ダンジョン訪問
崖の上は、直径百メートル前後。歪な楕円形で、ほぼフラットな岩場だ。その中央に、縦横十メートルほどの穴が開いていた。露出した垂直面が新しいので、元々の地形ではなく、そこだけ崩落したようだ。
内部を風が通っているのか、小さく笛に似た音が聞こえていた。
「そこから鳥が出入りしているのか? レイジヴァルチャが抜けてくるには、少し小さいようだがな」
ティカ隊長は腕組みして首を捻る。少し様子を見てみたが、魔物の出入りは確認されない。
「ハンマービークは、どこから出てきたんでしょうか?」
「崖の周りで、他に出入口は見当たらなかったニャ。下のどこかに別の入り口があったのかもしれないニャ」
襲われた場所から考えると、それも有り得る。ハンマービークがいたのは崖よりも十数キロは下だ。
「飛べない鳥もこの穴から出てこられたんなら、あたしたちも降りられるかと思ったんだけどな」
「降りるとしたら、向こう側の少し段になったとこニャ。なかでスゴい気配がしてるから、ウチは覗いただけで入ってはいないニャ」
さすがエルミ、事前に調査してくれていたようだ。あんまり入りたくないけど、ある程度の調査はしなくちゃいけない。近付いたら崩れないかビクビクしながら、開口部に近付く。
「そこの、草が生えてるとこまではしっかりしてるのニャ」
穴の周辺は、緑と茶色でウッドランド迷彩みたいになっていた。少しは男らしいところを見せようと、ガールズの前に立って足を踏み出す。
「土っぽく見えてるのは苔だから踏むと崩れるニャ」
「うぉぅ⁉︎ ちょいエルミ、踏む直前に言わないで……」
「意外とミーチャにも怖いものがあるんだな?」
「あるわ!」
ビビリな中年はガールズに笑われてしまった。そんなん言われても怖いもんは怖い。高所恐怖症ではないと思うんだが……ひとの手が入っていない自然地形というか、安全確保されていない高所に登った経験がないせいだろう。登山とかしないし、安全意識の低い環境で暮らしたこともない。いかにも平和ボケのジャパニーズである。
穴の淵から内部を覗き込んでいたティカ隊長が、こちらを振り返って困り顔で笑う。
「鳥だけのダンジョン、ではなかったな」
「なかには他の魔物もいる?」
「ああ。単に、鳥しか出てこられなかっただけだ」
俺も覗いてみるが、暗くてよくわからん。奥の方で何かが動いているのは、かろうじて見える。とはいえ俺には距離も数もシルエットも朧げで、調査の役には立たない。
この世界のひとたちは、身体能力が俺の基準で言うと完全に人間離れしている。おそらく視力もそうなのだろうと諦める。
「モスキートピジョンにスクリームパロットか。鳥は多いな。あとはクライムゴートに……あれ?」
「ティカさん、どうされました?」
「ちょっと待ってろ、すぐ戻る」
観察を続けていたティカ隊長は戦鎚も置いたままヒョイと穴のなかに入った。壁に手足を掛けて音もなく素早く暗闇のなかを降りてゆく。動きは危なげないように見えるが、そんなもん危ないに決まってるのだ。止めるべきか躊躇している間に、姿は見えなくなった。
「大丈夫かな」
「すぐ戻るって、言ってたのニャ」
五分ほどすると、下でバタバタと騒ぐ音が聞こえてきた。思わず銃を構えていた俺たちの前に、ティカ隊長が顔を出す。その背後から重低音の唸り声がして、背筋がビリビリくるような気配が伝わってきた。思わずビクッとなる俺たちを気にも留めず、置いていた戦鎚を背負って平然と振り返った。
「戻ろう。調査はここまでだ。ダンジョンの規模と難易度は、なんとなく把握できた。後はギルドに判断を任せて、町の防衛に徹した方が良い」
ティカ隊長は手を振って、全員に撤収を指示してきた。
自分も内部に降りるのかとドキドキしていた俺は、内心ちょっとホッとする。魔法も使えず身体能力も低い俺に、ダンジョン攻略なんてかなりの無理ゲーだ。狭くて視界の悪い状況では、銃器の強みも生かせない。
「このダンジョンは、頂上が最深部だな。小型の魔物が出てきていないのは、そのせいだ」
「なんで最深部だってわかったんだ?」
崖側まで退避したところで、開口部から大量の炎が噴き上がるのが見えた。
「直下に、ワイバーンがいる」
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