いつかきた道
俺たちはランドローバーを出して山道を進む。山岳地帯に入ると速度は落ちたけれども、道は馬車の移動用に比較的ちゃんと整備されていて移動に問題はなかった。
どこか遠くで悲鳴が聞こえたけれども、誰も気にせず振り向きもしない。油断していたらロックベアに生きたままお持ち帰りされていたのは俺たちの方だったのだから。
「あいつらは百人近いひとたちを手に掛けていました」
俺の苦笑いに気付いたのか、ヘイゼルが吐き捨てるように言った。
「オルークファと対立してタキステナから逃れた者で、いまも生きているのはナルエルちゃんだけです」
「それ、クマに食わせてたのか?」
「ええ。谷に落としてました。男はすぐに。女子供は、自分たちがさんざん嬲った後で」
「谷?」
「ロックベアの巣穴は谷の中腹にある岩場ですから。ナルエルちゃんが見た死体は、食い残しか食いカスでしょう」
殺して良かった。まだ生きているのかもしれんけどな。クマのおうちで。まあ、楽しくやるが良いさ。
「ヘイゼル」
マチルダが来た道を振り返って言った。ヘイゼルも視線を向けて俺に手で停止を指示してくる。
俺たちが走って来た道は、ずっと山肌を巻くように続いている。十五分ほど前に通過した道が、いまは谷を挟んだ対面に見えていた。
「監視か?」
「ええ。“隠蔽”を掛けてます。ここまでの移動速度を考えても、相手は魔導師のようですね」
ウキウキ顔のナルエルが、“撃って良いか”という表情でこちらを見る。M2重機関銃の威力を見たくてウズウズしてるようだけれども、あなたそれ人間じゃなく航空機とか軽装甲車両とかを撃つ武器だからね?
「なあ、そいつタキステナの兵なのか? それにしちゃ動きが早くないか?」
こちらがオルークファを殺してすぐ追尾と監視に入るってことは、その用意があったわけだ。
そのわりに、領主館もタキステナの街も襲撃に事前対応していた様子はなかった。
現にオルークファは、あっさりと死んだ。
「そレは、ワタシも疑問に思っていタ。どうデも良いこトでは、アるがナ」
「どっちだよ。いや、わかるけど」
ツッコミはしたものの、俺もマチルダの考えに近い。どこのどいつだろうと、襲って来たら殺す。素性は大した問題じゃない。
それを聞いていたナルエルが、少し考えて重機関銃から手を離す。
「賢人会議で、タキステナは警戒されてた。他の領主が、オルークファに付けていた監視かも」
“賢人会議”というのは、アイルヘルンの各領主による意思決定の場だ。示威行為の場でもあり、足の引っ張り合いが繰り広げられることで権力的バランスを取っていた面もあるようだ。
「ナルエル、可能性が高いのは、どこの領主だ?」
「オルークファをいちばん嫌ってたのは、人狼のマハラ。北東部にある獣人自治領カーサエルデの領主」
「その自治領に魔導師は?」
「いないことはないけど、極端に少ない。たぶん、あの監視は違う」
価値観として真っ向から対立していたのは、鉱山都市マカのエインケル翁らしい。これも、あんまなさそう。
信用の問題はいったん措いといても、ゲミュートリッヒにはもう入って来てるくらいだから監視を付ける必要は……いや、政敵オルークファに付けていた監視が現場判断で、監視対象を殺した俺たちを追ってきた可能性はあるか。
「領内の生産力や政治力でタキステナと拮抗していたのは、鉱業のマカと、農業のエルヴァラ、商業のサーエルバン。あとはゲミュートリッヒのような小領で、あまり政治的野心も関心もない」
「どれもピンとこないな」
俺の意見に、ヘイゼルも頷く。
アイルヘルンの状況は伝聞でしか知らないし、そもそも政治には疎い。考えてわかるもんでもない。
「王国か聖国からの潜入諜報員という線もありますが、本国の状況を考えると可能性は低いですね」
「……訊いてみるか」
「ナルエル、重機関銃はちょっと待ってくれ」
「えー」
「いや、そんなんで撃ったら尋問なんて絶対無理だからな? 後で魔物でも好きなだけ撃てよ」
そうしている間にも、監視は接近して来たようだ。
俺には見えないけど、感覚鋭敏で武闘派のガールズはいつでも対応できるように身構え始めた。
さて、尋問するにしても、どうやって捕らえるかだ。来た道を延々と戻るのも手間だし逃げられてしまいそう。マチルダとエルミに飛んでもらうのもアリだけどな。
「ナルエルちゃん、威嚇射撃なら良いですよ?」
「当てないということ?」
「はい」
ションボリしていたドワーフ娘は急にウキウキ顔に戻って、M2の銃口を対岸に向ける。
距離は二十メートルちょい。元いた世界基準でも凡庸な俺はともかく、超常的身体能力を持ったガールズからすると目と鼻の先だ。
「絶対当てんなよ? フリじゃないからな?」
「“ふり”? よくわからないけど、大丈夫。当てない……たぶん」
不安になるコメントともに照準を覗きながら狙いを付けていたナルエルは、意を決したように息を吐いてM2の後端にあるトリガーレバーを押し下げた。
ドドドン、と腹に響く射撃音が鳴って谷の向こうに土煙が上がる。青白い火花が散り、吹っ飛ばされたように転がる人影が見えた。
「きゃあああぁッ⁉︎」
「おいナルエル!」
「あれ?」
「“あれ”じゃねえ! 当てんなって……あれ?」
着弾地点を見た俺も、ナルエルと同じように首を傾げる。
涙目でこちらを見てプルプルしているのは、折れた棒切れを持ったエプロンドレスのお姉さんだった。
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続きは週末、いよいよ終盤な感じの「マグナム・ブラッドバス」もやります……
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