デス・オブ・サイレンス
やっぱ、並行して書くの無理ある(いまさら
ラングナス公爵家の別邸周囲に展開していた兵士たちは、思ったよりもずっと数が多く、武装も警戒態勢も想像以上に整っていた。
そして配置密度もだ。真っ直ぐ向かうルートを迂回したつもりが、天幕の並んだ場所に踏み込んでしまった。感知能力も視力も勘も一般人以下の俺が気付いたときには、もう敵は目と鼻の先。逃げ隠れもできないので突破するしかない。ああ、もう……
「敵襲! 魔導師隊! 攻撃魔法、用意!」
少し離れたところで叫び声が上がった。見付かったのは、俺ではないな。後方で支援に入ったサラセン装輪装甲車のエンジン音とライトへの反応だ。俺は悪くない。
真横で青白い魔力光が瞬き、複数の詠唱が始まる。魔導師なのだろう。命令したのは上官だったのか、サラセンに攻撃魔法を打ち込むため魔力を合わせているようだ。
ステンガンで薙ぎ払うとギョッとした顔でこちらを見ながら崩れ落ちる。
「なにをやっている! すぐに攻撃魔法、をッ」
声のした方に探り撃ちを加えると重たいものが倒れる音。当たりだ。
減音器仕様のステンガン、MkⅡSと亜音速弾の組み合わせは安定していた。減音効果は想像ほどではないものの、敵に警戒心を与えることなく次々に蹂躙を果たしている。
ガサガサと下草を掻き分ける音で、まだ誰かいるのがわかった。しかもそれが、呆れるほど多い。
「敵襲! 総員戦闘配置!」
その号令に、目の前の闇が揺れて動き出す。微かに鳴る金属音と殺気を含んだ息吹。なんだこれ。今度はガチな歩兵か。
ステンガンを全自動射撃で掃射して、弾倉を交換する。俺の目では戦果が見えないので、呻き声を狙って単発で仕留めて回る。死んでも死ななくても、無力化できればそれでいい。
最後に残ったのは指揮官か。ウロウロと動き回っていて狙いが付けられない。暗くて相手の位置がわからない。無駄玉覚悟でフルオートか無視して突破しちゃおうかと悩んでいるところに、遠くから凄まじい連射音が上がった。サラセンの前後銃座から機銃掃射を行なっている音だ。怒号が悲鳴に切り替わってゆくのを聞く限り、一方的な虐殺にしかなっていない。火力支援は万全だ。探知能力も五感も高いガールズは昼間と大差ないくらい状況が見えてるんだろうし、別邸に向かわず敵陣に迷い込んだ俺を見て何してんのかと呆れてるかも。
先に進むと小さな焚火が見えた。浮かび上がったのは剣を抜いた甲冑姿の男。
魔導師が五、六人に、完全武装の歩兵が三十近く。やたら偉そうな指揮官となれば、これ防衛部隊の本陣じゃね?
自分の不運を呪いながらステンガンを向ける。油断したつもりはなかったけど、ボーッとしていたのか剣を振り抜かれたところで危うく逃れる。指揮官の戦闘能力がさほど高くなかったことで命拾いした。これが達人なら俺は死んでた。
ステンガンを向けて胸に二発、撃ち込む。ちょっと豪華そうな金属の胸甲が9ミリ拳銃弾で抜けるかわからないので、倒れた指揮官に念のためもう一発。
「脅威排除」
“すみません、そっちじゃないとお伝えする前に戦闘に入ってしまって”
魔導通信器に声を掛けると、ヘイゼルからの返答があった。戦闘中は通話を止めていたが、こちらをモニターはしていてくれたようだ。
「問題ない。別邸は……ああ、いま見えた」
少し進むと、遮るものもない丘の上に別邸が見えてきた。広くて豪奢な二階建ての建物は開放的で、周囲に砦のような城壁もない。やたら無防備に見えるのは、障壁発生装置と警備兵に信頼を置いているせいか。それとも、この期に及んで自分たちだけは安全圏にいるとでも思っているのか。
敷地内は静まり返って、ご丁寧に間接照明っぽい感じでライトアップされていた。
「なんだよ、潜入し放題だな」
“実際に可能なのは、おそらくミーチャさんくらいです”
魔力がないような人間はいない。それどころか生き物も聞いたことがないとか言ってたからな。俺みたいのは想定外なんだろう。別邸の敷地前で、通話にノイズが入り始めた。
マギコミュニカも、オブスタクルに阻まれるのだ。効果圏を提示するため、その場に置いて先に進む。後でヘイゼルたちが回収してくれることになっていた。
「そんじゃ、行ってくる」
“ご武運を”
「おい! 何が起きている、報告しろ!」
豪邸の入り口を開くと、エントランスで中年男が罵る声がした。手には光る石。警備部隊との連絡に使う魔導通信器だ。自分たちの機材はオブスタクルの干渉を受けないのか。意外に高度な技術だと感心する。
セミオートで二発。胸に撃ち込むと男は床に倒れた。奥からドタドタと近付いてくる足音。寝巻き姿の老人が、若い男ふたりに付き添われて現れた。
「ハイコフ侯爵! どうなっておる!」
「そこの男なら、死んだよ」
「な」
向かってこようとした若い男を射殺。老人は、もうひとりの若い男を盾にして逃げようとした。
「ぎゃッ」
老人の足を撃つと、悲鳴を上げて転がった。それを見て若い男は青褪め、気を失って昏倒した。女の子か。
俺は倒れてもがく老人に歩み寄って、銃を向けた。
「な、何者ッ」
「俺のことは、どうでもいい。あんたが何者かも興味はない。女の子を、返してもらいにきた」
「し」
「知らんてのはナシだ。渡さない選択肢もない。さっさと渡して命だけは助かるか、抵抗して死ぬか」
「高位貴族の誇りを……」
「だから、そういうのはどうでもいいって。言わないなら、他を当たる。それでもダメなら、皆殺しにした後に自分で探すよ」
最初は静かに探して見付からずに奪還も考えたけど。エントランスの吹き抜けを見て諦めた。なんぼ何でも、敷地が広過ぎる。見えるだけでもドアが二、三十はある。その先にも数倍あるんだろう。ひとつずつ探してたら朝になる。
「……王女なら、貴賓室で守られている」
「それはどこにある?」
「塔の最上階だ」
塔? 別邸に隣接する石造りの塔は見えた。ゴツい物見台だなと思ってたけど、あれの最上階が貴賓室?
それは幽閉用の監獄じゃないのかね。なんともブリテンな感じ。
「殺せ。貴様らは王国を滅ぼし王国民を皆殺しにするつもりなのだろうが」
「あ?」
「その異形の武器、外で響く音も。半獣どもの使う魔道具だ。聖都を焼き払い、王城を崩壊させた悪魔のような所業、決して神が許しはせん!」
勇ましいことを言いつつ老人の顔は血の気が引き、肌は紙のように白くなっている。
「かもな」
俺は日本人の常として、宗教論争には滅法弱い。知識もないし興味もないから、論争できないし、する気もない。聞き流して立ち去ると、老人がブツブツ言う声はすぐに聞こえなくなった。
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