ビット・オブ・カーレッジ
野盗の生き残りは、あと五人。マチルダの電撃を受けて麻痺状態になってはいるが、意識はあるし敵意も喪われていない。彼らの怒りと憎しみを、魔族娘は平然と受け止めながら有翼族の女たちと向き合う。
「こイつらに奪わレた者が、自分の手で、報イを受けさせルべきダと、ワタシは思うのダが……」
「……びゃあッ⁉」
動き出そうとした男たちに、もう一度電撃が叩き込まれた。肌は焼け焦げ髪から煙が上がっているものの、意識は残っている。女たちにも、手加減していることはわかった。そして、その意味も。
「オマエたちが決メろ。自分の意思を他人の手に委ねルというノなら、そレはそレで構わン」
「やる」
マチルダの背後から声が掛かる。意外なことに、それはクリルだった。彼女は脚を上げ、趾で短剣を受け取る。有翼族の手指は突き出た第一指以外は翼になっているので、物をつかむように出来ていない。その代わりに、足は器用で可動範囲も広い。
ひょいひょいと片足で跳びながら、クリルは男のひとりに近づく。迷いもなく、真っ直ぐに。
「おまえだ。あたしの、とうさんと、かあさんを、ころしたの」
「まッ」
大きく振り上げた足が、そこに握られた短剣が、恐怖に見開かれた男の目に突き刺さる。
「てゃッ⁉」
眼球を貫かれた男は、麻痺した身体で逃げようともがく。殺すには浅かったのだと誰もが感じていたが、クリルはそのまま体重を掛けた。ずぶりと、刃先が突き入れられる。押し殺した悲鳴と、痙攣するような動き。筋力も体重もない有翼族の子供が、必死に足で踏み締めると剣尖はさらにずぶりと、深くまで差し込まれる。
「あッ、あぃえッ⁉」
意味不明な言葉を口から撒き散らしながら、男は身悶えた。逃げようとする動きを許さず、クリルは片足で飛び上がって短剣の柄に全体重を掛ける。眼球を貫いた短剣の先端が脳に少しずつ、着実に迫ってゆくのが手に取るようにわかった。
それを見せられている女たちの顔が、そして男たちの顔がしだいに、変わってゆく。
「あふァっ⁉」
いっそ恍惚としたようにも見える表情で、クリルの仇敵は身を逸らしたままビクンと大きく痙攣した。動かなくなった男を見て、有翼族の娘は思い出したように蒼褪め、震え始める。
「……あ、あ」
脱力して倒れ込むクリルの身体を、マチルダが優しく抱き留めた。
「よくやっタ」
ポンポンと背を叩き、満面の笑みで彼女を見る。魔族にとって死は別れだが、それは一時のものでしかない。誇り高き戦士の魂は天空にある“約束の地に”送られ、苦しみから解放されて永遠の喜びを得る。
そして、現世で生き永らえている者たちを見ている。彼らが、自分たちの志を継いでいるのかを。一族の誇りを、守ってくれているのかを。
「きっト、オマエの両親も、天の国で祝福してイる」
マチルダの言葉に、クリルは安堵の笑みを浮かべた。
「つぎは、わたし」
「わたしも、やる」
有翼族の女たちが、クリルから短剣を受け取る。決意に満ちた瞳で、残った野盗の男たちを見る。彼らは怯んだ顔で逃げようとするが、まだ麻痺から回復していない身体は、わずかな動きしか許さない。にじり寄る女たちを見据えながら、小さく悲鳴を上げることしかできない。
「お前は、夫を殺した」
「わたしの子供を」
「父親を殺した」
振り上げられた足が、短剣を男たちの胸に、喉に、腹に叩き込まれる。有翼族の弱い筋力や脚力は、皮肉なことに男たちを早く簡単には殺さない。逃げられぬまま何度も振り下ろされ、何度も刺し貫かれた刃は彼らをすぐには楽にしない。大小の浅い傷を受け、大量の血と悲鳴を垂れ流しながら、野盗たちは痛みと苦しみと恐怖を味わい続ける。
「……やめッ、あッ……!」
「許ッ」
「も、もうッ、こ……ころッ」
野盗の生き残りたちは最期にはみな血塗れのズタボロになり、長引く痛みと恐怖に怯えてどうか殺してくれと懇願しながら事切れた。
◇ ◇
「マチルダちゃん、おかえりニャ♪」
野盗の生き残りを屠った後で、子供たちの世話を頼んでいたパートナーのところに戻ったマチルダは不可解な状況に戸惑う。
雨風を避けるためか葉の厚く茂った古い巨木の洞で、急ごしらえの竈が組まれていた。
「……エルミ。そレは、ナにをしていルんダ?」
「みんなで、ごはん作ってるのニャ」
大きな鍋でスープのようなものが煮られ、いい匂いがしていた。野盗に奪い尽くされた村に皆で分け合うような食料はないと思っていたのだが。
「ウチのとっておきの、“まっけれる”なのニャ!」
「なんダそれハ?」
「背中がシマシマの、とーっても美味しいサカナなのニャ!」
マチルダはそんな魚を知らないし、エルミが妙に興奮している理由もわからない。金属容器に描かれた不可思議な色と文字からしてミーチャとヘイゼルが調達した保存食だろう。非常用の食糧として携行袋に入れていたのであろうそれを、会ったばかりの他人に惜しげもなく分け与えるところは実にエルミらしい行為だと思った。
「他に入っていルのは?」
「この辺りで自生している、美味しくて身体にイイ木の実と薬草なのニャ」
エルミの言葉に、周囲の子供たちがうんうんとうなずく。
「みるてん草、やわらかくて、おいしい」
「かりんの実、ほくほくで、あまいの」
「そーてんの葉、からだ、あったまる」
結果的に、いま求められている滋養に満ちた食事の準備が整ったようだ。いまだ興奮と恐怖が冷めやらない女たちに、落ち着いたら来るようにと伝えて火のそばに戻る。空を見上げると、雨風が強くなってきていた。これから、もっと荒れるだろう。
「……ふゥ」
いまさらながらにモヤモヤした気持ちが沸いてきて、魔族娘は小さく溜息を吐いた。
「マチルダちゃん、どうしたのニャ」
「……ワタシは、村の生き残りに野盗を殺さセた。そノ時は正しイ行為ダと思っタのだが、本当にあレでよかっタのかト考えてイたのダ」
エルミは無言のまま、笑顔でぽんぽんと背中を叩く。不思議なことに、それだけで気持ちが軽くなった。
自分は、そうするべきだと思った。その気持ちに従い、仇討ちは果たされた。後悔することなどない。終わったことをあれこれ考えたところで結果は変わらない。
「有翼族は忘れっぽいって、いわれてるのニャ」
なんの話かとエルミを見たマチルダは、彼女の視線をたどる。火の周りでは有翼族の子供たちも、いつの間にやら戻ってきていた女たちも、器用に足でカップを持って温かなスープを味わっていた。
まるで何事もなかったかのような笑顔で、楽しそうにこれからのことを話している。
「きっと、空を飛ぶのに、いつまでもクヨクヨするのは危ないからニャ」
自らも空を飛ぶ者として、その理屈はするりとマチルダの腑に落ちた。
飛ぶということは、常に困難と理不尽に挑み続けるということだ。生き延びるには前だけを見て振り返らず、迷いを捨てて全力を尽くすしかない。
「ああ、ソうかもしレんな」
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