ふたたびの旅路
魔族少女マチルダを引き取った翌日、俺は衛兵詰所にティカ隊長を訪ねた。
「こんちはー」
「おお、うっすミーチャ」
「隊長なら見回りに出てるぞ。もうすぐ帰るんじゃねーかな」
詰所にいたのは部下の衛兵ふたり、“っす”なクマ獣人サカフと“ねーか”なトラ獣人ソエルだけだ。
最近知ったが、常勤のゲミュートリッヒ衛兵はティカ隊長とこのふたりしかいない。初めて聞いたときは三人で大丈夫かと思ったものの、全然大丈夫じゃない。そもそも文官も含む公僕がこの三人だけなのだ。ムチャクチャではあるが、よく聞くと予算と必要性の両面で増員は現実的じゃないのも理解できた。
人手や戦力が必要な有事には臨時で住民を雇用するそうで、それを拒否する者もいない。こんな陸の孤島みたいな環境で問題が起きたとしたら、全員が一蓮托生だもんな。
「隊長に急ぎの用か?」
「そうでもない。サーエルバンまで行くんで、ひとこと言っといた方が良いかなと思っただけだ」
ふたりの衛兵は黙り、ちょっとだけ背筋が伸びた。
「もう決めたっすか」
「え」
「教会を潰すんじゃねーのか」
「待て待て待て。たしかに教会の強硬派には反感も恨みもあるけど、さすがに昨日の今日で思い立ってすぐ突撃できるような相手じゃないだろ」
「俺たちからすりゃ、そーだけどな」
「ミーチャたちなら、やりかねないっす」
ふたりから誤解されてる気はするけれども、積み重ねてきた印象によるものだろうから全否定もできん。
実は俺の能力や活躍ではなく、主にヘイゼルの力なんだけどな。
「いや、まずはサーベイさんとこに商売の話をしにだ。ついでにマチルダについても話を聞いてみようかと思ってる」
「マチルダって、昨日助けた魔族の子っすか」
「ああ。こっちじゃ魔族は、見かけることはないって聞いてな」
俺の言葉にトラ獣人ソエルが笑う。
「見かけるどころか、現れたって話を聞いたこともねーな。お伽話の妖精やら神様に近いんじゃねーか?」
「おおミーチャ、もう出入りか?」
見回りから帰ってきたティカ隊長まで開口一番、俺が教会へ突撃するもんだと思ってるし。
「違うって。用があるのはサーベイさんとこだ。こっちと商材が被んないようにしとかないと、向こうに無駄足踏ませることになるし、商機も逃しちゃうだろ?」
「ほう、商人みたいなことを言い出したな」
商人だって。自覚はないけど。ティカ隊長も冗談で言ったみたいなんで敢えてツッコみはせんけどな。
「いつ出るんだ?」
「朝飯ができたら出かける。戻りは二、三日後かな」
「できたら? 食ったら、ではなく?」
旅支度のヘイゼルとエルミが、マチルダを連れて歩いてきた。
「おはようございます」
「おはようニャ〜」
「……よぅ」
彼女たちは衛兵詰所まで来ると、お弁当の包みをデスクに置く。
「よかったらお上がりください。昨日いただいた跳躍鰱を料理してみたんです」
「フィッシュ&チップスでも試してみたが、素晴らしく美味かったぞ。こっちの調理法も、信じられんほど美味い」
「「「おお」」」
出かける前にフィッシュ&チップスを作るのは油の始末が面倒なので、今回は薄めの切り身に小麦粉をまぶしてムニエル風にしたのだ。
差し入れたのは、それをクマパンさんの丸パンに挟んだトビタナゴバーガーだ。八百屋のカミラさんお勧めの地元葉物野菜とヘイゼル特製タルタルソースが絶妙の味わい。味見のつもりが昼飯まで食い尽くすところだった逸品だ。
外構整備のみんなにも、いずれ御馳走しよう。
「それじゃ、行ってくる」
「ミーチャ」
ヘイゼルが詰所前に出したモーリスに乗り込もうとした俺を、ティカ隊長が呼び止める。
「サーエルバンにある教会は融和派だが、領主モルゴーズの一族は強硬派と繋がってる。念のため、気を付けておいた方が良い」
「了解、ありがとう」
町の正門を出ると、俺はサーエルバンに向けて少しずつ速度を上げる。
今朝方ようやく雨は上がったけれども、まだ道はぬかるんでいる。あまり無理せずゆっくり進もう。
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