第四百三十七夜 おっちゃんと消えた鰻(後編)
おっちゃんは自分に、『魔力感知』の魔法を掛けた。すると、確かに額の辺りに魔法が宿っていた。だが、何の魔法かは特定できなかった。
「何やろう? 悪い魔法やない気がするけど、何かよくわからん。それよりも、ほんまにレノスが街に帰っているか心配や」
『瞬間移動』でレイトンの街まで戻って、鰻屋を訪ねる。
鰻屋にはレノスは来ていなかった。レノスの家を訪ねると、レノスの奥さんと思わしき人物が出てくる。
奥さんの顔は非常に暗かった。
「こちらは、レノスはんのお宅ですか?」
「そうですが、どのようなご用件でしょうか?」
「鰻の養殖業者のバイルさんの依頼で、届かない鰻の調査をしているもんです。御主人は帰ってきとりますか?」
奥さんは暗い顔のまま、おっちゃんを家に入れてくれた。奥さんは詫びた。
「すいません。主人は酔って、鰻を紛失しました」
「帰って来とるんですか! どういう状況で帰って来ました?」
奥さんが困った顔で、たどたどしく語る。
「それが、主人は牛と一緒に、酷く酔った状態で家の前にいました。牛車と荷物はありませんでした。それで、話を聞くと、魔物に襲われた、と」
「魔物でっか。どんな魔物ですか?」
「それが、恐ろしい女性の姿をしていたそうです。その魔物が、靄の中から現れたんだそうです」
「どうやって逃げてきたんですか?」
奥さんが困惑した顔で説明する。
「女性に『鰻を寄越せ』と脅されたそうです。それで、怖くなって鰻を渡しました。その女性は刃物で鰻を裂いて、火を吐いて、鰻を調理しました。それで、鰻を凄い勢いで食べたそうです」
「鰻を調理して食べる魔物ねえ……」
「それで、主人は、このままでは自分も喰われると、怖くなったそうです。それで、鰻を捨てて、牛と一緒に逃げたと話しています」
(エウダは鰻を食べたと申告した。せやけど、レノスを脅したとは、口にしておらんかったな。また、エウダと会った時は、靄も出とらんかった)
「すんまへん。御主人から話を聞けますか?」
奥さんは、ほとほと弱った顔をする。
「それが、ひどい二日酔いで、寝たきりなんですよ」
「御主人はお酒を飲まれるんですか?」
「嗜む程度には飲みます。ですが、ここまで酷く酔った主人を見たのは初めてです」
(これ、単なる配達事故やないな。にしても、何や、可怪しな事件やな)
おっちゃんは念のために、レノスが寝ている部屋に行く。レノスは、苦しそうな顔で寝ていた。
レノスは時折「靄が、靄が」と魘されていた。あまりに苦しそうに寝ているので、起こせなかった。
おっちゃんは気になったので、畜舎で横になっている牛を確認する。牛からも酒の臭いがしていた。
(レノスが泥酔する状況は、あるやろう。でも、何で牛が酔うておるんや?)
奥さんが弱った顔で申し出た。
「あの、それで、今回の件ですけど、郵便局の保険は下りるんでしょうか?」
「わいは荷物の調査が主で、保険は専門外やから、わかりまへん」
奥さんが必死な顔で言い訳した。
「待ってください。主人はいつも朝家を出ると夜には帰ってくるのに、今回は帰ってくるのに五日も掛かっているんです。何かがあったのは確かなんです」
おっちゃんは「保険」の言葉が気になったので、本局に寄って窓口のアグネスに尋ねる。
「郵便局で配送業者向けの保険って、扱っとるの?」
アグネスが明るい顔で教えてくれた。
「運送業者保険のことね。あるわよ。どうしたの?」
「あんな、鮮魚運搬業者のレノスはんが、鰻を運搬中に魔物に襲われて紛失したんや」
「魔物に襲われた? それは、本当ですか?」
「そんで、保険に入っとるらしいんやけど、保険が下りるかどうか、奥さんが心配していた」
アグネスが困った顔をする。
「犯罪者や野生動物に襲われた場合は、保険は下りるけど、魔物かあ……」
「そうやねん。靄の中から出現した女性の魔物に遭って、魚を奪われたと話している」
「聞いた覚えのないケースですから何とも言えないわ」
「でも、魚を運んでいたレノスはん、酷く酔っている状態やねん」
アグネスが神妙な顔で語る。
「難しいかもしれないわね」
「そうやろうなあ」
「運搬した人の住所を教えて。保険部門の人に、すぐに行ってもらうわ」
「ほな、わいは養殖業者バイルさんに話を伝えてくる」
おっちゃんはレイトンの街を出ると、『瞬間移動』でバイルの元に戻った。
バイルは漁に出ていて、夕方にパーチを獲って、機嫌もよく戻ってきた。
「あんな、バイルはん。何か、おかしな話になっとる」
「単なる事故とは違うのか?」
「魚は運搬途中に喰われた。だが、レノスは酷く酔っていて、女の姿をした魔物の仕業やと口にしている」
バイルの顔が歪む。
「人間の女の姿をした魔物? 何だ、そりゃ?」
「わからん。でも、確実な事実はある。鰻は鰻屋に届いておらず、戻ってもこない」
バイルが困った顔して愚痴る。
「おいおい、勘弁してくれよ。四匹だぞ、四匹。いったい、いくらになると思っているんだよ」
「レノスの奥さんは保険金で賠償するつもりや。せやけど、状況が状況なだけに、保険は下りるかどうかわからん」
バイルはがっくりした顔で、不満を述べる。
「ちょっと待ってくれよ。これは最終的に、俺が損を被らなければいけないのか? そりゃ、ないぜ」




