散るものと集まるもの
俺たちはレイラを拾った後、ランドローバーで二百数十キロの道のりを踏破することになった。
ゲミュートリッヒ〜タキステナ間、ヘリなら小一時間のところを車ではなんと三日掛かりの長旅だった。
調達した軍用テントと折り畳みベッドで野営は問題なかったけれども、道中はかなりの悪路に苦しめられた。フラットな高速道路ならともかく、荒れて曲がりくねった山道を二百キロ以上は疲労感がハンパない。路面もぬかるんでいたり崩れていたり草木で覆われていたりで、あまり行き来する者がいないのが窺えた。
ずっとドライバーだった俺は、ゲミュートリッヒが見えて来たとき思わず安堵の声が出た。
「ミーチャさん」
ラストスパートとばかりに頑張って運転していた俺は、助手席のヘイゼルが沈んだ顔をしているのを見て気を引き締めた。
「どうした、なにかトラブルか?」
「……たったいま、ジェット燃料が入荷されました」
「え」
まあ、そんなもんだ。ブラック企業やブラック業界で長く社会人をやってたら、ずっと上手く回る方が不安になる。ヘイゼルの調達機能も万能ではないってことが、わかっただけでも良い経験だった。
「そんじゃ、燃料とミサイルは多めに仕入れておいてくれ。いつでも使えるようになれば、いざというときの選択肢が増える」
「わかりました」
話は終わりじゃないのか、ツインテメイドはこちらを見たまま少し声を落とした。
「お約束通り、汎用ヘリ購入のコストを回収してきますので、少し時間をいただくことになります」
「ん? なんか算段でもあるのか?」
「そうですね」
銀髪を揺らして、彼女は笑った。
「“賢人会議”に踏み込もうかと」
◇ ◇
ゲミュートリッヒに戻って、今度こそ穏やかな暮らしが始まると思ったんだけどな。
新しく定住が決まったナルエルとレイラとアマノラさんも、それぞれの日常をスタートさせている。
ギルドによる買い取り素材は、サーエルバンに運んで一括で処理する方針に決まった。冒険者ギルドを転移魔法陣には関わらせないつもりだったけど、アマノラさんを信用することにしたのだ。
サーエルバンの冒険者ギルドに派遣されて来た職員――三人の引退した元冒険者らしい――に関しては、判断保留。
アマノラさんは乗り物で行き来している体にしてもらおう。
「“賢人会議”に出る……?」
「はい」
衛兵詰所を訪れた俺とヘイゼルは、ティカ隊長に今後の計画を打診していた。
テーブルにはお茶と茶菓子。山盛りのクッキーはヘイゼルとエルミたちのお手製だ。それをつまみながら隊長は少しだけ呆れ混じりの表情でこちらを見た。
「今度はどこを滅ぼすつもりだ?」
「そんなことはしませんよ。こちらの立場を説明して、ご理解いただくだけです」
穏やかな笑顔で言うヘイゼルを、苦労人のドワーフ娘は胡散臭そうに見る。
「どこをどう説明しようと、向こうは脅しとしてしか受け取らんぞ」
その懸念は、ご尤もだ。王国の追撃部隊を殲滅して、聖都を粉微塵に吹き飛ばして、タキステナの領主館を爆破したんだからな。
「まあいいか。中央の馬鹿どもに釘を刺す必要があることは、あたしも理解はしている」
「さすがに、すぐ仕掛けては来ないだろうけどな」
「いいや。直接的脅威の存在を知って、対処しない為政者はおらんぞ」
戸口で上がった呆れ声に、ティカ隊長はゲンナリした顔をする。誰かと思えば、鉱山都市マカの領主エインケル翁。普段着に手ぶら……いや、荷物はないが両手にウィスキーのボトルを持っている。
ウチの店で買って来たのか。
「アンタ、また⁉︎」
「ああ、心配いらんぞ。今回は馬車で来たからの」
「……私用なら、かまわんけどな。少なくとも、建前はそうなんだろ?」
「その通りじゃ」
用があったのはサーエルバンではなく、ゲミュートリッヒなのか。
俺は首を傾げ、ウィスキーのボトルに目をやる。
「いや、これはついでじゃ」
いや、真っ先に向かってんじゃん。いいけど。用事があるのは本当のようで、エインケル爺ちゃんはティカ隊長に断ってから、俺たちの前に座る。
「間に合わなかったようだと聞いてな。オルークファを吹っ飛ばしたんじゃろ」
「ああ。マカ領主も密偵くらいは入れてたか」
「いや、知ったのは職人ギルドからの報告でじゃ。あの阿呆には、警告しといたんだがのう」
なんとエインケルさん、領主館の親書でゲミュートリッヒに対する降伏を提案していたのだとか。“賢人会議”を介して和平交渉の用意もだ。
それは悪いことをしたと……マカ領主の気遣いに関しては、思わんでもない。
「手間を取らせてしまって申し訳ないです」
「いや、あの高慢ちきな耳長が飲まんことは承知の上じゃ。こちらの提案を蹴った場合の最後通牒として、領間貿易の停止と人員移動の制限を書いておいた」
「……ん?」
聞いた話でしか知らんが、それで困るのはタキステナではなく他領なのでは?
学術都市なのはともかく、タキステナは生活必需品というか生きるのに必須の塩を産出する。その取引が止まったら、オルークファを金銭的に締め上げるより早くアイルヘルン全域で日常生活が破綻するだろう。
「そこは問題ないぞ」
俺の疑問に、エインケル翁は笑った。
「“今後ゲミュートリッヒ及びサーエルバンに対する攻撃は、マカに対する敵対行為と見做す”と書いたからな」
「……なるほど」
ヘイゼルが穏やかに頷く。俺も、それでなんとなく理解した。
この爺ちゃんが伝えたのは、“塩はもう手に入るんだから、いつまでも偉そうにしてるとぶっ飛ばすぞ”ってことだ。オルークファはそれを無視したか、あるいは対処する前に吹っ飛ばされた。
何にしろ自業自得だ。
「ちなみに、だけどヘイゼル。アイルヘルン全土を賄う塩なんて手に入るのか?」
「在庫に増減はありますが、七十トンほどは確保できます」
「単位が大きすぎて、それが何人の何日分なのかが判断できんな」
「一人一日の必要量が、0.2オンスほどです」
「ますますわからんて」
どうやら四から五グラムが必要量らしい。七十トンは、……七千万グラムだから、人日にして……千四百万? どっちにしろピンと来ないわな。
「さっきレイラを見たが、タキステナで拾ったんじゃな?」
「俺たちが、帰路で知り合って連れ帰りました。もしかして、問題になりますかね? 農の里と揉めることになるとか」
「ならん」
爺ちゃん一蹴。なんでそこまで断言するのやら。
「エルヴァラ領主の“農夫タリオ”は、常識人の皮を被った奇人じゃ。会ったらビックリするぞ?」
「そんなに、ですか」
「最初は温厚で真面目そうな外ヅラに騙されるがのう」
その外ヅラ自体もウソではなく本人の一面ではあるらしいのだが、何度か話しているうちに内面の奇矯さ、異常さに気付くのだという。
なにそれ。前にレイラから聞いてたけど、やっぱ闇深いんだろ、エルヴァラ。
「レイラが言ってましたね。父親は自分たち息子や娘より、畑の方が大事なんだと」
「そうじゃろな」
即答すか。
さすがにポカーンとした俺たちを見て、エインケル爺ちゃんは真顔で言った。
「ここに置いてもらえるなら、それはレイラにとって間違いなく幸せじゃ」
【作者からのお願い】
「マグナム・ブラッドバス(完結)」含めて
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