拾うものと拾われたもの
「戦闘?」
……ってことは、少なくとも片方は人間もしくは亜人なわけだ。
どういう関わり方をするべき相手なのかは読めんけれども、見殺しにするのもなんだな。
「エルミ! モーリスは二台とも、ここに止まって周囲を警戒するように伝えてくれ」
「わかったニャー」
俺はサラセン装甲車を前進させ、道の半ばにまで張り出した邪魔っけな低木や茂みを押し分ける。
こちらからの目隠しになっていた枝は車重でへし折れて転がり、ようやく道の先が見えるようになった。
「え」
馬車が傾いて路肩に突っ込み、周囲では手槍を持った男たちがふたり、十体ほどのゴブリンと戦っていた。
「いや……それ、いま⁉︎」
「はい? ミーチャさん、どうされました?」
「そういうのは異世界転移して開始早々の、冒頭イベントなんじゃないの⁉︎」
「何の話かわかりませんが、撃ちますか?」
とりあえず、テンプレへのツッコミは後だ。
頭を射られ横倒しになった馬の陰で、女性がひとり倒れていた。そちらにゴブリンが向かわないように、男性ふたりが戦っているわけだ。さすがに、それを放置するわけにはいかない。
「ヴィッカースじゃ危ないだろ。俺が行ってくるよ。何かあったら援護頼む。エルミ!」
「はいニャ!」
「お前の助けが要る、ちょっと来てくれ!」
ずいぶん使ってなかった自分のステンガンを持って、運転席の前にある窓からサラセンの鼻先に出る。
最初こちらに気付いたのはゴブリンの方だった。手槍の間合いから飛び退くと、振り向きざま俺に向けて矢を放ってきた。
手作りらしい粗末な短弓だけど、それなりの速度で飛んでくる鏃はヨレて不規則な軌道なため避けにくい。
俺が飛び降りると、矢は車体に当たって軽い音を立てた。
「魔物風情が、ナメやがって」
セミオートで一発、ステンガンでゴブリンの射手を撃つ。
9ミリ弾を腹に食らったゴブリンは驚いたように飛び上がって走り出し、奥の藪に飛び込む直前でパタリと倒れて動かなくなった。
「おおッ⁉︎ なんだ、あんた⁉︎」
「頼む! 手を貸してくれ!」
「おう、もうちょっとだけ頑張れ!」
手槍を振っていた男たちに声を掛け、近付きながら着実にゴブリンを仕留める。
どうせ相手は食えもしないカネにもならない魔物だ。無駄玉を使わず、外さない距離で、まず外しようもない腹を狙う。
拳銃弾が一発だけでは即死しないが、抵抗の意思は消えて逃げに入る。その後もう一発当たれば、ほぼ確実に死ぬ。それを十回ほど繰り返せばいい。
「ミーチャ!」
「エルミ、そこの怪我人を診てやってくれ!」
「任せるニャ!」
劣勢を悟ったか逃げようとした生き残りのゴブリン三体を、後ろから掃射して殺す。最後の最後で少し無駄遣いしてしまったが、生かしておいて良いこともない。
「大丈夫か?」
ホッとしたのか膝を折って崩れ落ちた男に駆け寄る。クシャッと泣き笑いのような顔で頷くのを見て、初めて彼らが獣人だと気付いた。揃ってイケメン感のある……たぶん人狼だ。
「ありがとな。助かったぜ。そっちの嬢ちゃんは、あんたの連れか?」
「そうだ。後ろの乗り物にも仲間がいる」
「……なんだ、ありゃ」
サラセンとモーリスを見て、ふたりの人狼男性がポカンと口を開ける。
エルミの治療を受けて、負傷していた女性も立ち上がれるようになった。彼らは全員が人狼だ。男性はマッチョな大剣持ちと、中肉中背の長剣使い。女性はスラッとしたクール系の美女で、細身の双剣持ちだった。
みんな、なかなかの実力者に見えるんだけど……
「たかがゴブリン程度に手こずった能無しども、とか思った? ……まったくもって、その通りなんだけどね」
「いいや、とんでもない。それを見たら、むしろ尊敬するさ」
俺たちの側からは見えなかった馬車の陰に、ゴブリンの死骸が三十体ほど。そして首のないオークが一体転がっていた。
彼女たちは、大物を迎え撃っていたところに数の暴力を受けてピンチになってたわけだ。
「あんたたちの行き先は?」
俺は指を道の両側に向けて尋ねる。さすがに王国行きなら、ここでお別れになる。
「旦那次第だな」
「サーベイの旦那ぁ、済んだぜ!」
傾いた馬車のドアが開いて、なかから小太りの男が顔を覗かせる。
ヒゲのないドワーフかとも思ったが……筋肉も気迫もないから、たぶん小柄な人間だろう。
「……だ、大丈夫だったかナ?」
「大丈夫じゃねえが、危ないところを、この兄さんに助けられたよ」
「それと、凄腕魔導師の嬢ちゃんにもね」
「へッ、しゅご……ニャー⁉︎」
人狼女性の横で、エルミがクニャクニャと変な踊りをしている。
褒められ慣れていないせいか、激しく照れているらしい。
「サーエルバンまで行く予定だったんだヨ。途中まででも、乗せてってもらえると助かるんだヨ」
「乗せるのは、たぶんどうにかなる。けどサーエルバンてのが、どこなのかわからん」
「ゲミュートリッヒの、もうちょっと先ニャ」
エルミから俺たちの行き先がゲミュートリッヒだと聞いて、人狼女性は地面に枝で簡単な図を描いてくれた。
「いまここで、ここがゲミュートリッヒ。その先は山で、そこを超えた向こう側にあるのがサーエルバン。ここからだと、だいたい馬で三日くらいね」
残念だが馬は死んでしまっている。俺の視線に気付いた商人が、困り顔で笑った。
「馬は、ゲミュートリッヒで調達するつもりだヨ。荷物もほとんどダメになったけど、命が助かっただけで良かったヨ。このお礼は、町に着いたら必ずするヨ」
「それは、通り道だから気にしなくてもいいって。荷物があれば、屋根にでも載せよう」
新たに増えた乗員は護衛が三人と商人、そして大きめの木箱が七つだ。
箱は上手く載せられないので、目的地までヘイゼルにDSDの一時保管区画で預かってもらうことにした。
商人サーベイ氏は、とりあえず空いてたサラセンの運転席横。護衛の三人は、自分から屋根に乗せて欲しいと言い出した。
「けっこう揺れると思うけど、落ちたりしないか?」
「問題ない。というか、乗っていいなら断然ここだろ!」
護衛の女性は苦笑気味だけど、男性ふたりは目を輝かせている。子供か。
つかまるところを教えて運転席に戻ろうとする俺に、人狼女性がコソッと囁く。
「サーベイの旦那は、ああ見えて、なかなかの人物だよ。そこは、あたしらの首を賭けてもいい」
「へえ。あんたたち、ずいぶんと雇い主を買ってるんだな」
「違うよ」
彼女は柔らかな笑顔のまま、目だけは真っ直ぐに俺を見た。
「あたしたちは、彼のために生きてる」
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