精強なる囮
連休どうしようか考え中……
カインツは血塗れで顔が原形を留めていないが、まだ辛うじて息があった。ヘイゼルに場を譲るところからして、情報収集できるようナルエルが気遣ってくれたようだ。
ツインテメイドの特殊能力については、タキステナからの帰路で共有されているのがわかった。
「ありがとう、ナルエルちゃん」
「おーいミーチャ、手を貸してくれ」
ティカ隊長が、魔導師たちの死体を引きずってくる。彼女が片手に二体ずつの四体。持てないもう一体が俺担当、というあたりに体力格差を感じる。
「装備は」
「そこだ。後はあたしの腰に」
所持品は携行袋みたいのにまとめて俺担当の死体に括り付けてあった。魔術短杖が五本、隊長の腰の後ろに差してある。
「魔導師の死体から回収できたのは、雑多な魔道具が七つと、魔術短杖が五本、財布が三つだ」
ふたりは財布なしなのね。買い物に来たわけじゃないから、持ってなくても不思議はないけど。
ティカ隊長の先導で、小門まで終了報告に向かう。
「イルダ、終わったぞ!」
門の前で声を掛けると、鉄の扉が開いて門衛イルダ氏と同僚が顔を出す。
「もう? 追い返したのか?」
「いや、殺した。これが魔導師で、死にかけの指揮官は尋問中だ。マカの衛兵に引き渡すか?」
「ちょっと待ってくれ、まだ正門側で戦闘が続いてる」
「精強で知られるマカの衛兵が、苦戦するような相手なのか?」
「そのようです」
駆けてきたヘイゼルが、イルダ氏とティカ隊長に声を掛ける。
必要な情報は、もう得たらしい。振り返ると土下座姿勢のまま動かないカインツの後頭部に、ナルエルがとどめを刺すのが見えた。
「正門側に連絡をお願いできますか。こちらの衛兵隊に、お知らせしたいことがあります」
◇ ◇
俺たちはランドローバーを出して、街道を北上していた。マカの街を東に大きく迂回しながら北側正門に向かうルートだ。そのまま北上すると二百十キロほどでサーエルバンらしいが、目的地の北側正門までは七キロ強。何事もなければ、十分ちょっとで着くはずだ。
助手席で車載機銃を用意しているヘイゼルに、同じく重機関銃に弾帯を装着しながらティカ隊長が尋ねる。
「なあ、王国が橋頭堡を築いていると言ったな。それは確かなのか」
「はい。あの指揮官によれば、四十名常駐の砦が建設されています。最終的には百二、三十名の兵を送り出せる体勢です」
「なんでまた、いまになって王国がそこまでマカに入れ込む?」
隊長の疑問には、俺も同感だった。マカが持つ最大のアドバンテージは人的資源なのだ。鉱物資源も産出するが、技術や設備や経験なくしては有効活用できない。王国が奪うとしたら占領統治が前提になる。そう大きな利益になるとは思えない。
「王国は内戦状態に入りました」
「しびる、なに?」
俺は自動翻訳的に理解しているが、ティカ隊長には通じてない。この世界の概念とは相容れないせいか。
まともな市民階級も存在しない世界で内戦をどう呼ぶのかは知らん。
「王家支持派貴族と反国王派貴族とで、戦いが始まっているんです」
「……なんだ、謀反か」
ティカ隊長からは、えらいシンプルにまとめられた。しょせん他人事だしな。
ヘイゼルは王党派と議会派みたいな言葉で表現してる風だが、どうせ政治的衝突ではなく私利私欲による内乱だろう。王国はエーデルバーデンしか知らん俺でも、あの国の崩壊は時間の問題だろうなって印象はあった。
その時間が、思ったよりも早かったわけだ。
「それで、なぜマカに攻め入る話になる。カネか?」
「銃器です。ゲミュートリッヒで王国軍が皆殺しにされて、その脅威を思い知りましたから」
「……ああ、指揮官が言っていたな。それがマカの産だと、本気で思っているのか。だったら、まあ理解はできる」
「できるんかい」
思わずツッコんだ俺は、ティカ隊長とナルエルから冷静に返される。
「そらそうだろ。アイルヘルンじゃ、おかしなものが生まれるのは大概マカだからな」
「わたしも、その誤解は理解する。あれほど異常な技術と戦力が、辺境のゲミュートリッヒから生まれるとは、誰も思わない」
俺たちは街の外周を走って、北側正門に回り込む。ヘイゼルが得た情報をマカの衛兵部隊に伝え、側面支援をするためだ。砦はこのルートの逆側、王国側に十キロほどの森のなかにあるが、現在どれだけの兵がマカに向かっているのかは把握できていない。門衛イルダ氏から聞いたのは“正門側に二、三十人の部隊”という報告だったが、いまのところ路上に増援らしいものはいない。
「カインツが命じられていたのは、南側小門への奇襲と魔導師の潜入支援です」
魔導師をマカ中心部の官営工房に潜入させ、銃器と開発資料を奪取する計画だったらしい。当然ながら、マカの工房にそんなものはないんだけどな。
北側に布陣した兵士たちは、その間マカの精鋭衛兵部隊を引き付けるのが役割だ。カインツは瞬殺されたが、いまのところ北側は戦線維持に成功している。
「なあ、正面の陽動部隊は捨て駒だと思っていたが、マカの衛兵が苦戦するほどの難物なのか?」
ティカ隊長の質問に、ヘイゼルはあっさりと頷いた。
「はい。強い弱いではなく、噛み合わない相手なんでしょう。王国側は、マカの衛兵が銃火器で武装していると思っていますから。正面から当たっても殲滅されないだけの備えをしています」
実際マカの衛兵部隊は武器も練度も身体能力も高いが、装備はこの世界で一般的な剣と槍と弓と大楯だ。
王国側は銃器を向けられる前提で、軽歩兵に魔導防壁を魔法付与した楯を装備させての一撃離脱戦法。そのため、両方が攻め手を欠いて膠着状態になっているのだろう。
その奇妙な争いに、銃器で武装した俺たちが介入するのか。
なんだろう、この感じ。“他人の褌で相撲を取る”……ではないな。敢えて言えば、“俺の褌を取り合う土俵でごっちゃんです”……
いや、意味わからん。我ながらテンパッてるな。ホント、どうしてこうなった。
「……戦争になるかな、王国と」
答えなどわかりきってる問いを思わず漏らした俺に、ヘイゼルは天を指して笑う。
「雨が降るくらいに当然のことです」
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、今後の励みになります!




