啼泣の水龍
「助けを求めてる? 水龍が? 意味がわからん」
「そレは、ワタシたちトて同じダ」
「マルテ湖の水龍は、近付く者すべてに襲い掛かるって聞いてたけどな。助けを求めていたのは、飛んできたマチルダたちに対して?」
「ワからン。ダが、“助ケてー”とイうのハ、タシかに聞コえタ」
俺たちは汎用ヘリでマルテ湖へと向かっていた。操縦席にヘイゼル、副操縦席にはエルミが座るものの、操縦も攻撃も行わない案内役としてだ。
水龍に故郷を滅ぼされた混血エルフのアルマインは、事前に調べたいことがあると説得して留守番してもらった。
「ヘイゼルちゃん、ウチらが見たのは、左の……あの島みたいのがあるとこニャ」
「了解です」
王都とゲミュートリッヒとマカを結んだ三角形。各辺が四百キロほどありそうな歪な三角形の、中心に近い位置にあるのがマルテ湖だ。エルミとマチルダが水龍を目撃したという地点は、その北東にある。
ゲミュートリッヒからは最も近い位置になるが、陸路でつながっていないため現状では南東マカ方向から大きく迂回してくるルートしかない。
直線距離でいえば百キロ前後。たぶん陸路だと倍以上にはなる。しばらく、ヘリ以外の移動手段は現実的じゃないな。
「なんか見えるか?」
「う~ん……操縦席側からは確認できませんね」
「ウチも、見えないニャ」
眼下には直径数十メートルほどの小さな中島が見えていたが、水深があるらしく上空から水龍の姿は確認できない。少し高度を下げてもらうが、今度はローターの吹き降ろす風で波立ってよくわからん。
「着陸は、念のため対岸にしましょうか」
「頼む」
島は岸辺がなだらかな浅瀬になっているため、着陸しても船が出せないとの判断だ。
ヘイゼルによれば、対岸というのが新生王都予定地、アイルヘルン最初の都アクアーニアがあったという場所だという。
今日の目的地だったので、一石二鳥ではある。
「都の跡って、前に着陸した廃村のことだと思ってた」
「あれは近年、王国が定住に失敗した名残ですね。木造の小屋だったので、焼けて土台しか残ってませんでしたが」
アクア―ニアは、石造りの建物跡みたいのが残ってる。朽ち果てた遺跡なので、そのまま住めるようなものではないけどな。
ヘイゼルがここに降りると決めたのは、拓けた硬い平面という以外にもうひとつ。
「……船着き場が残っているのか」
「はい。あれでしたら、船を係留させられます」
ヘリを着陸させて、俺たちは湖畔に近づく。
アクア―ニアの遺跡と同じく、崩れかけた石造りの岸壁があった。水中にも小さな橋脚のようなものが点在しているが、おそらく木製の桟橋を掛けていたものだろう。さすがに、そちらは使えそうにない。
「前にお話ししたダーク級高速哨戒艇でよろしいですか?」
「うん、お願い」
ヘイゼルによれば、装備と燃料・弾薬込みで約六百万円だそうな。
なんやかんやで資産は三億円に届こうとしているし、妥当な価格であれば値段は気にしてない。高いのか安いのかもわからん。とはいえ元いた世界で買うとしたら、もっと高いんじゃないかなとは思う。
ヘイゼルがなにやら操作すると、岸壁に哨戒艇が現れた。
「おお~?」
「おっきいフネなのニャ」
マチルダとエルミが驚いているけど、たしかにデカい。軍用艦船としては最小クラスなんだろうけど、これ以上の艦艇なんて間近に見る機会ないしな。
全長は約二十二メートルで幅は約六メートル、操舵席の前にボフォース製40ミリ機関砲、21インチの魚雷発射管が船体左右に二本ずつ計四本、搭載されている。
ヘイゼルは岸壁上に残っていた係留用の杭の強度を確認し、パトロールボートの係留索を繋いだ。
「こいつなら、水龍に襲われても大丈夫かな?」
「相手の状態とサイズ次第ですが、やられっぱなしになることはありませんよ」
もし水龍が敵対的だった場合、まず使うことになるのは魚雷よりも機関砲だろう。湖に乗り出す前に、俺はヘイゼルから機関砲の操作を簡単に教わる。
エルミとマチルダは興味がなさそうなので、無理強いする気はない。実際、なにかあったら手持ち式迫撃砲を持って“抱っこ爆撃機”になってもらった方が良いだろうしな。
「……イない、ヨうダな」
「あのデッカい気配が消えてるのニャ」
周囲を見渡していたふたりが、俺たちに伝えてくる。前に飛んできたときには、巨大な気配と感情の波を感じ取っていたらしい。そして、“助けて”と叫ぶ声を聞いたと。
「そのときも、ワタシたちが近づイていっタら、姿が消エたのダ」
「助けられそうなら、手を貸そうと思ったのニャ」
「ふむ……」
消えたというのが水中に潜ったのか、魔法的な何かなのかは不明。
「水龍が身を隠せるとしたら、ある程度の水深が必要でしょうけれども……」
言いながら、ヘイゼルは光るパネルに地図を表示させた。マルテ湖の湖面は最も狭い場所で二キロ強、北東から南西にかけて最長二十四キロほど。
水深のデータを色分けで表示する。広さも凄いが、深さもある。水深は最大で二百メートルほどあって、平均でも百メートル以上あるそうな。
「全部深いな」
「ええ。まるで、ちょっぴり太ったネス湖、という感じですね」
周囲の地形を除けば、比較的ネス湖に近いのだそうな。
いや、知らんし。ネス湖が細長いってのも初めて知ったわ。
「ろほねす、ってなんニャ?」
「えーっと、ヘイゼルの故郷にある……ネッシーが棲んでるっぽい湖だな。そっちのは、ずっと捕まってない」
「ソうナのか……」
「最古の記録からだと、千五百年近く隠れていることになっていますね」
エルミとマチルダは、へーっと興味深そうな反応を示す。
彼女たちは、どこか水龍に対して同情的なように思える。声を聞いたのがきっかけなのか、社会的なはぐれものだった経験からの共感なのかはわからない。
今後この地にクエイルたち王国避難民が移住することを考えると、どこかで線引きなり見極めなりが必要になるんだろうけれども。個人的には水龍に恨みもないし、こちらが被害を受けないのであれば絶対殺したいってほどでもない。
アルマインを置いてきた時点で、結論を先送りにしただけなのかもな。
そういう優柔不断が、いつか致命的失敗につながるのかもしれない。甘っちょろいな判断は、起きなくてもいい被害を発生させる。それは覚悟しなきゃいけない事実なんだろうけど。
そんな俺の心の声は、きっと駄々洩れだったのだろう。エルミたちを見ていたヘイゼルが、俺を見て微笑んだ。
「似た者は自然に引き合うものなのかもしれませんね」
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