第三百八十九夜 おっちゃんと火龍ゲール
一夜が明けると、おっちゃんは装備を調え、冒険者の格好をして街を出る。馬を走らせて、ゲールの塒に行く。
ゲールは大きな岩山を根城にしていた。岩山は大きく、周囲が約四百m、高さが三十mで入口は正面と真上に二箇所の穴が開いていた。
おっちゃんは赤牙人の姿を念じて、赤牙人に姿を変える。赤牙人とは全身が赤く、牙と尻尾が生えた、鬼のような種族だった。
近くに馬を繋いで、おっちゃんはゲールの塒へと入っていった。
岩山に空いた上の穴から注ぐ光に照らされて、大きく横たわる赤い物体があった。
「すんまへん。ゲール様の塒は、こちらでしょうか?」
おっちゃんが声を出して入って行くと、赤い物体が動いた。
赤い物体はゲールだった。ゲールはおっちゃんの顔と姿を見ると、訝しげな視線を向けてくる。
おっちゃんは歩みを止める。
「わいはアンヘルいうケチで小さな赤牙人です。今日はゲール様のお耳に入れたい話があって、やってきました」
おっちゃんは念のために偽名を使った。
ゲールはおっちゃんを胡散臭そうに見るだけで、何も言わない。
「人間たちの動きについてです。人間たちはあろうことか、ゲール様に反抗しようとしとります。国王のオウルは、そんで、『龍殺しの弓』を手に入れました」
『龍殺しの弓』と聞いて、ゲールは表情を不快に歪める。
「人間たちが『龍殺しの弓』を手に入れた話は知っている」
(喧伝の甲斐があったの。ゲールにきちんとオルトハルツに『龍殺しの弓』がある事実が伝わっておる)
ゲールは不機嫌に言葉を続ける。
「それで、お前は、そんなどうでもいい話を俺の耳に入れにきたのか?」
「いえいえ、ここからは相談なんですが、『龍殺しの弓』を人間たちから盗み出しませんか?」
ゲールの眼が細くなる。
「『龍殺しの弓』を盗むなぞ、可能なのか」
「へえ、作戦に絶対はありません。ですが、ゲール様さえ協力してくれたら、可能やと思います」
「いいだろう、話してみろ」
「へえ、最悪、盗むのが不可能なら、『龍殺しの弓』を壊してしまえさえすればよろしい」
ゲールが思案顔をするので言葉を続ける。
「人間たちがゲール様を怖れずにいられる原因は『龍殺しの弓』があるからです。『龍殺しの弓』さえなければ、人間たちは怖がって、ゲール様の要求を飲むでしょう」
ゲールは、わずかに乗り気になっていた。
「人間たちの頼りにしている物を奪うか。面白いかもしれんな」
「そうです。『龍殺しの弓』を盗み出せれば、人間たちは、ゲール様の智謀と胆力に畏れ入るでしょう」
ゲールは、おっちゃんの提案に興味を示した。
「ふむ、具体的には、どうする?」
「その前に、一つお尋ねしたいんですが、ゲール様は人間の姿に、化けられますか。ここができると、できないとでは、計画が変わってきます」
ゲールの体が縮む。ゲールは鱗が生えた体と、龍の顔を持つ人間に姿を変えた。
(やはり、人間形態になる術を知っておったか。完全な人間になれん理由は、まだ未熟な証拠やな)
おっちゃんはゲールを賞賛した。
「さすがはゲール様、人間の形態になっても、凛々しいお姿や」
ゲールが自信に満ちた顔をして尊大な口調で話す。
「これぐらいは造作もない。それで、どうする」
「へえ、では、わいと一緒に、夜に人間の街に忍び込みます。そんで、国王の館にある『龍殺しの弓』を盗むんですわ」
ゲールは鋭い視線を向ける。
「そう簡単に行くか?」
「わいの下調べによれば、昼は『龍殺しの弓』を人間は持ち歩いておりますが、夜は国王の寝室に置いています」
「でも、警備の人間はいるだろう?」
「実は金貨で、人間の料理人を買収してますねん。そいつに、人間の料理に眠り薬を入れさせます。これで、人間は無力化できます」
ゲールは懐疑的な顔をする。
「そこまで、準備ができているなら、お前一人でできるのでは?」
「眠り薬の入った食事を全員が食べるとは限りません。また、一人やと、なにか突発的な事態に対処できません。せやから、ゲール様に手伝ってもらいたいんですわ」
「赤牙人の仲間はいないのか?」
「へえ、人間の国王の館に忍び込む言うたら、皆が難色を占めしました。なんでも、人間のオウルいう国王はなかなかのやり手やから、危ないいうて断られました」
ゲールが一歩引いた態度で問う。
「オウルはそんなに危険なのか?」
「そんなこと、ありまへん。以前に見ましたが、小汚い、単なるおっさんですわ。まあ、わいもそんなセリフをいえた義理やないですけど」
「うーん」と唸ってゲールが決断をしないので、おっちゃんは押してみる。
「ゲール様、もし、『龍殺しの弓』を盗むのに成功したら、ゲール様の聡明さは一躍有名になりまっせ。ゲール様は力だけやない、機知にも富んだお方だと噂されましょう」
おっちゃんの言葉にゲールをまんざらでもない顔をする。
(名声に心が動いたようやな。もう少しやな)
おっちゃんは今度は、交渉で引きに転じた。
「でも、無理にとは申しません。二の足を踏んで当然。なにせ、相手は人間の国王で『龍殺しの弓』を持つ者。失敗すれば、おっちゃんとゲール様も一緒に、人間に討たれるかもしれません」
ゲールがムッとした顔で反論する。
「馬鹿な言葉をほざくな。俺は人間なぞ怖れない。よし、やるぞ。『龍殺しの弓』を人間から奪おう」
「さすがは勇猛さで鳴らしたゲール様。ならば明日の晩にでも、さっそく乗り込みましょう。では、準備があるので、わいは人間の街に一旦、潜入します」
「うむ、気を付けてな」
おっちゃんはゲールをと別れると、街に戻った。
街に帰ると、おっちゃんはリオンとエルマを呼ぶ。
「ゲールが罠に掛かった。明日の晩、おっちゃんの手引きで、ゲールが、ここにやってくる」
リオンが感心した顔で頷く。
「さすがはおっちゃんだな」
「なんで、明日の晩は館近くの北門と館の警備の人間は、眠りこけている振りをしてもらいたい」
リオンが厳しい顔をして確認してくる。
「ゲールを取り押さえる仕事は誰がするんだ?」
「ここだけの話やけど、『迷宮図書館』が手伝ってくれる」
リオンが渋い顔をする。
「やはり、モンスターの手を借りたくはないな。俺たちだけじゃ、駄目か」
(なんや? リオンはん、異種族には警戒感があるのか?)
「正直に言うと、人間の姿に化けても龍は龍や、おそろしく力が強いはずや、おっちゃんたちだけでは押さえられると限らん。下手すれば犠牲者も出る」
リオンは力強い顔で告げる。
「でも、ここ俺たちの国だ。俺たちの国の問題は、俺たちで解決したい」
(リオンはんは、プライドが高くて、融通が利かんのが玉に瑕やな)
「気持ちはわかる。せやけど、なんでも自分たちでやる必要はない。必要な時は必要なところに頭を下げて力や知恵を借りる。これが、おっちゃんの国王としての方針や」
「国王の方針と示されれば、従うしかないか」
リオンは渋々の態度で引き下がった。
おっちゃんは夜に秘密の部屋から呼び出しボタンを押す。フィルズがやってくる。
「ゲールを館に誘き出す算段は付いた。明日の夜、ゲールを館に誘き出す。ゲールを取り押さえる人選は済んだ?」
フィルズが申し訳なさそうな顔で申し出た。
「ゲールの捕縛だが、御館様が自らやりたいと言い出したんだが、いいだろうか?」
おっちゃんは不安だったので、正直に尋ねた。
「大丈夫なん? ゲールは腐っても火龍。『オスペル』陛下が怪我でもしたら、また問題がややこしくなるんやないの」
フィルズがしれっとした顔で、重要事項を告知する。
「御館様が怪我をする心配は、まずない。だが、加減を誤ってゲールを殺す可能性が、大いにある」
「それって超まずいやん! 『迷宮図書館』のトップがゲールを殺したら、『迷宮図書館』と『火龍山大迷宮』との関係がおかしくなるんやないの?」
フィルズが弱った顔をする。
「だから、頭を痛めている。でも、御館様はゲールの捕縛を楽しみにしているので、止めても聞いてはくれんのだ」
いい気はしないが拒絶はしづらい。
「そうか。こっちも、お願いする手前、諦めてくれとは頼み辛いな。他に問題はないの?」
「ある。御館様が本気になれば、館は崩壊する」
「そんなん、困るやん。館には警備の人間がおるんやで。館の下敷きになったら、死人が出る。せっかくゲール捕縛で死人が出ないようにしたんやで」
フィルズが真剣な顔で申し出た。
「そこでだ、明日は夕方を過ぎたら、館には、おっちゃん以外がいない状況にしてくれ。そうしてくれたら、あとはこちらで何とかする」
「わかった。せやけど、人間が警備している前提になっているから忘れんといて。あと、当日のおっちゃんは赤牙人姿をしているから、間違わんといてな」
フィルズは自信を滲ませて請け負った。
「わかった。では、任せてくれ」




