無敵の熱意
降伏か戦争か。
“賢人会議”でタキステナへと突きつけた選択の、答えは当然のように無条件降伏だった。
タキステナとその属領も、カーサエルデも、ひとことも発言することなく封殺された他の領主たちも。
「こちらが金貨千枚の賠償引き渡し証書と、無条件降伏の公式文書じゃ」
「ありがとうございます」
今回の議長であるマカ領主エインケルさんが窓口となって停戦合意がなされた。千枚の金貨は、タキステナ新領主のハーマイア――名前は交渉の席で初めて知った――から手持ちの即金を二百枚。残りは塩を含む物納での支払いを受け入れた。こちらはサーエルバンの暫定領主業務代行、サーベイさんを通して換金されゲミュートリッヒに運ばれることになる。
それはともかく、俺なんかは少しわかっていない部分があるのだけれども。
「なあヘイゼル……停戦合意ってことはさ、俺たちタキステナと戦争してたってことになるのか?」
「さすがミーチャさん、そこに気付かれましたか」
ん? 質問と答えが噛み合ってないぞ?
「ゲミュートリッヒは、タキステナから戦争状態だったという追認を得ました。これで侵攻も爆撃も容認されます。相手が飲まなければ、面倒なことになる可能性もありました」
んんん????
「アイルヘルンの法律に引っ掛かるとか?」
「これまで為政者から聴取した情報によると、アイルヘルンには法と呼べるほどの決まりはないです」
そんなもんか。仮にあったところでお山の大将の寄り合い所帯だ。強制力がないので飾りにしかならないだろうけどな。
「それじゃあ、何が問題?」
「アイルヘルン唯一の決まり……法というよりも契約的合意ですけれども、それが一種の同害刑法なんです」
ええと……それは、あれか。報復法。ハンムラビ法典の"目には目を、歯には歯を”、みたいな。
あれ実際には報復の連鎖を防ぐための“上限を規定する文言だった”って説も聞いたけどな。
それはさておき。
「これまでゲミュートリッヒに対する攻撃は、みなさんの尽力によりほぼ被害を出さずに撃退してきました」
「うん」
「その結果、もしタキステナ側が交戦の事実を認めなければ、こちらの一方的な攻撃と……つまり、“ゲミュートリッヒを吹き飛ばしても良い”と判断される可能性があったんです」
めでたしめでたし、と微笑むヘイゼルに少しだけモヤッとしたものを感じて詰め寄る。
「待て。もしそうなった場合、“領主を殺しても許される”ってことだろ」
ツインテメイドは笑顔のまま答えない。
やっぱりだ。何かあっても最悪、自分だけが犠牲になれば良いとでも思ったのか。
「それで領主代行になるのをゴリ押したのか?」
「誤解のないように言っておきますが、自己犠牲の精神などありませんよ」
「交渉決裂になったとき、乗り切れる自信があったとでも?」
動じない笑顔の下に、静かな覇気が宿る。
「そんなの楽勝です♪」
◇ ◇
会議が終了した翌日、領主たちはそれぞれにマカを離れてゆく。タキステナの領主グループは早朝、逃げるように去っていったらしい。彼らは残った手持ちのカネも物資も、三百六十キロの道程を帰るには心許ないとかで、途中に通過する他領の面々とあれこれ交渉していたそうな。
空路を使う俺たちは小一時間で帰れるので、少しのんびりして行こうかと考えている。会議の前は用意と調査と調整に慌ただしくて、ろくに観光をする余裕もなかったのだ。
「少しはマカにカネを落としていこうか」
「それが良いでしょうね」
「……ん? どうしたミーチャ、ヘイゼル。急に何でそういう話になるのか、あたしにはよくわからんぞ」
マカの街や鉱山は、着いて早々にエインケル翁と側近たちにざっと案内してはもらっていた。
そこで気付いたことがある。主に俺とヘイゼルがだ。
「金鉱山が、そんなに保たなそうなんだよ」
「ますますわからん。いまの金鉱が枯れかけてる話は聞いたけど、それを心配するとしたら領主のエインケル爺さんだろ? なんでミーチャやヘイゼルが気にするんだ?」
説明に困る。こっちの世界のひとたちに理解してもらえるかどうかもわからん。
「なんとかいう、酒の……工場? それを譲渡するってことは、マカに新しい産業も産まれるわけだろ?」
「そうですね。思い出しました。醸造所の引き渡しで、さらに金貨が二百枚ほどこちらに」
「だから、なんでそこでヘイゼルが困る。あたしには理解できん」
なぜイギリス軍の遺失装備に醸造設備が含まれているのかは不明ながらも、蒸留酒の製造に必要な設備一式はマカの領主館近くに移設された。設置から三日と経っていないのに早くも試運転が始まっているというから、ドワーフ陣の期待と熱意が窺える。
その醸造所の前を通りながら、俺はティカ隊長に説明を試みる。
「ヘイゼルを通じて異界から物を買うと、この世界からその分の金貨が消える」
「ああ。対価として妥当なら、こちらが損をするわけではないだろう?」
「取り引き単体としてはな。でも、それが続くとアイルヘルンのなかで流通する金が減る。さらに続けば、王国や聖国や、他の国との力関係が崩れる。その先にまで行けば、金貨を基軸に動いていた経済が破綻する」
俺も経済は専門じゃないので、フワッとしか理解していない。そもそも金本位制の社会なんて歴史の授業でしか知らん。
ティカ隊長は首を傾げつつ、朧げに問題の根本は理解してくれたようだ。
「それは、新たな金鉱脈を発見したら済む話じゃないのか?」
「そんな簡単に見付かればな」
じゃあ大丈夫、とばかりに隊長は頷く。
「ここにどれだけの鉱山があるかわかるか」
「さあ……そんなに凄いのか?」
「ああ。最初に聞いたときは、あたしも呆れた。金・銀・銅・鉛・鉄・錫・石炭・蒼鉛・水銀・魔石。副産物の鉱酸や貴石を含めて、アイルヘルンの鉱物資源は、ほぼ全てがマカからの産出だ。ないのは塩くらいだな」
聞いても全部を理解できはしないが、マカが鉱物資源のデパートなのだけはわかった。領ごとの資源配分が、えらく偏ってるようだが……
いや、逆だな。地域ごとの資源を始点に生まれた集落とコミュニティが、現在の各領になったのか。
「かつてドワーフの先祖が探し出した奇跡の大鉱脈、そこに集まり住み始めたのがマカの始まりだ」
だから、とティカ隊長は続ける。
「金鉱がひとつ枯れたところで大勢に変化はない。ヘイゼルに手で渡せるくらいの量なら、どこに消えようが痛くも痒くもないだろうさ」
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