窮地のゲミュートリッヒ
「……どうだ、動きは」
「ないな。布陣はそのまま、次の攻撃に備えているんだろう」
ゲミュートリッヒ、北側外壁。町の戦闘員たちは、胸壁の陰で北東方向を睨んでいた。
夜明け前、いきなり現れた軍勢は町から一キロ弱の岩場に布陣して町への攻撃を始めた。いくつかの大きな岩陰に分散しているが、位置は町の北側に広がる山岳地帯の中腹。ミーチャが最初にダンジョン攻略したときの、入り口があった辺りだ。
町の南側に避難場所を移して人的被害は押さえたものの、いまのところ攻撃を止める手立てはない。
「あんなに遠くから当ててくるとしたら、魔導師の実力が尋常じゃないか、すごい数が揃っているかだ」
「その両方じゃな。忌々しい連中に目を付けられたもんじゃ」
それが王国軍と聖教会の協働戦力なのは明らかだった。攻撃魔法の練度と火力が半端なものではないのだ。それだけの魔導師を維持できる勢力など、その二者以外にはいない。
少なくとも、アイルヘルンに侵攻する理由を持ったもののなかには。
「長弓や“えんふぃーるど”じゃ届かすのが精いっぱいだ。おまけに魔導防壁を付与した盾を持ってる。当たっただけじゃ、仕留められんぞ」
「マドフ爺さん、“対戦車ライフル”か“2ポンド砲”なら、どうにかならないか」
ヘイゼルから受け取って、操作も覚えた新しい兵器だ。
エルフの射手たちが訴えるものの、ドワーフたちは悔しそうに首を振る。
「あの大岩を全部は砕けん。おまけに仰角だと岩の角度がキツい。下手に打ち込むと弾くぞ」
敵は硬度の高い切り立った巨岩を選んでその陰に布陣し、攻撃魔法と投石砲は遮蔽の奥から曲射軌道に飛んでくる。天然の防壁に加えて、魔導防壁による強化を行った盾。銃砲火器もエルフの攻撃魔法も、圧倒的な質と量の差を前にして消耗を強いられるだけだ。
不幸中の幸いは、敵もゲミュートリッヒに直接攻め込むほどの戦力はないらしいこと。遮蔽から出て接近してくるならば、対処のしようはある。
「山と町の間に、ろくな隠れ場所はない。出たら良い的だ」
「まあ、それは向こうもこっちも、じゃがの」
敵は山腹から動く様子はない。遠方からの攻撃で可能な限り戦力と気力と体力を削ぎ、来たるべき総攻撃に備えているのだろう。
「山を大きく回り込んで接近するのは?」
「無理だ。裾野の道は塞がれてる。北門を開こうとしたら、弓と投石砲を放ってきたぞ」
「あいつら、こっちが干上がるのを待つつもりか? よほど補給部隊が厚いか、死ぬ覚悟ができてるのか……」
じりじりしたまま半日以上が過ぎ、一方的に攻撃され続けることで焦りが募る。
耐えながらミーチャたちが戻るのを待つという意見が多数を占め、それは順当だったが帰還はいつなのか不明。
車を出して接近攻撃を掛けるという意見も出たものの、装甲車輛のサラセンは足回りの修理が済んでおらず、非装甲のモーリスでは敵の攻撃に耐えられない。
あとは建築用重機だが、弓矢はともかく投石砲や攻撃魔法を防ぐ能力はない。
「見張りはエルフが受け持つ。ドワーフ組は、“さらせん”を直せないか試してくれ」
「了解じゃ」
エルミは愛用のステンガンを抱えて、胸壁の陰に座り込んでいた。
治癒魔法しか取り柄のない自分に、戦う力と勇気を与えてくれた大事な宝物だ。“すてん”さえあれば負けない。もう無力じゃない。そう思えたのに。なのにまた、敵に押されて手も足も出ない。逃げ隠れして、蹲っていることしかできない。
自己嫌悪に沈み込みかけていた彼女の前に、ふと影が差した。
「エルミ」
「ニャ?」
立っているのは、マチルダだった。
エルミとお揃いの軍用ポーチを身に着け、お揃いのステンガンを背負っているが、その表情は不機嫌そうに曇っている。
「お前ハ、弱イな」
いきなり言われて、エルミは思わず息を呑む。心の奥で疼いていた場所に、その言葉は深く突き刺さった。
「……そんなの、わかってるニャ」
自分の力が弱いことなど、ずっと前から自覚していた。何度も思い知らされ、何度も死にかけたのだから。
まして魔族であるマチルダに比べれば、全ての能力が劣っていることも、わかり切っていた。
でも事実を認めることと、それを受け入れられることは違う。
気持ちが通じ合えたと思った、友人だと思っていた魔族の少女を、エルミはキッと睨み付ける。
「ずっと、わかってたニャ! それでもウチは! 自分にできることを、しようと思って、がんばってきたのニャ!」
最後は泣き声になったエルミの訴えを、マチルダは真顔のまま真っ直ぐに受け止める。
「そうダ。知っテいル。ワタシも、同じダ」
「……ニャ?」
なぜか、魔族の少女は肩に掛けていたステンガンを下ろした。エルミの手からもステンガンを受け取り、胸壁の陰に置かれた弾薬箱のなかにしまう。続いてお揃いの軍用ポーチから弾倉と弾薬を取り出し、銃の隣に収めた。
最後に上着を脱いで、それも同じように片付ける。
「……マチルダ、ちゃん? なに、するつもりなのニャ?」
「お前にデきルこトと、ワタシにデきナいコト。お前にデきなイことと、ワタシにデきルこと……」
開いた両手を差し出し、エルミを誘う。
エルミの両手に自分の両手を合わせ、指を絡めて立ち上がらせると、抱き寄せて耳元に囁く。
「……合わせレば、きっト勝てル」
そう言ってふわりと、マチルダは笑った。




