第五百八夜 おっちゃんと呪われた絵(前編)
街には小さいながらも変化が起き始めていた。
ガラスの質が戻ったおかげで、他の街からも買い付けの商人が来るようになった。飛翔族の商人もよく見かけるようになった。
冒険者ギルドとダンジョンの跡地を巡る公共事業も開始される。ダンジョンは入口付近のスペースのみを整備する。奥は板で仕切って、出入りできないようにする工事が始まった。
建築関係にも仕事が回るようになり、にわかに景気は回復の兆しを見せた。そんな中、美術品のコンクールも開催されるとあって、街に希望が戻ってきていた。
ターシャと宿屋で朝食を終えて、食後のお茶を飲んでいた。
一人の年配の男がやってきた。男の年齢は六十過ぎ、茶色の瞳をして、白と赤の短い頭髪で、白い顎髭を生やしていていた。格好は灰色の上着とズボンを身に着け、薄いクリーム色のベストを着ていた。
年配の男の顔は強張っており、緊張が見て取れた。
ターシャが愛想よく声を掛ける。
「おはようございます。美術館の館長のコリオラノさんでしたよね」
「ターシャさん、朝早くから、すいません。大きな問題が起きました。美術館まで来ていただけないでしょうか」
多数の芸術家を輩出しているクランベリーの街には、市営の美術館があった。美術館は二階建ての石灰塗り白い建物だった。広さは二千㎡のスペースがある。常時、三百点の展示物を並べ、二階に講堂を持つ建物だった。
また、敷地内には別に所蔵品を収納する地下一階、地上二階建ての倉庫があり、二千点の作品を所有していた。
コリオラノに付き従って、倉庫に移動する。
倉庫の前には八人の衛兵が立っており、物々しい雰囲気があった。
コリオラノは扉を開けて、ランプに『光』の魔法を掛けて、収納庫を進んで行く。
収納庫の奥には地下に続く二十段ほど階段があり、厳重な金属扉があった。コリオラノが扉を開ける。
十m四方の絵を保管する小さなスペースがあった。だが、絵はなかった。
コリオラノが怖い顔で告げる。
「ここに保管されていた、呪われた絵が消えました」
(呪われた絵か。また、厄介なもんを所蔵しておったのう)
「何が描かれた絵ですか?」
コリオラノが恐縮した顔で打ち明ける。
「『鋼骨王の鍛冶場』から持ち込まれた物で、女性の肖像画です」
ターシャが真剣な顔で、絵が保管されていた場所を調べながら訊く。
「絵がなくなったのはいつからですか?」
コリオラノが苦い顔して説明する。
「早朝に他の美術品を搬出しようとして、ここの扉の鍵が外れているのがわかりました」
ターシャが真剣な顔付きのまま確認する。
「昨日は問題がなかったんですね?」
コリオラノは暗い表情で告げた。
「昨日の夕方の時点では鍵が掛かっている状況は、確認されています」
ターシャが思案顔で意見を述べる。
「昨日の夜から今朝にかけての盗難か。でも、呪われた絵なら、簡単に売れないわね」
(クランベリーでの転売は無理やろう。でも、他の街の好事家になら、売れるんとちゃうやろうか?)
「絵の大きさはどれくらいでっか?」
コリオラノが冴えない顔で短く告げる。
「横が百㎝、縦が七十㎝ほどです」
おっちゃんはターシャを見て、推理を伝える。
「もしかしたら、転売目的やないのかもしれんなあ」
ターシャが眉を顰めて尋ねる。
「絵にはどんな呪いが掛かっているんですか?」
コリオラノが身震いして答える。
「絵は熱源が近くにあると、呪われた光線を発射します」
おっちゃんは、率直に訊いた。
「その光線を浴びると、どうなるんや?」
コリオラノは不安な表情で語る。
「その光線を浴びると、悪いことが起きます。事象は様々で、一概に言えません」
(これは、ダンジョンにあるトラップの一種やな。でも、この手のトラップの魔法の絵は、質によっては、大きな問題を起こすで)
ターシャは神妙な顔で提案した。
「わかったわ。おっちゃん、二手に分かれて捜査しましょう」
「よろしくお願いします」とコリオラノが真摯な顔で頭を下げた。




