第三百六十六夜 おっちゃんと砂に呑まれ行く街
おっちゃんは先に出た特認冒険者を追って、ムランキストの街の近くにあるゼネキストの街を目指した。
道中の関所を越えると、ゼネキストの街に続く街道は途中から砂に埋もれていた。街の位置は地図だけが頼りになる。
おっちゃんは駱駝を引いて砂漠を進み、ゼネキストの街を目指した。ゼネキストの街が近づくに連れ、村々は寂れて、明らかに人口が減少していった。
「南東部は砂漠化が進行していると聞いとったけど、これは、かなりのものやな」
村で水を補給しながら、二週間の行程を進む。
砂に埋もれつつある大きな街が見えてきた。街は高さ八m、厚さ一mの城壁に囲まれていた。だが、堀は完全に砂で埋まり、城壁の高さの半分まで砂が来ていた。
辛うじて城門の西側付近に砂は来ていない。東の門は完全に封鎖されて四分の一が砂に埋もれていた。
街に人気はなく、家畜の鳴き声もしない。商店の大多数は閉鎖され、建物の窓は、ほとんどが閉まっていた。
冒険者ギルドに行ったが、冒険者ギルドは閉鎖されており、付近の宿屋も営業をしていなかった。
おっちゃんは教会を探した。すると、一軒だけが閉鎖を免れていた。
駱駝を繋ぎ、教会の扉を開ける。
色褪せた赤い服を着た、白髪の老いた僧侶が礼拝堂でじっと神様の像を見ていた。
「すんまへん。旅の者ですが、ちと話を聞かせてもらって、よろしいやろうか?」
老いた僧侶は、細い目を、おっちゃんに向ける。
「冒険者のようだね。ヴィルヘルム殿に売り込みに来たのなら、街の北側にある領主の館に行くといい。ここには、わずかばかりの水しかない」
「わいはおっちゃんの名で親しまれる冒険者です。領主はんは、まだ館におられるんですか?」
老いた僧侶は寂しげな顔をして首を横に振る。
「領主はとっくの昔に財産を街から運び出して逃げ出したよ。領主だけではない。街の人間の三分の二は、町を捨てた。残っている人間は、どこにも行き場がない人間だけじゃよ」
「ヴィルヘルム殿下の探索って、上手くいってるんでっか?」
老いた僧侶が淡々とした顔で語る。
「ムランキストの街は特定できた。海洋宮から持ち帰った『大雨の宝珠』で、街を覆っていた砂を洗い流すところまでは、成功したそうじゃよ」
「なら、将来は、明るいかもしれませんな」
老いた僧侶は暗い顔で語る。
「そう簡単にはいかんな。ムランキストの街は噂では近づくだけで病気になる。それに、ムランキストの街は、厄病龍と呼ばれるモンスターの住処になっている」
「それは難題ですな。それと、今晩なんですが、礼拝堂で一夜を明かしても、ええやろうか? 街の宿屋はどこも閉まっていて、困っているんですわ」
老いた僧侶は穏やかな顔で告げる。
「なにもないところだが、泊まってゆくといい。食事は出せないが、まだ、酒場が一軒だけやっているから、そこで食事を摂るといい」
酒場の場所を訊いて、食事に訪れた。
酒場は寺院の近くにあった。席は百席ほどあったが、今はテーブルに椅子が載せられ、三分の一のスペースだけの営業だった。
酒場には残された街の人間が集まって、何かを話している。だが、皆、表情は暗かった。メニューを書いた木の札が店には並んでいたが、そのほとんどは裏返しにされていた。
酒場のマスターは痩せた男だった。赤いシャツに黒いズボンを穿いていたが、服装は砂が付いていた。
エールかワインを頼むもうとした。ところが、アルコール類は一切なかった。
酒場のマスターが申し訳なさそうに告げる。
「うちは酒場だが、酒の類は常連用しかないんだ。つまみの類もない。出せる品は水にお茶。それと、固いビスケットと暖かい豆のスープ。後は塩漬けチキンのスライスが少々だ」
「それでもええわ。味気ない保存食に比べたら、随分とましや」
おっちゃんは酒場をざっと見る。だが、特認冒険者の姿は見当たらなかった。
(寺院にも、酒場にもおらんか、九人の特認冒険者は、どこに行ったんやろう?)
おっちゃんは料理が出てきた時に、給仕の老いた男性に尋ねる。
「ここら辺で、ヴィルヘルム殿下の探索隊以外の冒険者って、見た経験はありまへんか?」
給仕の老いた男性が寂しげに笑って答える。
「交易の中継地点として栄えた頃には、酒場はいつも満員だった。護衛の冒険者も旅人も大勢いた。今は、あんたのようにたまにやって来る冒険者が、日に一人もいれば、いいほうさ」
おっちゃんは食事を摂りながら、旅商人を探す。
それらしい男が渋い顔でお茶を飲んでいた。おっちゃんはビスケットを買って旅商人に差し出しながら話し掛ける。
「旅の商人とお見受けしますが、ちょっと話、ええか? なにか、景気のええ話は、ないか?」
旅商人は冴えない表情で語る。
「あるとすれば、ヴィルヘルム殿下の探索隊絡みかな。探索隊は物資を必要としている」
「商機はあるんやね、どんな具合でっか?」
「酒や食糧を持っていけば、良い値段で買ってくれるよ。砂漠を渡っての輸送になるから簡単にはいかないがね」
「なしてや? 良い値段で買ってくれるなら、運ぶ奴はおるやろう?」
旅商人が苦い顔をして告げる。
「ゼネキストに物資を運ぶには、二つのルートがある。一つは東のバレンキストだ。こっちは法王庁が関所を設けて、物資の搬入を規制している」
「もう、一つのルートはどうや?」
旅商人が苦い顔のまま告げる。
「こっちもフリードリッヒが関所を築いて、物資の搬入を規制している」
「なるほど。ヴィルヘルムを快く思わんライバルたちは、一度にたくさん物資を運べんように規制をしているんか。それは、簡単にはいかんな」
旅商人は険しい顔で告げる。
「法王庁の関所はまだいい。だが、フリードリッヒの関所はかなり厳しいって話だ。フリードリッヒは軍を編成しているとも聞く。下手すりゃ、ゼネキストは戦いに飲み込まれる」
「そうか。それは商人として、あまり旨みがないのー」
旅商人は肩を竦めてぼやく。
「本当にそうだよ。国が大変で内輪で争っている場合じゃないのにな」




