第四百七夜 おっちゃんと謎の肉(前編)
三日後、おっちゃんが酒場でグダグダと過ごしていると、リンダが柔らかい表情で話し掛けてくる。
「おっちゃん、ちょっと、いいかしら?
「ええよ、暇やし、なに?」
「また、猪を狩りにいってほしいんだけど、どう?」
「なんや、また肉屋で腸詰め用の腸が不足しているんか」
リンダがちょっぴり表情を曇らせる。
「森の中に入った荒ぶる猪が、森の中で繁殖する兆しがあるのよ。森の住人は荒ぶる猪が繁殖すると困るから、駆除してほしがっているわ」
「なんや、ジュミニの奴。森に入っていった荒ぶる猪を放置しているんか。悪いやっちゃな」
「ジュミニはどうも、別の研究に没頭しているようで、猪対策は人任せなんだって」
「しゃあないの。暇やから、あと一頭くらい駆除してくるか」
リンダがほっとした顔で申し出る。
「あと、装備は、きちんと調えていったほうがいいわよ。なんなら、貸すわ」
「猪なんて素手で一撃やけど、ほな、借りていくわ」
おっちゃんは身長ほどある大きな木槌を借りると、縄を買って出かけていった。
天気がよいので森まで歩いて行く。森に入る前に一声だけでも掛けておこうとジュミニの研究施設による。
ジュミニの研究施設が見えてくると、前には先客がいた。五人のオーガの戦士とオーリアだった。 オーリアは商人服ではなく、革鎧を装備していた。
おっちゃんがジェミニの塔に近づくと、オーガの戦士たちが険しい視線を向けてくる。
「わいは、おっちゃん、モンスター酒場に紹介されて猪を駆除に来た。お宅らも猪の駆除に来たんでっか?」
オーリアが戦士たちの前に進み出、曇った顔で、素っ気なく告げる。
「私たちは違う用件で、ジュミニに会いに来たのさ。猪なら森の中だよ」
(さっさとここから立ち去ってほしいみたいやの。面倒事になるまえに消えるか)
「そうでっか。ほな、ジュミニはんに一声、掛けてから、森に入らせてもらいますわ」
オーリアが渋い顔をして告げる。
「声掛けは不要よ。ジュミニは忙しいから、私から伝えておくわ」
(なんや、早く森に追いやりたいみたいやの)
「わかりました。ほな、よろしゅうお願いします」
おっちゃんはオーリアに背を向けて森に向かうおうとした。
「おい、来たぞ」とオーガの戦士が叫んだ。
こちらに二足歩行の、体長五mの赤い肉食恐竜が走ってきていた。恐竜は傍から見てもわかるほどに興奮しており、目は血走っていた。
オーガの戦士たちが武器を構えて恐竜に向かっていく。オーガの戦士たちが次々に斬り懸かる。恐竜は血飛沫を上げるが、痛みを感じないように暴れ回る。
オーガの戦士は屈強だが、二倍以上の体格差がある恐竜には苦戦していた。
一人、また一人とオーガの戦士が倒されていく。
(これは、恐竜に押し切られるかもしれんね)
おっちゃんは槌を構えて、オーリアに申し出た。
「肉を半分くれるなら、加勢してもええで」
オーリアは苦い顔をしたが、三人目のオーガ戦士が倒れたところで決断した。
「わかった、倒せたら、半分やるよ」
『強力』の魔法を唱える。次いで、槌を構えておっちゃんは走り込んだ。
おっちゃんは恐竜の脛を槌で思いっきり叩いた。恐竜の顔が歪み、噛み付こうとする。
おっちゃんは噛み付きを躱すと、恐竜の足を掬うように二撃目を放った。
恐竜が転倒した。恐竜の頭に槌を振り下ろす。恐竜が首を曲げて槌を回避した。
恐竜が槌の柄に齧りつき、首を激しく振った。おっちゃんは機を見て槌を捨てる。
おっちゃんは恐竜に飛びつき、恐竜の背後に廻った。おっちゃんは背後から恐竜の首に裸絞めを掛ける。
恐竜が激しく暴れる。恐竜に絞め技を掛けて一分後、恐竜の全身から力が抜けた。
「ふう、なんとか落とせたな」
恐竜が気絶したので、おっちゃんは落ちていたオーガ戦士の斧で首を落とそうとした。すると、慌てた顔のオーリアがやって来た。
「待ってくれ、首は落とさなくていい」
オーリアはベルトポーチから太い針の付いた注射器を出して、薬剤を恐竜に注射した。
「そんな薬なんか売ったら、肉が売れなくなるで」
オーリアはおっちゃんの言葉に構わず、薬剤を注射する。
「それなら、心配ない。こいつではないが、他の恐竜の肉をきちんと渡す」
オーリアの注射が終わると、塔の扉が開く。
薬師が着るような、白い半袖のシャツに、白い半袖のズボンを穿いた、身長百八十㎝の小柄なオーガの男が出て来た。オーガの男の年齢は六十くらいで、白い顎髭を生やしていた。
薬師のオーガにオーリアが言葉を掛ける。
「ジュミニ、恐竜は眠らせたわ。それで、恐竜の肉の半分を報酬に、このトロルの手を借りたわ。捌いた肉があるでしょう。出してちょうだい」
ジュミニは、おっちゃんを見ると、素っ気ない顔で告げる。
「そうか、ご苦労だったね。ちょうど肉屋に卸そうとしてた肉があるから、やるよ。どれ、若い衆は手を貸してくれ」
オーガの戦士がジュミニに従って塔の中に入っていく。
塔の外にオーリアと、おっちゃんだけが残る。
「恐竜ってイルベガンの郊外におるんか? このサイズがうろついているなら危ないな」
オーリアが笑って答える。
「まさか、これはジュミニが品種改良した、マイナー・ドノトレックスよ。体長は原種の半分くらいしかないわ」
「これ、食用なんか。でも、肉食獣の肉って、あまり旨くない気がする」
オーリアが穏やかな顔で話す。
「食用じゃないわよ。対冒険者用の竜の一種よ。体長は原種のドノトレックスの半分しかないけど、ダンジョン・コアで生成できるわ。コストはドノトレックスの二十%でできるのよ」
「新種のモンスターか。これなら、中級冒険者クラスには充分に脅威やね。でも、気性が荒すぎるのが問題や。調教が大変やろう」
「そうね、でも、最初は闘技場で使う事態になるでしょうね」
「戦わせる分には問題ないやろうけど、扱いづらいやろうな」
「でも、調教できれば、金になること間違いなしよ。効率的調教法を探るのも、ビジネスのうちよ」
オーガの戦士たちとジュミニが肉の塊を持って来た。肉は百㎏しかなかった。
「なんや、半分いうたけど、これ小さいな。四分の一もないで」
ジュミニがあっさりした態度で認めた。
「少ないけど、ヒレとサーロインが入ってるから、これで勘弁してくれんかの」
「まあ、ええわ。そんなに手間が掛からんかったし、希少部位が入っているのなら、それでええ」
おっちゃんは肉を背負うと、離れた場所から『瞬間移動』で魔都イルベガンに戻った。




