咆哮
ヘイゼルが賭けをコールした後、“賢人会議”の場は面白いように静まり返った。
そりゃそうだ。ポッと出の辺境領主代行が敵陣の真っ只中にノコノコ現れて、敵対したら殺すって言ってんだから。半ば死刑宣告されたようなタキステナの新領主なんて蒼白を通り越して土気色になってる。会議開始前まで敵意を剥き出しにしてたから、もう立場としては完全に詰んでる。
「俺たちは、誰の下にも付く気はねえ」
小馬鹿にしたような顔で手を振ったのは、“獣人自治領カーサエルデ”の領主、人狼マハラ。
性格的にはゴリゴリのタカ派最右翼だけど。獣人という立場から、亜人排斥について積極的な関与はない。ただ単に自分たちの身内以外の利益も幸不幸も関心がなく、他者がどうなろうと構わないだけだ。
「ご自由に。ただし、“中立”は敵と見做します」
「あ?」
「“戦場”で、そんな寝言が通用するとでも?」
ヘイゼルの言葉が投げかけられる。アタマ大丈夫か、というクルクルしたジェスチャーとともに。
その意味を理解したのかしないのか、マハラは凶暴そうな笑みを浮かべる。傍聴者席に控えていた獣人たちからも、押し殺したような唸り声が聞こえてきた。
「誇り高き“真の獣人”が従うのは、“真の強者”だけだ。ネズミほどの力もない貴様らに……」
「……はぁ」
小さな溜め息ひとつで、ヘイゼルは人狼領主を黙らせた。力押しで突っ込んで来る相手を、彼女は容易くいなして転がす。
「もう結構。その程度の頭なら、話し合うだけ無駄です」
ひらひらと手を振るジェスチャー。挑発が目的なのは見てわかる。わかっていてもイラッとするあたりに、一種の年季が感じられた。
「ひとつ覚えておいてください。ゲミュートリッヒ及びその友邦は、あなた方を、なにひとつ必要としていない。政治でも、経済でも、文化でも、軍事でも、何でも」
「俺たちなど、敵ではないとでも、言うつもりか。思い上がるのも、いい加減にしろ」
人狼マハラの声には、必死で怒りを押さえているのが感じられた。その努力を、銀髪メイドが無垢な笑みで叩き潰す。
「あなたはネズミを敵と呼ぶのですか?」
「ああンッ⁉︎」
即座に激昂したのは人狼マハラではなく、傍聴者席にいた人狼の青年だった。部下か護衛か、飛び掛かろうと腰を落としたところでそのまま膝をついた。
一瞬後にパンと銃声が上がる。見るとヘイゼルの手には、もう何もない。まるで手品だ。
「次は殺します」
片膝を射抜かれた人狼青年は呻き声を上げながら、ヘイゼルを見る。メイドが静かに見下ろすと、憎しみに歪んだその顔が強張った。
「相手の度量も測れない無能を政治の場に入れる愚は、領主の責。以降ゲミュートリッヒは、カーサエルデと一切の関係を断ちます。もしカーサエルデ領民による敵対行為を確認した場合、領主への報復を行いますので、そのつもりで」
「おい! たかが跳ねっ返りの暴走くらいで……」
「黙れ」
真顔になったヘイゼルの低音で、抗議の声を上げかけたマハラが固まる。
いきなり膨れ上がった殺気は触れるほどに濃く、感覚の鈍い俺でも息苦しさを感じるほどだ。会議場の全員が無言のまま背筋を凍らせる。龍と同じ檻に詰め込まれたような恐怖と重圧。タキステナの新領主は限界を超えたらしく、倒れ込むと泡を拭いて痙攣し始めた。
ヘイゼルは笑みを消した顔で、円卓の向かいに座ったマハラを正視する。
「群れも統率できない無能を、我々は群れの長として認めない」
カクカクと頷くマハラと周囲の領主たち。生き延びたければ領民を躾けろと、ハッキリ釘を刺されたわけだ。
「では、失礼」
用は済んだとばかりに席を立つと、ヘイゼルは議長のエインケル翁に優雅な淑女の礼を見せる。
会議室の出口に向かう途中、オブザーバー席の俺とティカ隊長を待つため彼女は足を止めた。
「……ぐ、……うぅ」
口惜しげに唸る人狼青年を見下ろし、ヘイゼルは小首を傾げる。その顔に浮かんだのは、慈愛に満ちた微笑み。
「あなたも苦労されますね。わたしの言葉を瞬時に理解できた頭脳は、あなただけのようですよ」
人狼青年はあんぐりと口を開けて、ヘイゼルの言葉を噛みしめる。
「仕える主人を間違えたと気付いたときには、他の選択肢を考えてみるのも良いと思いますよ。ゲミュートリッヒは来る者を拒みません。去る者も追いませんが」
チラリとティカ隊長に目をやった俺は、あたしに振るなとばかりに肩を竦められた。
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