが甘味料としては弱いようです」
ヘイゼルにアイコンタクトで、商用に供給可能かどうかを打診する。
彼女は微かに頷いて、どこからともなく小さな包みを出してきた。
“エーデルバーデンでミーチャさんの指示により調達した、ティーセットの一部です。未使用品ですので、サンプルにどうぞ。ホワイトシュガーも茶菓子もお茶も、トン単位で調達可能です”
ヘイゼルは俺だけに聞こえる念話的な声で説明を加える。中身はムッチャぞんざいな白い紙袋に入った、一キログラム入りの白砂糖。それと日本でも人気の全粒粉ビスケットだそうな。
ああ、チョコ掛かってるザクザクしたビスケットね。美味いよね、これ。
「こちら、簡単ですが手土産です。サーベイさんと、皆さんでお試しください」
「おお、お気遣いいただいてすみません」
「本日中にゲミュートリッヒまで戻らなければいけないため今回はご挨拶だけですが、後ほどまた伺いたいと思ってます。詳しいお話は、そのときにでも」
軽くお茶とお菓子を楽しんだ後、俺たちはメナフさんから商館を案内された。
「会頭よりミーチャ様に商館をご案内するよう言付かっております。なんなりとお申し付けください」
サーベイさんの商館は貴族の屋敷をイメージした建物で、入ってすぐのフロアは比較的お手頃な庶民向け商品。そこから階段を登った奥にある上階は上客向けの高級品や希少品だ。
俺たちが案内されたのは三階の応接室だから、さしずめVIP席みたいなもんだろう。俺個人としては、正直一階の方が落ち着くんだが。
「すげえ……」
「エーデルバーデンの商業ギルド会館より、何倍も立派なのニャ……」
置かれている品揃えは多岐に渡り、明らかに品質も高そう。メナフさんによれば、規模こそ中堅どころながらもアイルヘルンでは知る人ぞ知る有名商会らしい。
ちなみに中堅から上に行かないのは、サーベイさんが徹底した現場主義のためだ。店を預かるメナフさんの他に買い付けやリサーチを任せる人材が育ったいまでも、馴染みの護衛三人を連れてあちこち出歩く。
時に事故やトラブルに巻き込まれたこともあったようだが、それでもフットワーク軽く飛び回るのは止められないのだとか。
「病気みたいなものだと、本人は言っております。それでミーチャさんとの出会いがあったのですから、ますます商館には留まらなくなるでしょうね」
俺たちがゲミュートリッヒで酒場を開業したばかりだということも、メナフさんは伝言で知っているようだ。“美味い料理と最高の酒をご馳走になった”ということも。
「ミーチャさんは、今後お酒だけを扱うわけではないのですね?」
「流れ者だったので、まずは拠点の確保を優先しました。需要があって競合のない職種をと思って始めたのが、たまたま酒場だっただけです」
アイルヘルン全体の商取引から商都サーエルバンの需要や客層の傾向など、メナフさんからはためになる情報や小話をたくさん聞かせてもらった。サーベイ商会の商品もあらかた見せてもらった。後はこちらが買い付けたいものと、こちらから出せる商品やサービスを考えて、次回また来たときに実現可能性と条件を詰めようという話になった。
「すまんミーチャ、遅くなった」
商館の正面から、ティカ隊長とサーベイさんが入ってきた。挨拶しようとするメナフさんを制して、俺たちに頭を下げた。
「お待たせしてすみませんでしたナ、おかげで話は付きましたヨ」
「ダンジョンの認定と冒険者ギルドの支部設置、魔珠と魔物素材と討伐証明部位の買取条件を飲ませた。ギルド支部の開設は半月後だ」
「「「え?」」」
なんぼなんでも、早くね? 建物とかどうすんの?
ティカ隊長にとっては当然の疑問だったらしく、サーベイさんと一緒に俺の顔を見て頷く。
「ミーチャの店の隣が空いてただろ。ギルドは、あそこに突っ込む。少しばかり狭いが、どうせ事務手続きと依頼の受発注くらいだ。冒険者どもが常駐するのにちょうどいい場所は隣にあるしな」
「「「え?」」」
「これからゲミュートリッヒの中心は、南から北に移りますナ」
「いっそのこと衛兵詰所も北門側に移すか!」
「「うははははっはは……!」」
いや、ムッチャ笑てはるでオイ。この凸凹コンビ、なにしてくれてんの。
客がまばらな酒場の店主として静かに過ごす俺のスローライフ計画は⁉︎
【作者からのお願い】
多くの反応いただき、ありがとうございます。休日なので本日二本目の書いて出し更新。
(「マグナム・ブラッドバス」も更新しました。いけそうならもう一本……)
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