第三百二十三夜 おっちゃんと東の帆船(前編)
夏の暑い日にイゴリーが到着した。イゴリーの年齢は四十二歳。金色の長髪で顔には刀傷がある。
身長はおっちゃんより少し高く、引き締まった体をしていた。
格好は簡単な黒い革鎧を着て腰に剣を佩いている。
イゴリーはおっちゃんを見ると微笑みを湛えて挨拶をしてくる。
「噂は色々と聞いている。あっちこっちで活躍しているそうだな」
「人違いやないの? おっちゃんは単なる、しがない、しょぼくれ中年冒険者や」
イゴリーが鼻で笑う
「その、セリフは相変わらずだな。だが、そういう話にして欲しいなら、そういう話にしておく。さっそく、現状を教えて欲しい」
おっちゃんは冒険者ギルドが置かれた状況を話して、引継ぎ書を渡した。
イゴリーが考え込む顔をする。
「冒険者ギルドの機能が弱く、充分に機能していない。地元住民とのトラブルも多発か。それに、『海洋宮』が攻略されて消えたら、冒険者ギルドを維持できないな」
「せやな。ただ『海洋宮』がシバルツカンドの『氷雪宮』のような迷宮なら、攻略されても、来年には、また来るかもしれん。だが、こればかりは、その時になってみないと、わからん」
イゴリーが、さばさばした顔で発言する
「色々と問題のある職場だな。そうでなければ、冒険者ギルドのギルド・マスターなんて職は手に入らないからな、なんとか、やりくりしてみるか」
「ほな、頑張ってや」
引継ぎを終えて宿屋に戻り、『嵐鳥』、『島魚』、『パンドラ・ボックス』のツケを精算する。
三人ともまだ、『宿屋』を出て行く気配はなかった。時間ができたので、久々にだらだらと過ごす。町をぶらぶらと歩くと、港のほうが騒がしくなった。
港に行くと湾内に六十五m級の軍艦が停泊していた。停泊している軍艦から離れた場所に、さらに四隻の帆船がいた。
街の人間が不安げな顔で口にする。
「あれは西大陸の船じゃない。東大陸の軍艦か。でも、なんで、この時季に東大陸の軍艦がポルタカンドにやってきたんだ?」
おっちゃんは情報を得るために、領主の館に向かった。
領主の館からはちょうど赤い軍服を着た身分の高そうな軍人が出てくるとこだった。
軍人は険しい顔をして、領主の館に後にする。
(なんや? あまり良い雰囲気やないな。まさか、戦になるとか、いわんやろうな?)
『海洋宮』対策室に行くと、パルダーナの使用人がターシャを呼びに来たところだった。
ターシャは厳しい顔で、おっちゃんを誘った。
「おっちゃん、一緒に来て」
「東大陸の人間がなにか問題を持ち込んだんか。ほんにもう、楽させてくれんなあ」
パルダーナの執務室に行く。パルダーナが困った顔で切り出した。
「東大陸の国のアーベラから、使節の人間がやってきました。使節団は水と食糧の提供を求めています」
ターシャが怖い顔をして確認する。
「断ったら力尽くで奪う、と?」
パルダーナが怖れた顔で、恐々と語る。
「そうは申しておりませんでした。ですが、水と食糧の提供を受け入れないと、非常に困った事態になると、暗に脅して行きました。また、『海洋宮』へ探索に入るとも口にしていました」
嫌な予感がした。
「まずいの。『海洋宮』を独占するつもりなら、西の冒険者たちとの衝突は必至。冒険者は、血の気の多い奴が多いし、腕の立つ人間も大勢、入ってきとる」
ターシャが険しい顔をする。
「最悪、戦闘に発展するわね」
おっちゃんは案を提示した。
「とりあえず、少量の水と食糧を渡す。そんで、それ以上に欲しければ、買うてもらう。東に冒険者がおるのなら登録を勧めて、出方を見ますか」
ターシャは、おっちゃんの案に否定的だった。
「でも、食糧と水を渡せば、逆に付け上がるわよ。脅せば何とでもなるってメッセージを送る危険性があるわ」
「そういうたかて、水や食糧がないなら、まずい。略奪に走りまっせ。そうなれば、ポルタカンドは戦場になります」
ターシャは真剣な顔で尋ねる。
「難しいところね。どうします。パルダーナ様?」
パルダーナは非常に狼狽えた顔をする。
「どうしましょう。ターシャさん?」
(なんや? 自分で決められへんのか? 領主さんはすっかり尻込みしとるな)
ターシャは毅然とした態度で発言した。
「わかったわ。なら、まず、おっちゃんの策を採用しましょう。交渉には私が行くわ」
(おっと、それは、まずいね。ターシャはんに、もしもの事態があれば、もっと事態は混沌とする)
「待ってください。ターシャはんに、もしものことがあったら、困ります。指揮官はでんと構えていたください。ここはおっちゃんが行って交渉してきます」
ターシャが心配し顔で、不安も露に告げる。
「そう、でも、危ないわよ」
「任せてください。これでも冒険者ですわ。荒くれ者との交渉事の経験はそこそこあります」
ターシャが厳しい顔をして決断した。
「いいわ。なら、任せるわ。相手に贈る食糧と水の準備は、こちらでするわ」
「ほな、食糧と水を港の艀に載せて、準備しといてください」
おっちゃんは宿屋に行く。宿屋では『嵐鳥』と『島魚』が寛いでいた。
「よかった、お二人さん。ちょっとお願いがあるんやけど、ええやろうか」
「何よ」「何かしら」と『嵐鳥』と『島魚』が応じる。
「今、港に東大陸の軍艦が来ておるんよ。ここに乗り込まないかんのやけど、護衛をお願いしてもいいか」
暇だったのか『嵐鳥』が興味を示した。『嵐鳥』が威勢もよく発言する。
「なんだ、戦いになりそうなのかい? いいぞ。飯を食わせてもらっているし、暇だから人間なんてぶっとばしてやるよ」
「そんな血の気の多い行動はなしで、危険になるまでは手を出さんでくださいな」
『嵐鳥』が不満のある顔で口にする。
「そうか。つまらないが、いいよ。護衛くらいしてやるよ」
おっちゃんが『島魚』を見る。『島魚』は澄まして答える。
「ご飯を食べさせてもらっているけど、私はパスしたいわ。争い事は嫌いだし、人間はあまり好きではないの」
「そうでっか。なら、『嵐鳥』さんだけでも、お願いしますわ。もし、戦いになったら、『嵐鳥』さんは勝つ戦いより、無事に帰ってこられる戦い方をお願いします」
戦いになった時は『嵐鳥』を頼ると決めて、武器を持たないと決断した。
おっちゃんは時間のある間に水と食糧の値段を確認してから港に行き、準備が整うのを待つ。




