イフ・アイ・ワー・ザ・バード
「あれは、安価で簡便な威嚇が目的の設計」
困惑した顔で告げるナルエルに、ヘイゼルは微笑みで応える。
「はい。タキステナで見せてもらいました」
「無理に電荷を上げても、空を埋め尽くすほどの鳥を殺すだけの威力にはならない」
「ええ、承知してます」
ヘイゼルの返答を聞いたナルエルは、そこで腑に落ちたような表情になる。
「なるほど、わかった」
わかったのかよ。凡庸な非インテリ中年でしかない俺には、最初からいまひとつピンとこない会話だったのだが。
「つまり、殺す必要はない?」
「そうです。少なくとも皆殺しにする意味はありません。ローカスト・バードは害鳥と言っても、群飛型にならなければ無害な鳴禽類です。虫を食べ、花粉や種子を運んでくれる循環する生態系の一部なんですから」
元いた世界の渡り鳥は、地球の磁場や電気信号によって長距離移動のナビゲーションを行なっている。ローカスト・バードにも、それに似た機能が備わっているのだとか。
「ナルエルの開発した“雷霆”で、その方向感覚を狂わせる? 俺は詳しくないんだけど、そんなことが可能なの?」
「ええ、おそらく初回は」
ヘイゼルによれば、元いた世界でも渡り鳥のナビゲーションが影響を受ける事例が確認されていたらしい。原因になっていたのは、人間が使用する電子機器。電磁放射が、地球の磁場を元にした鳥の方向指示機能を狂わせていたという。それを異世界で、再現する。
「おそらく効果は限定的ですし、何度も使える手でもないでしょう。生物は生き延びるため環境に適応していきますから」
雷霆は、感覚器に直接作用させることが目的の魔道具だ。設計を調整することで目的を達成できると、ふたりは確信に満ちた表情で頷き合う。
「ヘイゼルの仮説が正しいのだとすれば、機能を二系統に分ける。“でんじは”を撒いて方向を見失わせる攪乱型と、危険を示して進行を阻止する忌避型」
「では、効果を発揮するために、どれだけの出力で、いくつ作成する必要があるか、ですね」
「そう。それと、配置する場所」
蚊帳の外にいる俺とエルミは首を傾げ、マチルダは我関せずとばかりに猫耳娘の頭頂部に息を吹き込んでいる。フリーダムだなオイ。
「理屈はわかりませんが、やりたいことはわかりました」
レイラがテーブルの簡易地図を指して、指でなぞる。
彼女はエンジニア組のように機能こそ理解していないが、概要と状況を把握はしている。戦力外の俺とかエルミ・マチルダ組とは違う。
「記録にあるローカスト・バードの移動経路は、ここから……ここですね」
地図で示されたのは、営巣地のある大陸北東から南東部に向かうルート。スタートは聖国より北東側の辺境で、ゴールはアイルヘルンでいうと農の里エルヴァラの辺りだ。
「ひとが居住可能な環境は、聖国が北端ですね。その先は、山脈で隔てられています。ひとの足でも、かなりの難所ですがローカスト・バードにとっては致命的です」
群飛状態のローカスト・バードは一種の集合自我状態で、全個体がひとつの意思で動く。それだけに、群れへの危険や過酷な環境を避ける傾向が強いらしい。
山脈を迂回するとして、行き先はふたつ。ひとつは西に逸れて聖国と王国の国境線に向かうルート。もうひとつは東に逸れて聖国とアイルヘルン北端カーサエルデの間を抜けてゆくルート。
ナルエルが、その中間地点を指す。
「南下する場合、この渓谷は必ず通過する隘路。仕掛けるなら、ここ?」
「単なる排除でしたら、そうですね。ですが今回は、この災厄を」
ヘイゼルはナルエルの指を持って、ルートがふたつに分かれる地点に置いた。
「他所に流します♪」
◇ ◇
「どういうことか説明しろ」
学術都市タキステナの領主館で、領主ハーマイアは激怒していた。そして動揺し、恐怖してもいた。デスクに置かれた報告書には、旧聖国域で観測された不可解な現象と、いくつかの推測。及び、それが引き起こすであろう惨事の想定。
「どういう……と言いますと?」
「貪蝕害鳥の異常繁殖と変異が確認されている。これまでの発生周期とも、環境条件とも合わない。人為的な関与があった可能性が高い」
報告書を指しながら睨みつけるハーマイアに、衛兵隊長は怯んだ顔を見せる。
「自分には、わかりかねます」
「ふざけるのもいい加減にしろ。お前は以前、私に言ったな。“王国と聖国に、意趣返しをする気はないか”と」
「ええ。ですがそれは、ゲミュートリッヒによる攻撃の矛先を他国に向けるという意味です。領主様より却下されたため、着手しておりません。しかも、これを自分が行ったとしたら……それは意趣返しではないのでは?」
「ああ。単なる自殺行為だな」
衛兵隊長は強張った笑みを浮かべるが、目は淀んでいる。ハーマイアはその顔を見て、潔白を訴える主張に嘘はないと判断した。自分に人を見る目がないことは知っている。だが真偽を問うている時間はない。
まず最初の読みは外れた。それだけのことだ。
「出て行け。この件は口外無用、もし情報が漏れた場合は罪人として余生を過ごすことになるぞ」
手持ちのベルを鳴らすと、衛兵隊長が執務室から出るのと入れ替わりに秘書が入ってきた。
「お呼びですか」
「魔導通信器を用意しろ」
ローカスト・バードの情報を持ち込んだのはタキステナの密偵。前領主オルークファが、かつて大陸各地に放った諜報要員だ。爆死したあの俗物が遺したもののなかで数少ない有用な資産だが、運んできたのは死の宣告だった。
それもタキステナどころではなく、アイルヘルン全体の。
タキステナは農業生産の大半を農の里エルヴァラに依存している。変人の領主タリオが自ら望んで多種多様な品種を作り上げて大量に生産し、安価に安定的に流通させているのだ。その是非はともかく。
エルヴァラがローカスト・バードの群れに襲われれば、アイルヘルンの食糧供給は破綻する。
こんなときに賢人会議の招集は、混乱を招くだけで無意味だ。何も決まらず責任の押し付け合いと足の引っ張り合いが始まる。次には食糧の奪い合いか。事態が悪化する未来しか見えない。
「接続はどちらへ」
秘書の言葉に一瞬だけ迷って、ハーマイアは小さく息を吐いた。
人を見る目がないのと同じように、問題発生時の判断能力もない。それでも、やらなければいけないことはある。タキステナを守るために龍の巣へと踏み込まねばいけないのだとしたら。その責を負っているのは領主である自分なのだ。
「ゲミュートリッヒだ」
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