第五百四十七夜 おっちゃんと泥の王国(後編)
おっちゃんは再び枯れた森に入る。
『物品感知』の魔法で、魔法の泥を指定すると大量の反応があった。だが、大きな反応から外れた奥に、小さな反応があった。
『飛行』の魔法を唱えて、急ぎ反応があった場所に行く。
枯れた森の奥に半径五mほどの茶色の泥の地面があった。地面の前に下りる。
茶色の地面が盛り上がり、寝そべった形の泥の巨人に変化した。泥の巨人はおっちゃんを沈んだ顔で見詰める。
「私は記録する泥の塊。人間よ。何か聞きたい話があって、ここに来たのだな」
「そうや。今、ペトラが魔法の泥を使って何かを企んでいる。何を企んでいるか知っていたら教えてほしい」
泥の巨人は悲しげな顔で語り始める。
「気の遠くなるような昔の話だ。ここが森になる前、ここには古い王国があった」
「どんな王国やったんや?」
「王国は度々、氾濫を起こすメダリオス河の泥を使い、泥のゴーレムを作った。王国は泥のゴーレムを働かせて繁栄した」
(記録がもうないから、かなり昔の話なんやろうな)
「泥を貯める遺跡が残っていたようやから、その話は本当やろうな」
泥の巨人が昔を懐かしむ顔をする。
「王国の民は労働から解放され、政治に、学問に、文化に精を出した」
「なるほど、それで、その泥のゴーレムが反乱を起こしたか。暴走を起こして王国は滅んだんか?」
泥の巨人は悲しげな表情で、首を横に振る。
「王国の人間はそう思っているようだか、違う。王国では人々が働かなくなり、肥満が問題になった。泥のゴーレムたちは人々を肥満から解放しようとした」
「無理に人間を取り込んで、運動させようとしたんか? そんな対応を取ったら、真意がどうであれ、誤解されるで」
「人間たちは、そこで我らの大半を封じた。だが、しばらく己で働くことを忘れた民は、他人に依存することが当たり前だった。そのため、新たな王国は機能せずに滅んだ」
(話が見えてきたのう。ペトラはその時の王族やろう。それが、何らかの切っ掛けで眠りから覚めたんやな)
「それなら、ペトラの目的は王国の復活か?」
泥の巨人は虚ろな瞳で否定した。
「ペトラはもういない、ペトラ女王は死んだ。残ったのは単なる土くれだけだ」
「魔法の泥を操っている存在はペトラやないんか? まさか、あれは滅んだ国の女王やなくて、自分が女王やと思い込んでいる泥のゴーレムか?」
泥の巨人が痛ましい顔で頼んだ。
「あれはペトラの姿を借り、王国を再建せねばと思い込んでいる可哀想な泥の塊にすぎない。できれば、あれを呪縛から解き放ってほしい」
(何や、話を聞くと、少し憐れやな)
泥の巨人は言いたい内容を伝え終えたのか泥の塊に戻った。
おっちゃんは村に戻った。すると、村にはビアンカが来ていた。
ビアンカは険しい顔で、おっちゃんに伝える。
「おっちゃん。国は泥の怪物を大雨で洗い流す作戦を立てたわ。村から避難して」
「大雨で洗い流すって、ここはメダリオス河の中流やぞ。そんなことしたら、下流がまた水害に遭って、大変な事態になるで」
「でも、このままだと、人を取り込んだ泥のゴーレムが、枯れた森の魔法の泥と一緒になる。そうすれば、未曾有の災害が起きるわ」
「それについては、何とかなるかもしれん。魔法の泥を操っているペトラを止めれば、どうにかなる」
ビアンカが苦い顔で質問する。
「止めるって、どうするのよ?」
「魔法の泥は水で流せるんやろう? なら、水を掛ければペトラの体は溶ける」
「でも、どうやって水を掛けるの」
「わいが『変装』の魔法で異種族商人のハウルに化けて近づく。せやから、ビアンカはんたちは、ボーランドはんの空飛ぶ舟で上空から近づいて、水を掛けてくれ」
ビアンカが真剣な顔で了承した。
「わかったわ。国王軍の作戦も、うちのパーティには『晴天の詩』を歌える人間がいるから、遅らせられると思うわ」
「作戦は決まった。実行するで」
おっちゃんは家に戻るとモルモル族のハウルに化ける。商品として苺ジャムをバックパックに入れる。
ボーランドの準備ができると、ビアンカの仲間の魔術師が『集団透明』の魔法で空飛ぶ舟を覆い透明になる。
準備ができたので枯れた森に向かった。遺跡に向かって、泥で満たされた場所の淵を歩いて行く。
しばらく行くと、百を超える泥のゴーレムを引き連れたペトラと会った。
ペトラは、おっちゃんの姿を見ても、にこにこしていた。
「モルモル族が、こんなところに何の用かしら?」
「商いで来ました。甘くて美味い苺ジャムを、買いませんか」
ペトラは微笑むと空に『火球』の魔法を放つ。ペトラの放った『火球』の魔法は上空で爆発した。
ボーランドの操る空飛ぶ舟は被弾したのか、『透明』の魔法が切れた。
そのまま、舟は煙を上げて、逃げ出すように退避する。
おっちゃんも逃げようとした。だが、泥のゴーレムが跳び懸かってきた。おっちゃんは泥のゴーレムに上に乗られて自由を奪われた。
ペトラは勝ち誇った顔で自慢する。
「駄目よ。そんな単純な奇襲じゃ。簡単に読めるわ」
体の自由を奪った泥が、おっちゃんを引き立てる。
おっちゃんは小声で、ぼそぼぞと呟く。
ペトラが優位に立った顔で、おっちゃんに近づく。
「よく、聞こえないわ」
「近づきすぎやで」
おっちゃんははっきりと発音する。おっちゃんは体を水の塊である水の精霊に姿を変えた。そのままぬるりと泥を抜け出し、ペトラの体を包み込んだ。
ペトラが一分ほど藻掻いて、おっちゃんの包み込みから脱出する。怒った顔で言い放つ。
「無駄な足掻きを」
おっちゃんは冷静に声を掛ける。
「ペトラはん。己の体を見てみい。水の中で激しく動いたから体が溶けておるで」
おっちゃんに指摘されペトラは体を確認する。ペトラは自分の体が溶けかかっているのに気が付いた。
「わかったか、ペトラはん? あんたは、滅んだ国の女王ペトラやない。女王ペトラやと思い込んだ、最古の泥のゴーレムや」
おっちゃんが教えると、ペトラの顔が歪む。
「私は、女王ペトラ。古き王国の女王」
おっちゃんは静かに言って聞かせる。
「ペトラはん、仮にそうだとしても、誰も古の王国の復活なんて望んでおらん。王国の再建を諦めて、泥に飲み込んだ人間を解放してくれんか」
ペトラは悲痛な顔で拒絶した。
「嫌よ。私は王国を再建するの、それが使命」
「王国を再建して、誰が幸せになるんや。もう、皆それぞれの暮らしを持って、精一杯、生きておるんや。この森を見てみい、王国の片鱗は遺跡しか残っておらんやろう」
ペトラは、むきになって叫んだ
「でも、まだ、泥のゴーレムが私にはあるわ」
「それも、当てにならん。国王がこの辺りに豪雨を降らせて泥を洗い流す計画を立てておる。泥は洗い流されればしまいや。ただ、そうなると、水害でまた大勢の人が困る。ここは諦めてくれんか」
ペトラは沈鬱な表情で語った。
「そう、もう、王国を再建する手立てがないのね。わかったわ。人々を解放するわ」
ペトラが従えていた泥のゴーレムが、崩れるようにタダの泥に戻った。
ペトラが村の方角に歩いていこうとしたので、尋ねる。
「どこに行こうとしてるんや」
ペトラが寂しげに微笑む。
「私はタダの泥人形。もう、二度と目覚めないように、メダリオス河に身を投げるわ」
「そんな最期は、悲しいやろう。よかったら、ホレフラ村に来んか?」
ペトラは悲しそうな顔で発言する。
「私は泥人形を作るしか能がない泥のゴーレムよ」
「そんなことないやろう。土を知るものなら、農業かて、できるかもしれん。陶芸かて、できるかもしれん。諦める前にまだ試してみることは沢山ある。これから失われた王国のために生きるのやなく、自分のために生きてみたら、どうや?」
ペトラがしゅんとした顔で告げる。
「自分のためか。考えたことがなかったわね」
おっちゃんは人間の姿になると、ペトラの手を引いて村に戻った。




