魔なる力
「……るこあ?」
誰それ。ヘイゼルを見るが、わからないと首を傾げられた。代わりに答えたのはクエイルだった。
「カインツ子爵の部下に、そんな名の小者がいたが……あれが“新生貴族議会”の首領になるとは思えん」
“新生貴族議会”というのは王国の貴族院、つまり高位貴族の重鎮たちで構成された反王家派閥だ。首魁の公爵はナルエルがミサイルで城ごと吹き飛ばし、最大の兵力を出していた侯爵は俺がステンガンで射殺した。
目顔で尋ねると、ヘイゼルがうなずく。
「“新生貴族議会”は、もう実態がないはずですよ。残党が“臨時王宮”と称してアーエルを占拠していたとは聞いていますが……」
俺たちが食害鳥ローカスト・バードを誘導したため、アーエルは農地に壊滅的打撃を受けて残党も離散したらしい。
「そこまでは、おっしゃる通りです。王家も王国貴族も、国を動かす者たちは全て斃れたと、後は滅びを待つのみと、わたしたちも思っていました」
生贄集団の代表者はヘイゼルのコメントを肯定するが、その後に苦渋の表情で続けた。
「ですが……そこから急に、様子が変わったのです」
“新生貴族議会”の兵力である貴族院連合軍の生き残りが、アーエルで聖国と合流したらしい。心を縛る魔道具、“隷従の首飾り”を嵌められた兵たちが王都へと攻め寄せてきた。魔なる力、というのがそれか。
死兵の群れを率いるのは、異様な黒い甲冑を身にまとい“新生貴族議会”の首領を自称するルコア。ご丁寧に本人までもが“隷従の首飾り”を嵌めているのだそうな。
なにそれ、もう意味わかんない。
「敗残兵同士のマリアージュですか。素敵ですね♪」
ヘイゼルは楽しそうに笑うけれども、周囲の者たちはビクリと背筋を強張らせた。魔力ゼロの俺にはわからん魔圧的なものが溢れ出ているんだろうね。
「……あ、ちょっと待って。黒い甲冑?」
それは既視感がある。エーデルバーデンでヘイゼルが倒した双剣持ちの混血ドワーフと、サーエルバンでエルミが殺した“剣王”メフェル。もしかしたら、ゲミュートリッヒとマカで戦った戦闘狂の指揮官カインツもか。
「なあヘイゼル、あの魔法付与の掛かった甲冑って、聖国の供与か?」
「そのようですね」
バラバラの点が、線でつながった感覚。それは解けない謎などではなく、興味がないため放置していただけの事実だが。ずっと俺たちを付け狙っていたのは――さらに言えば、俺をこの世界に召喚したのも――聖国だった。何度も繰り返されてきた示威行為と敵対行動。銀色のピーナッツに紐をつけたような“聖跡”。
何度も警告して、向かってくるたびに皆殺しにして、ついには首都を丸ごと吹き飛ばしてもなお、その害意は揺るがないか。宗教的狂信者は、根絶やしにするまで諦めないらしい。現代を生きてきた日本人には理解できない感覚だけれども。たぶんイギリス人は知ってる。英国的悪夢の象徴であるヘイゼルもだ。
宗旨を動因にした戦いには、終わりも落としどころもないことを。
「なるほど、わかりました。そうですか、まだ聖国の方々がおられたのですね……♪」
ひどく嬉しそうに、ヘイゼルは笑う。その笑みはまるで花を愛でる幼女のように無垢で無邪気に見えるが、誰もが身を強張らせて固まったまま一言も発しない。
水龍マルテまでを呑んでしまった英国的悪夢の独壇場に立って、俺は喜びの意味を理解した。彼女は、ようやく手に入れたのだ。弾丸で貫ける的を。容赦なく殲滅できる敵を。
どうなっているんだと、クエイルが俺を見る。どうにかしろとマルテが目で訴える。ムチャいうな。生贄志願者のはずの女性陣は気絶しそうな顔で胸を喘がせ、男性ふたりは蒼褪めたまま震えている。
「嵐が吹き荒れた後には、静けさが訪れる」
穏やかな声で、ヘイゼルがささやく。大変な困難を乗り越えれば救いがあるというか、雨降って地固まるみたいな意味なんだとは思うが。その言葉を聞いたものは誰も文字通りには受け取らない。
なぜなら、この場にいるすべての者に伝わってしまったからだ。訪れる凪は鏖殺による静寂だと。吹き荒れ猛り狂う嵐は、黒衣をまとい銀髪を靡かせているのだと。
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