水龍狩り
ヘイゼルが取り出したのは、なんというのか……不格好な手持ち式無反動砲? ただ、後方への発射炎を抜く砲筒後端が肩当て形状になっているので用途は違うっぽい。
「ええと……それは?」
「ブリテンの砲弾差込式迫撃砲、PIATです」
ふむ。たしか前にヘイゼルから、独軍対戦車擲弾発射器のイギリス版というような話を聞いた気はする。そのとき、性能は“英国面丸出し”なのでお察し的なことを言っていたような、いないような。
そもそも“スピガットモーター”というものに聞き覚えがない。
「簡単に言うと、水平に打ち出す迫撃砲なんです。通常の迫撃砲は、砲弾を筒内に落下させて発射薬を撃発させるのですが……」
ツインテメイドは砲弾を見せながら、俺に確認してくる。戦争映画とかで、仰角に向けた筒に砲弾を滑り込ませるアレね。シュポンと軽い音で打ち上げられた砲弾が、遥か彼方で爆発するっていう。
「その代わりに、圧縮したコイルスプリングの力で砲弾の尻を叩きます」
発射筒が肩持ち式なのでRPG的なイメージを持ってしまうが、こいつはロケット弾のように推進薬を使用しない。当然ながら飛翔速度は遅く、射程も短い。有効射程は百メートル強ほどだとか。
一応仮にも対戦車兵器だろうに、剥き身の歩兵を戦車相手にそこまで近寄らせんのか。無茶言うなイギリス人。
最大射程は三百二十メートルというが、それは四十五度近い仰角をつけての曲射。戦車みたいな動目標には現実的じゃないし、だったら打上げ式の迫撃砲を使えという話だ。
「これならボーイズ対戦車ライフルの方が良かったんじゃないのか?」
「ゲミュートリッヒに置いて来てしまいましたからね。もう一挺買うほど必要なものでもないですし」
それはそうだが。なにか別の意図か理由があると見た。チラリと目を向けると、ヘイゼルは屈託ない――ように見えるけど絶対に屈託なくなんかない――顔で笑う。
「ボーイズより遥かに安かったんです」
「……安いもんには理由があるんじゃねえの? あのムチャ仕様な汎用ヘリみたいにさ」
「得られるものは払ったカネに見合っただけ」
うん。そうだけど、笑顔で言うな。そこは嘘でも否定してくれ。
「ああ、忘れてましたミーチャさん、ひとつだけ注意があります」
ヘイゼルの軽い口調に、なぜか激しく嫌な予感がした。
「ホントにひとつ? ……まあ、いや。なに?」
「俯角で狙うと弾頭がポロッと落ちちゃうことがあるので、水平より上を狙ってください」
「いや、水龍がいるのは地下なんだけど⁉︎」
テヘペロ、みたいな顔してるけどさ。あなたも当事者なんだよ?
「これぞ英国♪」
「そうね。今回ばかりは同意するわ。いや、今回もか」
◇ ◇
俺たちは平地まで降りて、散らばっていた村の住人たちに声を掛けて回る。水龍に近付いたせいなのか、雨風が強くなってきていた。吹き飛ばされないように踏ん張りながら、お互い身振りも声も大きくなる。
「みなさん、すぐに、ここから避難してください!」
「崩れるから、急いでここから離れてくれ!」
「なんだ、あんたたちは⁉︎」
「ここで何してる⁉︎」
おとなしく誘導に従う者もいれば、俺たちに不審感を持つ者もいる。ただ、意外なほど気が立っている者はいなかった。相手が地下水路で暴れる水龍という、強さでも位置関係でも対処のしようがない状況だからか。
「アリエに頼まれて、助けに来た! 水龍退治に手を貸す!」
「アリエ⁉︎ サーエルバンまで逃がしたんじゃないのか⁉︎」
「それより、キリエはどうした⁉︎」
俺は坂の中腹に停めたランドローバーを指す。俺の目に人影は見えないけど、目印として機能してくれればそれで良い。
「ふたりとも、あのなかにいる! 怪我人や弱ったひとは、あそこで彼女に声を掛けてくれ!」
「急いでください! 水龍が興奮状態です!」
ヘイゼルが指す方向で、また大きく地面が崩落した。大きく水柱が上がって、蛇のような頭が跳ね上がって凄まじい叫び声を響かせる。全体像までは水の下で見えんが、見えた頭はワイバーンよりも、ひと回り以上デカい。
「みなさん! 早く避難を!」
俺とヘイゼルに促されて、村の住人たちは少しずつ坂を登り始めた。怪我人や衰弱した者もいるようだが、見たところ全員が自分の足で歩けてはいる。留まっているのは、戦い慣れた感じの獣人男性がひとりだけ。屈強な体格で山刀みたいのを手にしている。顔は猫っぽい感じだが、毛並みは泥で茶色に汚れて虎だか豹だか獅子だかはわからん。
「あんたも下がってくれ、こっちで対処する!」
「ふざけるな! できるわけないだろうが! 相手は水龍だぞ! お前らごときに、なにができる!」
まあ、そうね。見た感じ、俺はヒョロヒョロの運動不足中年だし。魔力なんてゼロだし。ヘイゼルなんて細くてちっこい小娘だしね。
「問題ありません! ですが、そこにいてくださっても、構いませんよ!」
「なに?」
「わたしたちに何が出来るか、見ていてください!」
獣人男性に笑顔で答えて、ヘイゼルはPIATを俺に手渡す。いや、これ俺が撃つんかい。
「……おい、ヘイゼル。俺はPIAT知識も経験もないんだが」
「素晴らしいですね♪」
また全然そんなこと思ってもいない感じで笑う。このイギリス英語の京都感、なんなの。
えらい簡易的な照準器を簡易的に調整して、置くだけの装填位置に砲弾をセットしたヘイゼルは、俺に簡易的な指示を出す。
「後は狙って、引き金を引くだけです。相手には飛翔能力も放射火炎もない。となれば、ただの的です」
その的は熱り切って暴れ回り、水面から首をもたげてこちらに大きく口を開けた。ヤバいと直感が警告を鳴らす。火炎を吐かないにしても、なんらかの攻撃の意図を持っているのは明白だった。
「ヒア・ユウ・ゴー♪」
「ああ、くそ……ッ!」
アホほど硬い引き金……というか、スプリングのテンション解除レバーというか。それを引き絞りながら、俺は信じてもいないどこぞの神に祈りを捧げた。




