第四百三十九夜 おっちゃんと魔女の家
翌朝、マリウスと合流する前に、一声アグネスに懸けてから街を出ようと思った。
アグネスに会いに、郵便局に行く。
本局には武装した十名からなる郵便配達人がいた。
気になったので、アグネスに尋ねる。
「なんや、物々しいな。戦の前みたいやで。何か事件か?」
アグネスが曇った表情で語る。
「昨晩、鰻村の村長さんから緊急の依頼があったわ。なんでも、村の付近に不思議な靄がでるんですって。しかも、その中には魔物が棲んでいるって報告が上がってきたのよ」
「魔物退治って郵便局員の仕事なん? お城の仕事やないの?」
「お城に頼むと、書類だ、手続きだって、時間が掛かるのよ。だから、急ぎでとりあえず人がほしい時には、うちに話がくるのよ」
「そうか。魔物退治も仕事なんやなあ」
おっちゃんは魔物を倒したと報告するかどうか、迷った。
(ここで魔物を倒したと報告しても、信用されないかもしれん。それに、魔物がいなくても、行方不明になった人はおる。このまま、討伐隊を出したほうが、行方不明者を発見し易いかもしれん)
「なら、わいはマリウスはんの仕事の手伝いがあるから、先に出るわ」
「気を付けてね」
おっちゃんは、さっさと街を出ると、『瞬間移動』で鰻村の近くに飛んだ。
郵便宿を訪ねると、マリウスとハリーが出掛けるところだった。
マリウスは驚いた。
「おっちゃん、早かったな」
「へえ、郵便局に戻った後、少しばかり休息を取って、暗いうちに街を発ちました」
マリウスは、おっちゃんの体を心配した。
「大丈夫か? 休まなくて」
「問題ありません、さあ、行きましょう。まだ、行方不明になった人が、生きているかもしれん」
マリウスが不安な顔をするが、決断した。
「そうか。なら、探しに行こう」
ライリーが済まなさそうな顔で、小さな袋を持って来た。
「ご免ね。お弁当は、マリウスさんの分しか、作ってないの。代わりといってはなんだけど、炒り豆ならあるけど、持っていくかい」
「ほな、ありがたく頂きます」
密林は湿地にあるために、進むだけでも大変だった。苦労しながら密林の奥へと進む。
夕方近くなると、ハリーが反応を示した。
「マリウスはん、帰りの時間を考えると、このまま進むと夜になります。どうします?」
マリウスはハリーの顔を確認してから、決断する。
「おっちゃん。最悪、密林で夜を明かす事態になるかもしれないが、このまま進もう」
「わかりました。ほな、行きましょう」
進むこと一時間で、密林が不自然に開けた場所に出た。
そこには直径二十mの灰色の地面があり、地面の上には一軒の小さな石造りの家があった。家の隣には家と同じ大きさの黒い檻があった。
ハリーが檻のほうに進もうとするので、マリウスが留める。
「こんな密林の中に、石造りの家だなんて、怪しいな。檻の中も気になる」
「ほな、わいが回り込んで見てきますわ。マリウスはんは、ここに隠れていてください」
マリウスが険しい顔で申し出た。
「偵察は危険だ。俺が行くよ」
「それは、あかん。おっちゃんに何かあったら、街まで無事に戻れる人間はマリウスはんや。マリウスはんに何かあったら、共倒れや」
マリウスが渋々の顔で決定を下す。
「わかった。なら、偵察を頼む」
おっちゃんは密林に姿を隠しながら、マリウスのいる反対側に回る。おっちゃんは魔法で透明には、ならなかった。
(これは明らかに高位の魔法で作った家や。住んどる人間は相当な使い手や。下手な魔法は、感知される)
おっちゃんは夕闇に紛れながら、そっと檻に近づく。
檻の中には人間三人に、クロコ族の男が一人いた。人間のうちの一人は、郵便配達人の格好をしていた。
おっちゃんのいる位置は、檻から見て風下だったのでわかった。檻からは酒の臭いがしていた。おっちゃんは眼だけ、暗視が利くように変化させる。
檻の中にいる人間は皆、横たわって、眠っているようだった。
(なんやろう? 囚われた人間は、ぐったりしておる。酒の臭いがしておるから、泥酔して眠っとるのやろうか?)
おっちゃんは素早く衣服を脱ぐと、近くの木に掛けて、蛇の姿を念じる。おっちゃんは黒い蛇の姿になると、湿地をそろそろと進む。
檻に近づくと、おっちゃんの予想どおりに、四人は泥酔状態で寝ていた。
おっちゃんは家に近づき、ヤモリに姿を変え、窓の縁まで上がる。
家の中には一人の女性がいた。女性の身長は百五十㎝、年齢は三十歳くらい。髪は真っ白で褐色の肌で、青い瞳をしていた。
女性は目つきが鋭く、きりっとした顔立ちで、黒いローブを着ていた。
女性は台所で鍋を使って、何かを作っていた。女性の傍らには意匠を凝らした木の杖があった。
(まずいで、これ。あの女性は魔女やな。それも結構に腕の立つ奴や。それに、あの杖。あの杖は、生きとる杖やな。あれも魔法を使えるから、厄介やな)
おっちゃんは窓を降りると、蛇に戻り、服の許に行く。人間の姿に戻って、服を着て、マリウスの許に行く。
「マリウスはん、状況がわかったで。家の中には恐ろしい魔女がいて、檻の中に行方不明者が捕まっとる。そんで、掴まっている連中は皆が泥酔しておる」
マリウスが腕組みして難しい顔をする。
「相手は恐ろしい魔女で、人質は泥酔して逃げられない状態か。困ったな」
おっちゃんには作戦があった。
(今朝の話やと、魔物の討伐隊が近くまで来ているはずや。合流できんやろうか?)
「マリウスはん、人質は今すぐにも殺される状況やない。いったん街まで戻って人を呼びに行きましょう」
「無理に力押しして全滅は最悪だな。よし、一度、戻ろう」
おっちゃんとマリウスが密林を引き返すと、道端でキャンプを張っている集団がいた。
マリウスの顔が輝く。
「なんて、都合の良い。郵便配達人の仲間だ」
(よっしゃ。やっぱり、魔物討伐隊が来とった)
マリウスが駆けて行くと、隊長格の人間に事情を話した。
隊長格の男は壮年のがっしりした男性で、名前はニコラスといった。
ニコラスが威勢よく発言した。
「よし、夜も更けて来た、夜陰に乗じて、魔女を捕えるか」
おっちゃんは、すぐに反対した。
「待ってください。密林に石造りの家を人知れず建てるような魔女です。生半可な腕ではないはずや。ここはまず、人質の救出を優先しましょう。十人おれば魔女の檻から人質を運び出せる」
ニコラスが浮かない顔で意見する。
「でも、周りは密林だ。そう遠くへは行けないぞ」
「問題ありません。一日、密林の中にいましょう。人質かて、酒が抜ければ動けるはずや」
ニコラスが難しい顔で質問する。
「魔女は、どうする? また、人を攫うぞ」
「戦っても、犠牲者が出ます。魔女の実力によっては、最悪、全滅もありえます」
ニコラスが真剣な顔で悩んだ。
「どうするかな? 戦うべきか、救出を優先すべきか」
マリウスが凛々しい顔で進言する。
「ニコラス隊長。ここは、おっちゃんの意見に従って、救出を優先しましょう」
「わかった。なら、人質の救出を優先しよう。人質を救えば魔女がなぜ、人を攫って泥酔させていたか、理由がわかる」
ニコラスは全滅の事態を考えて、手紙をハリーに持たせて街に走らせた。
おっちゃんを先頭に十二人は夜の闇に紛れ、魔女の家に移動した。
魔女の家は明かりが消えていた。まずは、おっちゃんがランタンを持ち、一人で檻に近づく。
檻には掌サイズの南京錠が掛かっていた。
(鍵を取りに魔女の家に侵入する行為は危険やな)
おっちゃんは闇の中で、粘土状の魔物のマッド・マンに変身する。
固い粘土状の手を南京錠に差し込んで、鍵を外した。人間の姿に戻ると、おっちゃんはランタンを振って合図をして、隠密行動に長けた二人を呼ぶ。
おっちゃんが監視する中、二人組が一人、また一人と人質を運び出す。最後にクロコ族の男を六人で連れ出す。
十人で、ふらふらになっている四人を運んで、密林の奥へと移動する。移動は難しく、三㎞ほどしか距離を稼げなかった。
夜が明けた。密林の中で息を殺して潜伏する。
魔女の追っ手は懸からなかった。昼過ぎになると、泥酔者の意識が戻った。十六人で水と食糧を分け合い、静かに過ごす。
日が暮れたので、そっと夜の闇に紛れて移動をする。密林を出て、道に戻ってきたが、油断はしない。そのまま、鰻村へと急ぐ。
鰻村の灯が見えてきたとき、皆が安堵した。
©2018 Gin Kanekure




