第三百二十一夜 おっちゃんとN資金
七日後、街の倉庫を改装して、仮の冒険者ギルドがオープンした。広くなった仮の冒険者ギルドに冒険者が次々とやってくる。
その日の昼に、おっちゃんが呪われた民に貸した船が到着する。船に積まれた物資が下ろされる。
船に乗っていた、一攫千金を目指す冒険者や冒険者相手の商人も降りてくる。
おっちゃんはターシャから呼ばれたので、領主の館に顔を出す。
ターシャが曇った表情で語る。
「冒険者ギルドの新設が滞っているわ。冒険者ギルドを建てる資金が不足しているのよ」
「パルダーナはんって、お金持ちやないの? 島で一番の金持ち、って聞いたで」
ターシャが困った顔で告げる。
「パルダーナ様は冒険者たち用の宿の整備を進めたいのよ。下級冒険者が『海洋宮』や空き地に勝手にキャンプを張っている問題を先に解決したいわけ」
「冒険者がところ構わずキャンプを建てる問題は、ギルドに上がってきているね。そんで宿屋を整備したら、資金が足らんわけか」
ターシャが浮かない顔で話す。
「ところが、ここで資金を出してもいいと名乗りを上げる人物が出てきたわ。なんでも、パンドラと名乗る不思議な女性なのよ」
(あかん、それ、破滅の序曲や。パンドラ・ボックスはん、仕事しないような言葉を吐いておいて、動いているやんけ。これ、注意しとかんと、あかん)
「パンドラはんから借りたら、あかん。実は、パンドラはんの悪い噂を聞いた覚えがある」
ターシャが弱った顔で相談する。
「私も、そんな怪しいところから借りないほうがいい、って忠告しているんだけどね。どうも、パルダーナ様は、飛びつきそうなのよ。どうにかならないかしら?」
「足りない資金って、いくらくらいなん」
「建築費用の三分の一。金貨にして、六百枚よ」
(それぐらいなら、部屋に隠している箱にあるな)
「よっしゃ。おっちゃんが、どうにか融資してくれる先を、探してくるよ」
ターシャが否定的な顔で述べる。
「金貨六百枚よ。大きな商会や領主クラスじゃないと、貸してくれないわよ。貸すにしても条件は、かなり厳しくなるはず。簡単には、いかないわ」
「これは、秘密やけどね。N資金いうてな、北方賢者さんが持つ財産の運用を任かされている男が、おるんよ。その男に接触して、おっちゃんが金貨六百枚どうにか借りてくる」
ターシャは露骨に疑った。
「パンドラも信用できないけど、そっちも胡散臭いわね。融資保証料とかの名目で、手数料だけ取って消える詐欺だと思うけど」
「普通は、そうやね。せやけど、おっちゃんの知っている人は、確かな人物なんよ。待っていて、借りてくるから」
おっちゃんは宿屋に戻って、パンドラ・ボックスを待つ。夜になってパンドラ・ボックスが戻ってきたので、注意する。
「パンドラ・ボックスはん、約束が違うやないの。悪い行いはせんと約束してくれたのに、領主のパルダーナを引っ掛けようとしたらいかんよ」
パンドラ・ボックスが誤魔化すように笑う。
「別に約束を破ろうとはしていないよ。たまたま、お金に困った人がいたから、善意で貸そうとしただけだよ。そう、これは尊い行為なのよ」
「とにかく、バカンスに来ているなら、遊びに集中して、人間には手を出さんといて」
パンドラ・ボックスが意地悪く笑う。
「いいけど、パルダーナは、どうするの? 私の資金を完全に当てにしているよ」
「資金は、おっちゃんが出す。せやから手を引いて」
「はーい」とパンドラ・ボックスがつまんなさそうな顔で発言する。
三日後、金貨六百枚と借用書を作って、ターシャの許に行く。
「N資金から借りられたで。あとは、この書類にサインするだけや」
ターシャが書類を確認する。
「書類に問題は、なさそうね、借り入れ無担保。借入期間は二年。利息は二年で金貨六十枚。思っていたより、かなり良い条件ね」
ターシャが疑いの眼差しを向ける。
「でも、これ、本当に資金の出所って、お師匠様の財産なの?」
「そうやで。間違いないで。いつも貸してくれるわけやないけど、今回はうまく借りられた。きっと北方賢者さんの懐に余裕があったんやと思う」
資金の目処が付いた。今年は仮住まいだが、来年にはポルタカンドにも大きな建物が建つ。冒険者が抱える問題も、いずれは解決するように思えた。
『海洋宮』での探索の結果が出始めていた。高価な素材、希少な武具、新たな魔道具が冒険者の手によって持ち帰られた。
持ち帰った品は、やってきた冒険者ギルドに出入りする商人の手によって換金された。
地元にお金が落ちるのがいい。だが、離島に短期間に多額の金が流入した結果、島ではインフレが起こった。インフレは市民の生活に多大な影響を与える。
冒険者ギルドで食事をしていると、アルティが愚痴る。
「おっちゃん、このインフレって、どうにかならないの。バナナも魚も値上がりだよ」
「金のあるところには商人は来る。ただ、ポルタカンドに金がある情報が知れても、船の手配は簡単には行かん。こればかりは、貿易船の流れが改善するまで待つしかないの」
アルティが、しょんぼりした態度で告げる。
「経済って難しいね。冒険者が増えて収入も増えたけど、それ以上に、生活しづらくなった気がするよ。うちは冒険者相手の商売だから、まだいいけど」
「そうやな。冒険者となんら関係のない商売をしていたり、直接の生産手段を持たない人間は冒険者を恨むかもしれんのう」
その晩、冒険者ギルドで噂が流れる。
「貿易船が、モンスターに沈められた」




