第四百八十九夜 おっちゃんと飛翔族の行商
起きると、二十畳ほどの客室だった。ベッドはふかふかの大きなもので、サイドテーブルには銀の水差しが置いてある。
鏡があったので確認すると人間の姿になっていた
ベッドから起きると、木綿のパジャマを着ていた。部屋の中には質素なソファーと木でできたテーブルがあった。
ソファーの上には洗濯された腰巻きと『お休みリュート』があった。壁には額に入った、八行の詩が書いてある。でも、達筆で読めなかった。
「わいが街で泊まっていた宿屋より二ランクぐらい上の部屋やな。ちょうどええくらいの高級さや」
テーブルの上にはガラスの箱に入ったクッキーがあったので、遠慮なくいただく。
「お? なかなか美味いやないか」
水を飲んで一息つくと、水差しの裏に銀のベルを見つけた。おっちゃんは人間サイズのトロルに変身して、腰巻きに着替える。
ベルを軽く振ると、三分ほどでドアが開く。
ドアのむこうには、ナーガ族の老人が立っていた。ナーガ族の老人は上着だけ、執事が着るような黒い服を着ていた。
「ここ、どこですやろう?」
執事は入室し丁寧な態度で教えてくれた。
「ここは、『詩人の岩窟』にある、客室の一室です。おっちゃん様がお倒れになったので、運ばさせていただきました」
「そうでっか? ほな、モグロドンはどうなりました?」
執事は穏やかな顔で優しく語る。
「天国側で眠りに就きました。御館様の話によると、モグロドンは攻撃を受けない限り、しばらくは目を覚まさないとの話です」
「マジック・ポータルは、どうなりました?」
「マジック・ポータルは『戸締まりの詩』で御館様が閉じました」
「街は助かったんですか?」
執事が礼節のある態度で説明する。
「只今、マジック・ポータルが工事の衝撃や誤操作により出現しないように、起動する鍵を抜く作業をしております」
「作業は終わるのは、いつぐらいですか?」
「一週間もすれば、もう街やダンジョンに天国へと続く扉が出現する事態には、ならないでしょう」
「そうか、一週間、何も問題がなければ、平和になるんやな」
おっちゃんは安堵した。
執事が明るい顔で労う。
「ご苦労様でした。これで、人間の街を失い寂れたダンジョンになる未来は防がれました」
「そうか。なら、現場に戻るわ」
執事がにこやかな顔で、やんわりと告げる。
「その件ですが、現場はもう人が足りているので、大丈夫だそうです」
(人が足らん、いうてたんやけどな。大きな仕事をさせたから、わいにこれ以上は仕事をさせるのは申し訳ない、いう話になったか)
「そうでっか。なら、また商売に戻りますわ」
執事が控えめな様子で勧める。
「御館様はよろしければ、このまま逗留して、新年の祝賀会に出席されてはどうかと申しておりましたが」
「偉い人ばかりの祝賀会では落ち着きまへん。新年は身内と祝いますわ」
「そうですか。では、お元気で」
おっちゃんは『お休みリュート』を持ってダンジョンを出て、人間の姿になる。
隠していた装備品を身に付けて、『瞬間移動』で街に帰った。街に帰ると、宿屋で宿代を前払いしてから、冒険者の酒場に顔を出した。
冒険者の酒場でも、年越しに向けて祝いの準備が進んでいた。
おっちゃんはイサベルを見つけた。すると、イサベルから寄って来た。
イサベルが心配顔で優しく声を掛けてくる。
「どこ行っていたのよ? おっちゃん、探したわよ」
「ちと、アルバイトで数日、街を留守にしていた」
イサベルが小さな袋を渡す。中を確認すると、金貨が入っていた。
「これが、残金よ」
「ほな、『お休みリュート』を返すわ。高価な品みたいやからな」
イサベルは『お休みリュート』を受け取ると、チチャを注文する。
おっちゃんも同じ物を注文して、席に着く。
冒険者の酒場の入口が開いた。背中に鳥のような羽を持ち、鳥の顔をした飛翔族の集団が入ってくる。
イサベルは顔を険しくする。が、街の人間は態度が違った。
飛翔族と人間たちは談笑して、旧知を暖めているようだった。
給仕の男性が注文のチチャを持ってきのたで、おっちゃんは尋ねる。
「飛翔族やろう? 初めて見るな」
給仕がにこにこした顔で語る。
「飛翔族の村が、東の山を越えた場所にあるんですよ」
「この街には時々、飛翔族が来るの?」
「昔から、年に四回ほど商売にやって来るんですよ。特に、一月二日から五日間を掛けて行われる市は、一番大きく賑やかですよ」
おっちゃんと給仕の話を聞いて、イサベルは表情を少しだけ緩和する。
「すまない。どうも、異種族はモンスターに見えてね」
「冒険者家業をしていれば、そういう見方もあるやろう。でも、郷に入っては郷に従えやで」
「わかっているわよ。面倒事を起こして、おっちゃんやセサルに迷惑を掛けるつもりはないわ」
イサベルと適当に世間話をして、軽く飲んで別れた。
まだ、日が沈むまでには時間があったので、街の広場に行ってみる。街の広場では荷物を積んだアイス・ワイバーンが停まっていた。
ワイバーンは飛竜とも呼ばれる体長が四mほどの、空を飛ぶ龍に似たモンスターだった。龍と違い、手は退化して存在しない。だが、鋭い爪と毒のある尻尾を持つ。
知能は低いが、力が強く、牛だって持ち上げて飛べる。
アイス・ワイバーンは寒さに強いワイバーンの亜種だった。
(完全に人に慣れているのう。調教が行き届いているようや)
市が始まる前だが、商人同士の駆け引きは既に始まっていた。
(人間は紙、塩、香料を売る。飛翔族は香辛料、ガラス製品を売るのが多いんやな)
おっちゃんは冬の灰色の空を見上げて思う。
(来年の今の時季は、キヨコと過せるんといいんやけどなあ)




