チキン・アンド・レイス
>「ミーチャさん、道幅いっぱいまで左へ!」
ランドローバー 右ハンドルすね。右に修正。
マグナム・ブラッドバスのランクルで左ハンドルをイメージする癖が。
「やっちまったなぁ!」
ランドローバーを前進させると、ティカ隊長は後部銃座で笑う。吹っ切れたのか、ひどく嬉しそうだ。
「聖教会相手に戦争か。相手は軍民合わせて兵力二万の化け物だぞ⁉︎」
「軍はわかるが……民の兵力って?」
「僧兵は軍籍を持たん。法律上は教会直属の警備要員、要は偶然に武器を手にした僧侶だ」
「詭弁だな」
「まるで英国」
平常営業なヘイゼルのオチに笑って、俺たちは前を向く。
「さて、と」
そうだ。まだ終わってない。
「サーエルバンの南門は閉じられています。門前に装甲馬車。城壁上に弓を持った僧兵らしき白いシルエットが見えています。……おそらく、攻撃魔導師と弓兵でしょう」
ヘイゼルは楽しそうに言って、荷台の銃座を振り返る。
「ティカさん、重機関銃弾では町中まで確実に被害が出ます。機関銃の射界に注意して、壁の外にいる敵への対処をお願いします」
「任せておけ」
まだ外壁まで一キロくらいはありそうだが、敵の有効射程外から攻撃できる重機関銃は非推奨か。こうなると装甲どころか窓もない車を選んだのは失敗だったが……いまさらだ。
攻撃力は無双で、防御力はゼロ。よくこんな車で兵士を戦場に送り込むもんだ。これぞ英国ってか。
「ヘイゼル、MAGの射程は」
「八百二十メートル……町に被害を出さないという条件だと、五百五十メートルでしょうか。長弓相手なら問題になりませんが、攻撃魔法とはほぼ互角ですね」
最悪でも五分の勝負か。でもヘイゼル、なんでそんなに楽しそうなの?
「知ってますか、ミーチャさん」
「なにが」
「これが、生きている実感です♪」
いや、ムッチャ怖いんですけど。そんなん輝く笑みを浮かべながら言われてもリアクションできんわ。
「ミーチャさん、道幅いっぱいまで右へ!」
俺はランドローバーを街道の右端まで寄せる。低木の茂みがフェンダーを擦り、ドアもない車体に入り込んで腰を叩いた。痛いとか考えている余裕はない。城壁から五発の炎弾が打ち上げられ、こちらに向かって降り注いでくるのが見えた。速度こそホームランボールくらいだが、尾を引いて飛びながら少しずつ膨れ上がっている。
タイミングと角度をズラして、街道への面攻撃を狙っているようだ。
「後退するか?」
「いいえ。三秒後に前進、フルスロットルで」
「了、解……」
「いまです!」
ローギアでクラッチを繋ぐと、アクセルを床まで踏み込む。助手席から銃撃が開始された。続いて後部銃座の重機関銃もだ。何を狙っているのかは知らん。どこに当たっているのかも見る余裕はない。
すぐに二速に叩き込んでさらに加速。三速に入れる頃には時速百五キロに届こうとしていたが、メーターを視界の端に入れるのが精いっぱいだ。余所見してると城壁前の装甲馬車に突っ込む。
「ミーチャさん、ブレーキ!」
ノロノロと減速し始めたランドローバーだが間に合わないのは明らかだった。案の定、車体は装甲馬車の横をかなり通り過ぎて止まった。
ヘイゼルが目配せすると、ティカ隊長が閉じたままの城門に向かって短く数発の重機関銃弾を撃ち込む。
「開門しろ! さもなくば、打ち砕く!」
「ま、待、まてッ」
なかから門を開いたのは、平服を着た中年男。何者かは知らんが、ゆるんだ身体を見る限り僧兵ではなさそうだ。僧兵団に軟禁状態だったサーエルバン市民かとも思ったが、ヘイゼルとティカ隊長は冷えた表情で男に銃口を向けている。
「お前は……」
「わ、わたしは、サーエルバン解放同盟の、代表」
「……この町では、見ない顔だな」
ティカ隊長の低い声に、男はビクリと顔を強張らせる。
「動きが早いな。もう聖国は傀儡を送り込んできたか」
「な、なにを言うか! わたしは……!」
中年男の背後、城門の扉の陰で体格のいい腰を落とすのが見えた。
「動くな」
ティカ隊長の声と同時に助手席の汎用機関銃が扉の左へ、後部銃座の重機関銃が右へ向けられる。俺はショルダーホルスターから軍用自動拳銃を抜いて、正面の中年男に向けた。
「そっちの男たちは武装しているな。武器を捨てて出てこい。隠れても無駄だ。その程度の扉は撃ち抜くぞ」
抵抗するべきか迷っているようだが、銃を向ける女性たちの視線を受けるうちに観念したらしい。
それぞれ扉の前まで出てくると、後ろ手に隠し持っていた剣や手槍を地面に落とす。その数、六人。
「町の衛兵隊はどうしたんです」
「拘束したか、殺したか」
ヘイゼルとティカ隊長の質問に、男たちの目が泳いだ。
「それと、まさかサーベイ商会の会頭に手を出してないだろうな? もしサーエルバンの住人に何かあったら、死ぬほど後悔することになるぞ」
俺のコメントには、あんまりリアクションなし。銃も器も小さいことが見て取れたようだ。ファック。
よほど俺を侮ったのか恐怖のあまり逆上したのか、震えていた中年男は俺を見て、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
「後悔、するのは……貴さ、まらゔぁ⁉︎」
腰の後ろから武器らしきものを引き抜こうとした中年男の額を、俺は拳銃弾で撃ち抜く。ビクッと身構えた護衛の男たちは、動きかけた姿勢のまま固まっている。
死んだ男の手から溢れたのは短い棒だった。エルミの持っていた魔術短杖と似ているが、先端に銀色のピーナッツみたいな飾りがある。そういうの、前にも見たな。
「……“聖跡”、だっけか。もうお前ら、聖教会との繋がりを隠す気もないかね」
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、今後の励みになります。
お手数ですが、よろしくお願いします。




