開かれる門
「ありがとうございます、ミーチャ殿、ヘイゼル殿、ティカ殿」
事後処理を衛兵隊に任せて商館に戻ると、サーベイさんが門衛詰所で出迎えてくれた。
「みなさん、無事でしたか」
「はい。龍が如き力で僧兵を殲滅して、サーエルバンを解放してくれたそうですナ。本当に、助かりましたヨ」
龍……っぽい要素、あったかな。
ティカ隊長に目をやると、知らんとばかりに肩を竦められた。
「どうぞ、お入りください。先刻は出迎えもできず失礼しましたナ」
「いいえ、こちらも取り込み中でしたから」
さっきまで“絶対誰も通さない”と言わんばかりだった完全防御バリケードは形を変えて、ある程度ひとの出入りが可能な簡易型に組み替えられていた。
ついさっき、雑多な素材で組んであると思ったのは俺の浅慮だな。状況の変化に対応できるよう組み替え前提で多数の素材を活用している。しかも、最前面は小さな板を鱗状に配置してあるから、破損したところだけ修復できる。
「どうされましたかナ?」
「この障壁を見て、さすがサーベイさんだと思ったんです。設置しやすく実用的、しかも出費も抑えられる」
「何度も修羅場を経験して考えた物ですヨ」
商館のなかは、意外に変わっていなかった。動かせる什器や棚を端に寄せて、展示商品を最低限の掛布で覆っているだけだ。それは単なる埃除けだろう。
避難してきた近隣住民を受け入れていると聞いたが、商館内には見当たらない。
尋ねてみると、敷地内にある会員制レストランを収容場所にしているのだそうな。
「これも浄財というものですヨ。営業できないと、生鮮食品が余りますからナ」
「長期戦は想定していなかったんですか?」
「商人がどれだけ籠城したところで、持ち堪えられるものではないですからナ」
商人も軍人と同じく、援軍を得られない状態で孤立するようなら詰み、なのだそうな。
資金が弾薬で、コネが兵力ってとこかな。商人でも軍人でもない俺には、フワッとしか理解できないところだけれども。
「どこかに援軍の当てがあったんですか?」
「衛兵隊の詰所と各ギルドには、他の町との連絡用の魔道具があったんですがネ。僧兵どもに押さえられてしまったんですヨ」
「え」
「……ですから、ミーチャさんたちが来てくれなければ、詰み、でしたナ」
そう言って笑うけれども。実際にはまったく笑い事ではない。
もうちょっとで転送魔法陣が起動して、おそらく本国から援軍を送り込まれていたのだから、俺もティカ隊長も苦笑するしかない。
「ゲミュートリッヒの衛兵隊詰所に、“教会とサーエルバンの衛兵で揉めてる”って連絡はあった。それが最後の通信だったようだな」
俺たちは、僧兵に殺された衛兵の冥福を祈る。
「ゲミュートリッヒの僧兵たちが連絡を断った、となるとコムラン聖国が対処に動き出すだろう。他のルートから援軍を送り込むとして、他に転送魔法陣があるとしたら……」
「最寄りの教会は、タキステナですナ」
初めて聞く地名だ。サーベイさんによれば、タキステナはサーエルバンから北東方向に約二百キロほど。巨大な湖のなかにある島に築かれた学術都市だそうな。
面積はゲミュートリッヒやサーエルバンと比較にならないほど広く、人口も二千人近い。
「こことの間には距離もあるし、途中に山も渓谷も河も挟んでいる。すぐに脅威とはならんぞ」
学術都市って、どう考えても攻め込まれることを想定してないだろ。地形も人員も戦闘向きじゃないしな。
すぐにじゃなくても、制圧されるのは時間の問題でしかない。
「なあ、ティカ隊長。さっきの転送魔法陣、修復できるって言ってたよな?」
「……ん? ああ、魔法陣の切れた部分を、魔力の通りが良い素材で繋ぐだけだからな。三十分もあればできるぞ」
「ミーチャ殿。転送魔法陣を修復して、どうされるのですかナ?」
「向こうから戦力を送ってくるんなら、こちらから送り込むことも可能かと思ってさ」
俺の言葉に、隊長とサーベイさんは一瞬ギョッとした顔を見せる。
「……ミーチャ。アンタ、何をするつもりだ?」
正直、まだ何も考えてない。いつ来るかもわからない敵対勢力を待ってるのも面倒だなと思っただけだ。
俺たちの拠点はゲミュートリッヒだ。いつまでもサーエルバンにいられるわけでもない。敵意を持ち悪意を示した相手と、ちまちました報復合戦を続ける気はない。
チラッとヘイゼルに目を向けると、俺の意図を汲んだらしく穏やかに笑った。
「問題ありません。どのような対応がお望みですか?」
ヘイゼルがこの顔してるときは、あまり穏やかな結果にならないことが多い気がする。
俺も聖国の連中に対して抑止力を示す必要があるとは思っているけれども……ブリテン的な地獄の門が開きそうで怯む。
「いまでしたら予算も潤沢ですから、どんな要望にもお答えできますよ。軽い準備運動でも、敵への制裁でも……」
風もないのにフワリと、銀髪が輝きながら踊った。
いきなり猛獣の隣に立たされたような緊張が俺たちの背筋を強張らせる。
「……容赦ない徹底攻撃でも」




